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教室  作者: 日次立樹
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sideA

 



 忘れ物を取りに来た俺は、窓際の席に座って外を眺めている彼を見つけた。

「なんだ、ここにいたのか」


 誰もいない教室でひっそりと呼吸する彼は、まるで一枚の絵の中の人物のようで、俺は息をつめた。そして彼に気づかれないよう、ゆっくりと吐き出す。


「みんなは?」

 ふわり、と空気が揺れて、振り返った彼が言った。

「もう、行ったよ」

 声は震えていなかっただろうか。からからに乾いた唇をなめて湿らせる。

 もう、行ってしまったよ――。


 窓から差し込んだ光で逆光の彼はほんの少し表情を曇らせて、窓の向こうを一瞥した。

 そして何かを振り切るように、立ち上がって教室を出ていった。




 ゆっくりと彼が座っていた席に歩み寄り、開けっ放しだった窓を閉める。


 彼ともっと話をすればよかった。俺はひそかに彼を尊敬していたのだ。


 友人たちはよく俺のことを行動力があるとかフットワークが軽いといってくれるが、裏を返せば猪突猛進で飽きっぽいところがあるということだと思っている。次々新しいことを試しはするが、最後までやり遂げずに放り出してしまうのが俺の欠点なのだ。



 あれは文化祭の準備をしていたときだ。

 文化祭当日はそれぞれのクラスでおそろいのコサージュを身につけることになっていた。展示にそんなに手はいらないだろうから、あいている人間が作れば間に合うだろうと考えて担当の人間すら決めていなかった。

 しかし展示内容がお化け屋敷ということになり、俺はそちらの準備にかかりきりで、コサージュのことをすっかり忘れてしまっていた。


 文化祭の三日前になってあわてて確認すると、コサージュはクラス全員分の数が揃っていた。

 誰かがやってくれたらしいと思いクラスのグループトークで謝罪と礼をいうと、彼がコサージュができていないことに気づいて呼びかけてくれたのだと知った。彼はグループに入っていなかったので直接礼を言うと、気にしなくていいといって笑った。



 そのときはそれで終わりだった。しかしそれがきっかけで俺はクラスの「誰がやってもいいこと」を、彼がしてくれていることに気づいた。

 例えば、日直が忘れているときの黒板消しや、教室のごみ捨て、昼休みの換気。


 そうやって自然に周囲の状況に気を配れることや、進んでそれをやろうとする思いやりや優しさがすごいと思う。

 そう伝えたときの、恥ずかしげに染まった彼の顔を覚えている。


「――さよなら」

 誰もいなくなった教室。だけどたしかに、俺達がここにいたことを、俺は知っている。


 前に進むためのさよならは悲しい言葉じゃない。多分それはそのとおりだ。だけど、寂しいのはどうしようもなかった。



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