03.異様な光景
愛梨さんの案内で居間に入ると、花と一緒にドヤ顔を決めた父の遺影があった。
その清々しい笑顔を浮かべるナイスミドルは、遺影を写真集だかブロマイドとかと勘違いしてるらしい。それについて思うこともあったが、疑問が一つ浮かぶ。
「……愛梨さん、火葬終わったんですか?」
「ううん。まだだよ? 紺ちゃんは死んだだけ」
「そう、ですよね? だって昨日までぴんぴんしてたし――」
――そう。俺は親父が死んだと聞いて慌てて実家にやって来た。
愛梨さんと合流して病院に行って親父の顔を見たりなんなりするのだろうと、息子として色々覚悟して来たものの非現実的な光景が広がっていた。
居間は葬儀の飾り付けというよりも、祝いの場――お誕生日会、お遊戯会と表現したほうがしっくりくる。小中学校の入学式卒業式でよく見る、赤・青・黄・ピンクといったカラフルな紙花が壁に飾られ、花と花の間を繋ぐように折り紙の輪飾りがいくつも垂れている。
そのかわいらしい飾り付けの前に純白のクロスをかけたテーブルがある。
テーブルの上には親父の写真と白い陶器の壺。本来そこにケーキがあるべきなのだろうが、妙に浮いているそれは〝骨壺〟だと予想がついた。
実は梅干しだとか蜂蜜だといいのだが、俺にはどうしてか本物に見えていた。
(どういう事なんだ? 親父のイタズラとか?)
親父が今まで俺にしてきたイタズラやドッキリを思い出してみるが、親父のイタズラにしては悪趣味が過ぎた。人を弄り倒すのが好きな人だったが、ブラックジョークの域を超えて不謹慎ことはしなかったはずである。
――となれば、俺を呼んだ愛梨さんがやったことになる。ふと玄関先での愛莉鈴さんとのやり取り『――ねぇねぇ、お父さんの財産で一緒に暮らさない? お義母さん何でもしてあげるよ?』が頭をよぎった。
――まさか愛梨さんが親父に何かしたのだろうか?
「どうしたの? コーヒー持ってくるから座って」
「……! は、はい」
愛梨さんは思慮を巡らせて突っ立ったままの俺に声をかけて、台所に向かった。俺は邪念を悟られないように椅子に腰掛ける。
(――あ、愛梨さんヤンデレ説くる!?)
両肘をダイニングテーブルにつき、手を組み顎をのせる。司令官が会議でよくやるポーズだ。俺はそのまま愛梨さんの動きを注視する。
――まず食器棚からガラスのコップを二つ用意し、冷蔵庫を開けた。そこからアイスコーヒーのペットボトルを取り出し――あああ! 台所の蛇口が邪魔だ!
(み、見えないぞ……肝心なところが)
手元で何か不審な動作をしたように思えてならない。そしてそのまま、そのアイスコーヒーを俺の前に置いてくれた。
俺はじっとコップの底を凝視する。コップの底には何かもやもやしたのが見えた。水よりも重い液体――ガムシロップか。うん、そうだな。それしかない。
「ふふ、変な仁ちゃん」
「別に変じゃないです。普通ですよ。普通に警戒しただけですって」
「え~っ! なになに? 仁ちゃんを陥れるためのいかがわしいお薬とか?」
「そ、そんなことは思ってないです」
「ふふふふっ、もう~、そういう所だって~! 愛梨はそういう妄想力? 中二病っぽいとこがかわいくて好きだけど! だって仁ちゃん意外と顔に出るんだよぉ。紺ちゃんはドヤ顔で決めちゃうけど」
まぁ、その図星だった。この際、妄想力が高いのは認めよう。言い訳をさせてもらうと愛梨さんは――どうにもやりかねない雰囲気を持っている。
茶髪ぱっつん前髪に緩めのロングウェーブ、西洋ドールのように長い睫毛。愛梨さんの趣味と確か人に覚えられやすいということから、ロリィタファッションを好んで着ている。
家では基本的にゆるゆるな愛梨さんだが、黒いロリィタ服に身を包むと廃教会の棺から目覚めたゴシックドール的な美少女となる。魂と引き替えに何か契約させられそうなイメージだ。
退廃的=ヤンデレではないが、夫婦喧嘩時の文句で『ハサミで体中切ってやる』とか『ねぇ……原稿落とすの? ねぇねぇねぇ!』とか、たまに親父に対する言動が怪しかったりしたのだ。
だから多分俺が愛梨さんをちょっと苦手に思っているのは突然のお色気ハプニングを生かせなかったからではなく、愛梨さんに潜在的な恐怖を抱いているからかもしれない。