06.魔王衣装
愛梨さんが話していた通り、書斎の床――カーペットの下には魔法陣があった。
その大きさは大人が一人寝転がって収まるサイズで、直径二メートル弱の巨大なものである。魔法陣は黒に近い紫のペン(?)で歪むことなく幾何学模様が描かれており、円の外周に沿って、〝X:-84.6 Y:14.6 Z:127.7〟という数字が辛うじて読みとれた。
(しかし、よく描いたもんだな……)
俺は魔法陣をまじまじと眺める。借家だった場合、退去時のルームクリーニング代はいくらになるのか気になりつつ、遊びにしろ本気にしろ骨の折れる作業だと思った。だからこそ〝本当にユー・レティシアに行けるのでは?〟と、未だ頭の片隅に残る非現実に憧れる俺がちょっと期待してしまう。先程まであり得ないと思っていたのに行ける気がする気持ちになっているのだから、親父は本物のエンターテイナーなのだろう。この後で『ドッキリでした!』とどこかの番組のごとく看板を担いできても俺は怒らないことにした。
「仁ちゃんお待たせー!」
準備のため寝室に行っていた愛梨さんがやって来た。小脇に暗い紫色のコートを抱えていた。見覚えのあるコートは確か親父の〝正装〟とかいうやつだった。
「それって……」
「うん。紺ちゃんの魔王衣装。《漆黒の魔王》ですよ」
「やっぱりそうか」
「はい、どうぞ! こちらに袖を通す手はずでございます」
俺は様式美だろうと察し、黙って愛梨さんが持ってきた服に袖を通した。
中学校の頃に自慢された覚えがあるこの服は、親父がこの世界に来る前に治めていた(設定の)コンラート帝国の帝王――帝国軍の制服である。
制服といっても異世界モノでも現代モノでもよくある、各陣営ごとに大まかな衣装デザイン・テーマカラーが決まっていて後はキャラクターに合わせてアレンジされているタイプのものだ。
即位したての頃は肩パットの主張が強い世紀末な雰囲気漂うマントだったらしいが、最近は流行らないとのことでロングコートに仕立て直したという。
(……しかし、いつ見ても無駄にカッコイイよなこのコート)
年季が入っているような程良いダメージ感のコートの上腕部分には、金糸で王家家紋にも見えなくない堂々とした意匠の刺繍が施されている。
重苦しい見た目に反して軽い素材でてきており、肌触りも滑らかで上等な一品だ。ところどころ擦り切れた――カッターなどの刃物で水平に傷がついていたりと、こだわりがとにかく感じられる。
ポケットに重みを感じて、手を突っ込んでみたところ真鍮の懐中時計がでてきた。コートの紋章とは別の立派な柄と宝石か色ガラスがあしらわれている。俺は見たことがない物だ。機械式なのか電池なのかはわからないが、とりあえず蓋を開けて時計の針を合わせるためステムを回してみる。
(ん? 光った?)
――一瞬、淡く光った気がしたが光の反射か何かだろう。いくらなんでも雰囲気にのまれすぎだと思いつつ時計を確認すれば、カチカチと秒針を刻み始めていた。今現在は問題なし。秒針の早い遅いはもう少ししないと判断できなさそうだ。