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教室  作者: 日次立樹
1/2

sideB

 



 卒業式のあと、最後のホームルームを終えてしばらくたった三年一組の教室に残っているのは俺だけだった。

 誰もいなくなった教室は掛け時計の音がやけに響く。小さく、規則的で、確かな音。普段は人の気配に紛れて意識もしない音だから、一年間ずっとこの音を聞いていたという事実が不思議に思えた。


 教室の後側には、私物の取り除かれた空っぽのロッカー。次に使う人のためにきれいにしろ、と担任があれだけ言っていたのに、何人かは紙屑なんかを残していった。

 誰が描いたのだろう、クラス全員の似顔絵とメッセージの書かれた黒板。先程この前で集合写真を撮ったばかりだ。

 誰かが忘れたのか置いていったのか、クリップの壊れたボールペンが教卓の上に放置されていた。


 今日は空が薄く曇っている。まだ桜はほとんど咲いていないが、花曇りとはこういう天気のことだと、卒業式の挨拶で校長先生が言っていた。養花天とも言うのだっけ。そういうことを前に現代文の授業で説明された気がする。いや、それとも古典だっただろうか。



 窓の外からはすすり泣きや笑い声、再会の約束の言葉が聞こえてくる。記念写真をとるためのかけ声が去年の流行語であるのを聞いて、この声が写真にうつらないのは残念だと思った。それとも動画も撮っているのだろうか。

 今日撮った写真を見返す機会というのは、そう多くはないだろう。その時どれくらいの人が、このときの声を記憶に蘇らせることができるのか。

 思い出さない人は、忘れてしまったことを気づかないままに生きるだろう。俺達を形作る過去というものは、本人でさえ知らないうちに、少しづつ何かを失い形を変えていく。




「なんだ、ここにいたのか」

 一人静かに窓の外の声に耳を澄ませていた俺は、ふいに聞こえてきた知っている声に振り向く。

 そこにいたのはクラスメートの一人だ。いつも陽気で、人の輪の中にいる奴。文化祭なんかでは人一倍やる気を出してクラスを引っ張っていた。

 どちらかというと一人が好きでもの静かと言われるような俺には声をかけにくい相手でもあって、話はするけれど特段仲のいい関係でもない。

 だけど俺は彼のことを忘れないような気がする。



 こうしてふたりきりで教室にいたことが、以前にもあった。テスト前で、彼は俺のノートを写していて。何か話していたけれど、内容は覚えていない。彼が何か俺をおだてて面映ゆい心地がしたことと、照れ隠しに見た窓の外で雨が降っていたことだけが、今もありありと思い出せた。



 彼は机の中から、アルバムを取り出した。忘れ物を取りに来たらしい。いつの間にか、窓の外の声はまばらになっていた。

「みんなは?」

「もう行ったよ」


 そう、と返す自分の声が思いの外小さくて。ああ、寂しいんだなと、他人事のように思った。

 カチコチと時計は動き続ける。俺がいなくなっても、この音を刻み続けている。いつまでも。


 俺はもう明日にはここにいないのだ。三年間、共に過ごした仲間たちも、みんな、ここから去って行く。

 そしてまた誰かが、この窓の景色を知るのだろう。

 さよなら。さよなら。さよなら――。



 昨日へ背を向けて、俺は踏み出した。


明日の同じ時間に更新します。

sideBは間違いではないです。次がAになります。

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