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六階の異世界  作者: 駒津榊
2/10

ただいま

「おはようございます」

今日は会社に行く。

お酒を飲んで、ぐっすりと眠れたからか、まあまあなテンションで出社できた。

あの不思議な体験は夢だと思う。あと、あまりにも平和すぎて怖かった。

何かに捕らわれて食べられそうな気持ちがして。

「霧ヶ峰さん、書類」

「っうわっ!」 あの世界のことを考えていて、

自分が今午後の資料を作成していることをど忘れしてしまっていた。

「すみません、もう印刷できているので、今まとめてわたします」

彼女はいそいそと墓石の資料をまとめて、同僚に渡した。

彼女、霧ヶ峰は墓石を売る仕事に就いている。

特に高齢化が進んだこの時代、唯一景気がいいのは葬式会社と墓石を売る会社らしい。

彼女は大学を出た後、特にやりたいこともわからず、OBに言われたように履歴書を書き、

そのまま面接をし、いまはちょこん、と椅子に座りながらPCで墓石の資料を作っている。

墓石、それは死んだ人間よりも、生きた人間の為のものと言っていい。

耐久性が高い石を依代として死んだ人間を弔い、忘れないように疑似的に神格化する。

それが墓石という存在。

私はどういった依代が、お客様に合うのかをお客様と話しながら作っていく仕事もする。

表面上は亡くなった人の為の墓石という形で進めていくので、依頼者の本心を探っていくのが難しい。

だけど何とかうまくなってきた。

最近飲み込みがいい、と褒められてうれしかった。

でも失敗はもちろんあるわけで・・・・・・。

まあいいや、私はこういうところでお賃金を頂き、生きている。

彼女は会社を夜11時に退社し、タイムカードを押してドアを開けて会社を出た。

昨日はお酒を飲んで、つらくて、泣いて、泣いて。

エレベーターの6階の屋上に上がるつもりで、そして、そして。


そうだ、また6階のボタンを押したらどうなるんだろう?

今日はしらふだから、普通に6階にたどり着くんだろうと思う。

4階にエレベーターが止まって、彼女はすん、と息を吸ってエレベーターに乗り込んだ。

彼女は「6」のボタンを押し、息を吐いた。

6階は屋上ですよね。あの時の世界は、私が酔って見た、夢ですよね。

光が見えた。そして、いつもの草原。

「夢じゃないんだ」

彼女はそう、つぶやかざるを得なかった。

もう一度扉を閉めて、深呼吸して開くボタンを押す。

「ああ・・・・・・。どうして、私に異世界を見せるんだろう」

ビルの人たちはもう帰宅してしまっていた。

エレベーターホールの時計は0時を指していた。

1階で、彼女は上のボタンを押して少し待った。

なぜ、このエレベーターに、あの異世界とつながってしまったんだろう。

彼女は考える。考えあぐねて、結局ぼーっと待っていた。

関連性が全くない。おんぼろビルと、あの異世界と。

どうして、そして会社員の私がその異世界にいかなければならないんだろう。

また彼女はエレベーターに乗り、6階を目指した。

異世界、その世界の意味を知るために。

異世界は、まるで6階にそもそもあったかのように、どんどんなじんできていた。

いや、私が慣れてきているだけか。

向こうの世界は何も変わらず、美しくてだだっ広い草原が私を迎えていた。

「ただいま」と、私は口から突いて出た。

「えっ?」彼女は振り向いた。しかしそこには何も存在しない。

私は、ここが依り代になってしまっているんだろうか。

墓の形。異世界が依り代となっていく。

怖い。

怖い、怖い。それはとても怖い。

異世界が、当たり前のように肌に触れる。

それは初めて異性から「違う形」で触れられた時のように。

これは、私を試しているのだろうか?

私が、ここにいる理由が、向こうの世界にはあるのだろうか?

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