17.魔族の伝統はドラマを呼ぶ
「そうだ、ジン様が疑問に思われていた〝魔族の伝統〟について、僕からご説明しましょうか?」
「お、助かる」
俺が親父の空想の産物だと思っていた異世界ユーレ・ティシア。遙か未来の地球であり、俺の故郷であるこの世界に辿り着いて何時間経過したかは知らない。だが、一つだけ分かったことがある。それは、ミカとラング、特にミカと会話をするとどこまでも話が脱線してしまうことだ。
会話が噛み合っているようで噛み合っていないというか、ミカから俺に対する質問をされて話題が逸れてしまう。親父の著書と英才教育? のお陰で世界の概要や言語については無問題だ。だが知らないものは知らないし、俺はこの世界で過ごした記憶がない。もしくは心当たりがない。
しかしながら、親父と共に数々の伝説を残したミカやラングからすると〝ジン君じゃない~! 大きくなったね。久しぶり元気してた? お土産にゼリーもって来たけど食べる? 羊羹がいい?〟と、親族の子供に久しぶりに会った状況なのだろう。
(――あ、まて。もしミカに〝昔は布一枚で街を散歩したじゃない?〟と言われたらどうしよう)
俺は気付かなくても良い事に気付いてしまった。
俺に過去の記憶がない事をいいことに、俺に面白エピソードを追加したり、借金があることにしたり、布一枚で公道を歩くのがマナーだとか教えられても反論ができない。覚えていないことの証明はできない。カッコ良く言うと悪魔の証明である。
(服だけは……守りたい……社会的に)
こちとら服を着込む文化だぞ。社会の窓が開いてカラフルなプリント柄とか、通気性の良くスタイリッシュな布とか、堂々と冤罪を訴える潔白の綿百パーセントとか。そんなのがチラ見えしただけで、騒ぎになりかねない公序良俗のしっかりした社会だぞ。マナーだろうがなんだろうが、風呂以外では絶対に人前で服は脱がないからな。風呂で服を脱いだらマナー違反とか言われたら、そんなマナー講師には〝新しいマナーなんですが〟とか言いくるめる。
「……えーと、何やら真剣に悩まれておりますが、話し始めても大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。問題ない」
俺の思考まで脱線しかけていたが、頭を横に振って疑念を振り払う。少なくともこの場で真っ当そうな、比較的常識人に分類されるダンカンからの説明はありがたい。
「はい、では! この伝統ですが、命が尽きて〝虚栄の砂〟となった者を親兄弟・知人友人が魔力石として受け継ぐものです。要は実用的な形見ですね」
「へー、なんかそれっぽいな」
魔力石は様々な想いと、一族の歴史を受け継ぐ物のようだ。俺の認識ではファンタジー世界であるが、ここは紛うことなく現実世界なのである。人類史を垣間見て感心する俺に対し、ダンカンは苦笑いを浮かべる。
「――まぁ、これ対外向けの説明なんですけどね」
「対外向け?」
「ジン様は魔族である魔王コンラート様のご子息なので魔族ぶっちゃけトークしますが、血族に優れた魔力を持つ者が生まれた際に育てるだけ育てて命を奪い、魔力石とする風習でもあるんですよね」
「一気に殺伐とした生存競争になったな」
魔力石の特性を考えれば有り得る話だ。ダークファンタジーの悪役にありがちな、片っ端から人を攫って伴侶にして、力を持つ子孫を闇の儀式に利用したりだとか色々。
「もちろん、最初に説明した真っ当な形見の場合もありますよ。戦士の方は特に多いですね。盟友の魔力石を受け継いでいくパターン」
「うわ、何それカッコイイ……! 闇に生きる者っぽいな」
敵に恋人とか親友の魔力石を奪われて、それを取り戻すだけでもドラマチックになるやつだ。――だが、取り返したところで魔力石になった大切な人は帰ってこない。復讐者たる己の手にあるのは魔力石と憎き敵を屠った生々しい感覚だけである。復讐は何も生まない。
「――ねぇ、ジン。そろそろ外に出てみない? さすがに我は話しに飽きてきた」
「わっ、あっ! ――そ、外か?」
何年もの間、現実世界からかけ離れているシチュエーションを糧にしてきた俺が感慨に浸っていると、後頭部に柔らかいものが当たる。何も悩むことはない。俺に抱きついてきたミカの胸である。ミカの過剰なスキンシップにツッコミを入れるのは止めた。きりがない。
「そうだ。まだ日が高いからな。城の周りなら良いかと思ってな」
「めちゃくちゃ見たいな。というか、ここに来て覚えてるのは、ミカ達と出会った廃屋だから。もっとこの世界に来たという実感を得たい。具体的に言うと〝魔境の宴〟とやらに行ってみたい」
親父の小説通りなら、王城の名前はなんの捻りもない〝雷鳴来る残響のコンラート城〟だし、多種多様な種族で賑わう城下町には古今東西から商人が集まり、武器屋、雑貨屋、魔術道具屋が連ねている。
そして何より〝魔境の宴〟という何故かトマトジュースが看板メニューの酒場兼クエスト受注場みたいな溜まり場がある。親父がそこのトマトジュースを再現しようと、日本全国からありとあらゆるトマトを購入し作ってみたものの、再現できなかったらしい。
味としてはアルコール分のないレッドアイ――トマトジュースとビールで作るカクテルに近いようだが、フルーティかつ癖になる薬草のような風味が分からないとのこと。
「〝魔境の宴〟か! あそこは飯も旨いし、ジンの歓迎会にはぴったりじゃの。よしよし、マスターに声をかけるか! 行ってくるわい」
「やった。トマトジュース飲みたかったんだ」
「おうおう! こりゃ、マスターが喜ぶな。常連達も息子の帰還じゃと大騒ぎになるなぁ!」
ラングはそう言うと席を立ち、小躍りしながら部屋から出て行った。これは期待が持てる。
「そうと決まれば、リリアンヌ! 例の物を」
「はい、ミカ様!」
リリアンヌはトレイに何かを持って俺達の前に現れた。ミカは満面の笑みで掌を宙に広げ、リリアンヌがその上に――赤い首輪らしき物を置いた。らしいといってもベルトか首輪の二択であった。




