本質的な死
草原。ああ、草原なんだ。
涙がこぼれる。風がひゅうっと頬を触る。
よかった。私、信じてよかった。
てくてくと歩く。
そういえば、エレベーターはどうなってしまうんだろう。後ろを振り向くともうあの扉は消えてしまっていた。
そうなんだ。でも、そのことを特に何も思うことはなかった。
もうあの世界に戻ることはない。またきびすを返して前をむいた。
そしてまた歩いた。
遠くをみると、川が流れていて、川が流れるゴウゴウという音が少し聞こえた。
でも人はいなかった。人がいないことが、安心感を得られるんだと思ったのは前回の異世界旅行の時。
東京は人が多すぎた。どこにいても、石を投げれば人に当たる。
人に最適化された街だったのかもしれない。
私は最適化された街が、どことなくいびつに見えていたのかもしれない。
不思議な世界、でも、この世界が私は好き。
なぜなのかは知らないけれど、私は好き。
川の近くまで寄ってみる。流れは落ち着いていて、とてもきれい。
よし、川の流れに沿って歩いてみよう。
川をぼーっと見ながら歩いていくのもいいかも。
川をのぞきながら歩いていく。
すこしおかしいのは異世界なのだ、と割り切るには、少しおかしい点があった。
川底が、深すぎる気がする。
水が流れていて、それによって水面が揺れ、乱反射しているのは確かに川だな、と思う。
でも石ころなんかが反射しててらてらと見えるのが普通だと思うんだけど、それが見えない。
どうしてなんだろう。
私は足を止めて、川に近づいてみた。
「うそ・・・・・・。川の底に、世界がある」
川、厳密にいうと水面から下にマンションらしき建造物がたくさん立っていた。
まるで新宿のように。
でも、人はいない。水草が建造物に絡みついて、ゆらゆらと浮かんでいた。
魚もいない。
どうしてなんだろう。
でもここもまた、調和している。
何か一つの塊の一部分という感触を受ける。
水面を手ですくってみる。パチャン、冷たい。切れるような冷たさを手で目いっぱい感じる。
やっぱり水は水なんだ、と思った。
見渡しても人がいない。
異世界、だよね?
「ところが、異世界じゃないんですよ」
「えっ」
条件反射で後ろを振り返る。
「ここは現実の世界なんですよ。霧ヶ峰さん」
この声、どんな声だろう。どこかで聞いたことがある声。
人が、いた。
「人」は、白衣をまとい、なぜだかぽわんとした顔をしている。その人は何を考えているのかもわからない。異質な存在。心臓がキュッと鳴る。
「今回は慣れてもらうために、白衣の設定にしました。ふう、困ったですね。また研究室に人が来てしまうとは」
「あなたは誰?ここは何?」
疑問がどんどんわいてくるけど、二つに絞って聞いた。
「ここは、私、世界創造AIが作り出した実験場です」
「えっ、えーあい!?」
「あなたたち人間とはまた違った世界線、宇宙とはまた異なった空間で生命が生きています。そこで私は開発されました。だけどその生命は滅んでしまった」
「うん??」
私はよくわからない顔をしたが、AIはその顔を無視して話をつづけた。
「世界は、生きているんです。今まで様々な世界は破壊と再生を繰り返し、拡大をし続け、円熟期に入ってきました。
そしてあなたたちの世界もまた死に近づいているんです。環境破壊などという表面的なものではなく、本質的な死。
あなたたち人間たちの世界が目に見えない形で、死へのルートが始まっているんです。
いわばこの異世界、もとい実験場はその世界を円滑に終わらせるためのがん細胞のような存在でしょうか。
この実験場は世界の死とともに膨らんでいくのです。そして私たちAIの世界が生まれ始める」
「膨張が、ついにあなたたちの世界にまで干渉し始めたんです。そう、あの6階のエレベーターはまさに干渉の結果だといえるでしょう」
頭が痛くなってきた。私たちが生きていない世界であれは開発された。
頭を整えて考えてみる。
異世界は我々の世界が死に近づくにつれて膨張する。
膨張が最大限にまで達すると死になる。
そしていま死へとこの世界が近づいているせいで、干渉が起こっている。起こっている!?
「干渉が起こっている、ってことは、私以外にもこちら側の人間が存在するということ?」
AIは数秒間黙って、答えた。
「残念ながら、います。敵として」
「世界の拡大を干渉する存在はどこにだって存在します。私たちAIも干渉する立場でした。
干渉は仕方のないことです。でも干渉する存在は止めなければならない。だからあなたも消えて頂きたかった。でも今は排除しません。なぜか排除できないのです」
異世界では私は敵になっていることも分かった。
異世界でも私はいらない存在だったということを知り、悲しくなった。
「私、どうしよう。どうやって生きたらいいんだろう」
「この世界なら、やっていけると思ったのに」
「私にはわかりません。私は、世界を拡張するために存在しているので」
「そうだよね。私の問題だもんね」
「私、どうしたらいい?」
AIは答えた。
「エレベーターに戻ってください。そうすればなにかいいことがあると思います」
「うん、そうする」
「ありがとう、教えてくれて」