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六階の異世界  作者: 駒津榊
8/10

空間

私は生まれてからずっと、居場所を常に探していたのかもしれない。

私がいる場所はここではない、とぼんやり思いながら23年間生きてきた。

私は故郷が嫌いだった。

お風呂を焚いて、ちゃぽんと足を突っ込みながら、自分の半生を考え直してみる。

生まれ育った場所は、ベッドタウン、いわゆる郊外の、画一的な家と、低層マンションがぽつぽつと建っている街だった。

もしその街の名前を口にしても、聞いている人はまったくわからないような、そんな街。

基幹道路が数本横断しており、その横にいわゆるファストフードのチェーン店や、ショッピングモールが大きく鎮座していて、車が結構なスピードで走っていて、歩いている人は逆に見かけない、しんとした街。

山に囲まれて、野生動物が闊歩しているようなド田舎でもなく、逆に高層マンションが乱立している新宿のような都会でもない、私がここにいるという実感が持てない街。

嫌いだったからこそ、大学は東京の大学に行きたかった。

結局田舎の方の大学で、ここも東京なんだと驚いたけど、田舎でもよかったんだ、と後から思った。

私がここにいる、という実感が持てたから。

田舎に祖父母がいたので、正月など、何か用事があると親戚の古い家に遊びに行った。

大きな垣根と、大きな池と、畳のにおい。キッチンが大きくて、とんとんとん、という包丁がまな板にぶつかる音が若干反射していたり、床板がキシキシと鳴ったり。

畳に寝っ転がって、縁側を差し込む日差しをぼーっと見るのも楽しかったな。

山に行って、湧き水がでているところを見るのも好きだったし、その水を触ったら、とても冷たかった。

山から家に戻るときの眺めがとてもよかったことを、思い出した。

異世界に行ってから、それは世界が生きているという感触なんだ、と言語化することができた。

お風呂のお湯を水ですくうようにして、あの時の体験を思い出してみる。

もしかして、あの山に、異世界がつながっているかもしれない、と思い始めてきた。

私はお風呂を出ると、有給取得のメールを書き始めた。

深夜2時、1DKの部屋で、キーボードをたたく音だけが私に寄り添っていた。

早朝、出勤するサラリーマンの間を縫って、特急あずさに乗って、そこから特急しなの、しなの鉄道を介して、祖父母の家に着いた。

もう祖父母はなくなっていて、私の家族が管理していたので、鍵は持っていた。

でも、ずっと行かずじまいだった。仕事に忙殺されて、すべて忘れていたのかもしれない。

私にとってそれはいらないものなんだ、と思って頭から消し去っていた。

「ただいま」

古かった家は当然ながらもっと古くなっていて、でもあの時の空気感はまだ残っていた。

古い家特有のにおいをちょっとかぎながら、居間につく。

ふう、と椅子に腰かけて時計を見る。もう午後になっちゃった。

やっぱり長野はこの時期寒いなー・・・。

異世界は、あの山にあるかもしれない。

異世界で流れていた川をすくったとき、あの異世界の水、あの水とそっくりだった。


山への道は舗装されていたみたいだったから、今から行ってもいいかもしれない。

一息ついたら山に行こう。

やっぱり山に行く人なんて、

もうこの地域では山への道沿いにある田んぼを管理している人たちしかいなくて、誰も会うこともないまま、山にたどり着いてしまった。

山の中腹で道が分岐していて、私は右に進む砂利道の方を進んだ。

この道の奥に、湧き水があるから。

今の初秋の時期、夕暮れ、ましてや山のなかだからか、少し肌寒い。

長袖を着ていてよかった。

木々が私を見つめているような感覚になって、すこし足を速めた。

砂利道を歩いて小一時間だろうか。

やっと水源にまで達した。

「水の音がする・・・・・・」

水がちょろちょろと流れ続けていて、その水は小さな水たまりを作り、水たまりから水が溢れ、小さな川を作っていた。

水をすくう。あの冷たさ。あの異世界の冷たさ。

まさかっ!

水たまりの水面を覗きこむ。

やっぱり、そうだった。

この水たまりの奥に、あの空が見える。

あの屈託のない青空。

上を見る。こっちの世界では夕暮れだ。

やっぱり、違った。

「あっ」

その時はスローモーションだった。

重心が前のめりになりすぎて、水たまりにぶつかってしまう、とその時は思っていた。

でも、そうではなかった。

私は水たまりに吸い込まれた。

包まれる感覚。

私は、白い空間を見た。

それは宇宙とも、地球上に存在するようなものでもない、

この世界の言葉では形容できない、頑張って考えて思いついたのが、白い空間だった。

私は浮かんでいた。

私はこの空間を、とても満たされる場所だと思った。

そして私は空間によってここを知った。世界から離れたもの。

世界の上に存在する空間だとも。

死後の世界ではなく、世界の上の空間。

私は、世界を超越する存在なんだ。

だから、私は、異世界か現実の世界かどちらで生きるかを選ばなければならない。

空間は私にそう教えた。

空間は口を持たないけれど、でもそうわかってしまった。

おかしいよね。と自分で笑う。

すべてがおかしい。

おかしいことを承知で、私はこの空間を信頼した。

わかった。私は、異世界を滅ぼす。

それがいいんでしょう?空間さん。

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