04.《漆黒の魔王》からの手紙
「まー、親父は確かに全部ドヤ顔でまとめるけど。俺これでも昔より顔にでないようになったと思いますけど」
そう言うと愛梨さんは口元に手をあて、大層驚いた素振りを見せた。
「言われてみればそうかも……成長したんだね、仁ちゃん! 思春期真っ盛りの中学生の時に出会って、気付いたらもう大学卒業ですよ。今後は社会の波に飲まれて通勤電車の狭い箱の中、人は何故働いて生きて死んでいくだけなのか? と、哲学的な方向からアプローチしていくんですね!」
「社会人として、もう少し夢のある励まし方できないんですか!?」
「え~、愛梨はお仕事してるとはいえ、結構好きに生きているしなぁ」
「うん、まぁそんな気はしますけれど……」
一緒に暮らしている俺から見ても、親父も愛梨さんも自由人という言葉がぴったりだった。好きなときに好きなことをして、それでいて働くときに働いているのだから、人格に多少問題――大問題はあれど、立派な大人達である。
「――ああ、それでね。仁ちゃん。紺ちゃんのことなんだけど」
「……でしたね」
脱線しかけていた会話を先ほどとは打って変わって真面目な愛梨さんが修正する。愛梨さんは俺の前に手紙を一通差し出してきた。
その手紙は日本語ではなく、お得意の創作言語で〝親愛なる息子 ジン・ブラックモア様〟と書かれていた。裏には〝《漆黒の魔王》――ロード・オブ・ダークネス コンラート・ブラックモア〟とあり、見紛うことなき親父の字だった。この二つ名と西洋人名は親父が『真の名だ!』と俺に言い聞かせているものだ。
「紺ちゃんが『自分が死んだら、ジンに読ませろ』って」
「つまり、遺言書ってことですか?」
いずれにしろ中身を確認せねばならないと、封を切り手紙を取り出す。
「……読み上げますね」
二つ折りの紙を開き文面に目を落とす。やはり本文も日本語ではなく創作言語で書かれていた。愛梨さんと共有するために読み上げることにした。
「『この手紙を読んでいるということは、黒沢紺ことコンラート・ブラックモアは死んで灰になったのであろう。もちろん日本文化の火葬によってではない。オレは人間ではなく魔王を裏切り王となった魔族だからだ!
――だが普段の行いが悪いのか、職業選択をミスしたのか……。かわいい息子のジンに何度言っても信じてもらえなかったが、オレとお前はこの世界の人間ではなく地球の未来にあたる世界〝ユー・レティシア〟から来た。
〝ユー・レティシア戦記〟などというファンタジー小説を書いていたが、オレからしたら自伝を書いているようなものだから、何の苦にもならなかった。
楽して稼ぐのは最高だね! 愛梨はかわいいし!
――さて、オレが死んだということは財産分与が行われる。まずマンションと全ての財産、著作権は狐塚愛梨に全て託す。遺灰も少々渡そう。そもそもそういう契約だったしな! 愛梨かわいいよ愛梨』」
「んなっ!」
途中だが、俺は思わず声をあげた。
「いやあん! 嘘だと思ったら、ホントにくれるって……紺ちゃん素敵!」
愛梨さんは俺から手紙を奪い確認する。これでも編集だから、父親が作中で使っている言語も把握していて一応読める。
「というか、息子への手紙ですら惚気るのか! この親は!」
「いいのよ、仁ちゃん。あたしを財産目当てで奥さんにしちゃっても!」
「誰がするかっ! 青春時代のトラウマめ!」
「えっ! 仁ちゃんが罵ってる! ついに鬼畜の遺伝子目覚めちゃう!? 愛梨のこと、都合のいい女にしてくれてもいいですし、仁ちゃんの女王様にしてもいいんですよぉ!」
愛梨さんは、驚きと感動でキラキラした目を俺に向けてくる。……そもそも、手紙はまだ途中じゃないか。俺は謎のガムシロップが入ったアイスコーヒーを手に取り、一気に飲み干す。
「――はーっ! もう何も驚かないしフィクションでもいいから全部読む! なんかムカついてきたんですけど」
そんな俺を見て、にこにこ笑う愛莉鈴さんから手紙を取り返し、続きを読む。
「『すると息子には何も残らない――と思っただろう。ジン、お前にはオレの全てをあげよう。ブラックモア家の家督と、オレの名前と同じ名前を付けたコンラート帝国元首の位だ!
だからお前は、オレの遺灰と書物を持ってユー・レティシアに帰れ。手はずは愛梨に伝えてある。
――まぁ、あっちはあっちで賑やかで楽しいぞ。
PS:お前確か天使萌えだったよな? いっぱいいるから、好きな子を選んで結婚したらいいと思う。二次元しか愛せないとかかわいそう……』」
俺への煽りで締めくくられた手紙を裏返しても、封筒の中を確認しても続きはどこにもなかった。
「これで終わり? ダメだよこの親父!?」
ちゃっかり息子の性癖というか、萌え属性を把握しているのは抜かりないが……。いや、それを置いといたとして! ブラックモア家も帝国もすべて親父の作品、ユー・レティシア戦記に登場するフィクションである。そんな無駄にカッコイイ設定は現実世界にはないはずだ。
ブラックモア家も帝国も、家系図やら地図をぐーぐる検索してみても引っかからなかったことは俺がよく知っている。俺や親父の瞳の色が日本人どころか世界でもめずらしい緑色だからって、外国にルーツはなかったのだ。
――そもそも、自分は魔族で灰になったと書いている時点で気付くべきだった。
こいつは重症の中二病患者なのだ。
きっと、おそらく、親父はユー・レティシア第二部のネタを探しに海外旅行にでも行ったのだろう。だって、こんなふざけた書き残しをしているのだから――。