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幸せの黒猫喫茶へようこそ  作者: 尾多 悠
二章 少女達の事情
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少女達の事情(3)

 校舎の渡り廊下から出れる中庭は、生徒に広く開放されていた。

 舗装された白い通路を芝生と植え込みが彩り、ベンチが点在している。今日のような晴れた日には、ここで昼食をとる生徒も少なくない。

 梢が自分の教室に戻って弁当を持参してやってきた時には、明莉は中庭でも隅っこの、校舎の影になって目立たないベンチに腰掛けていた。

 周囲の楽しそうな昼休みの空気に触れてはいけないと自戒でもするかのように、肩をすぼめる姿は弱々しい。


「お待たせ」


 梢が早足で近付いて声を掛けると明莉はほんの少しだけ相好を崩したが、すぐに緊張した面持ちに戻り、立ち上がって頭を下げた。


「あの、すいません。時間をとらせてしまって……」

「あー、はいはい。いいから座りなよ」


 律儀過ぎる少女の態度に、梢は鬱陶しそうに片手を振る。明莉にベンチに座るよう促すと、自らも彼女の隣にどかっと腰を下ろした。


「ねえ。あんたって、いつもそんななの?」

「そ、そんなっていうのは……」

「そんな風に、しょっちゅう謝ってばっかってことだよ」

「す、すいません」

「いや、だからさ……はぁ、もういいや。話を聞くって言ったのは、あたしだし。それについて謝られても何だかなって思っただけだから。それでさ――」


 梢は話しながら水筒を脇に置き、膝の上に置いた巾着から弁当箱を取り出した。


「丁寧な話し方はやめなよ。あたしが偉そうみたいで何か嫌だからさ」

「…………はい」

「……、ま、今すぐにって無理は言わないよ。意識はしといて」


 強要すれば逆に会話にならなさそうな気がしたため、梢は軽く言い含める程度にしておいた。


「ともかく飯にしようぜ。ところであんた、それで足りるの?」


 梢は明莉の手元を見る。彼女が持っているのはコンビニの袋で、中には野菜のサンドイッチ一つと牛乳のパックのみだった。


「は……う、うん。大丈夫……。いつもは、お弁当だけど、今日は時間がなくて」

「そうなのか。……じゃあ、これやるよ」


 梢は少し考えて巾着から弁当箱以外にもう一つ容器を出すと、明莉の方へ差し出した。

 マグカップサイズの白いボトル。続けて、その上に小ぶりな木匙が置かれる。


「えっと、これって」

「スープジャー。中身はシチューね。昨日の残り物で悪いけど」

「そんな、も、もらえないです。悪いですよ」

「持ち主があげるって言ってんの。あんたがそれだけだと、あたしばっか食べてるみたいで恥ずかしいだろ」


 面倒くさいやり取りをする気はないと梢は押し切る。押しに弱いのは見た目通りの明莉は睨まれては断り切れず、渋々と容器に手を伸ばした。

 蓋を開けると、甘いクリームシチューの香りが漂い、明莉の鼻先をくすぐる。具はじゃがいも、人参、玉葱、ブロッコリー、鶏肉とオーソドックスでバランスもとれており、見た目も鮮やかだ。

 明莉のお腹がきゅぅと縮まる。実を言えば、彼女は今朝から何も食べていなかった。梢がそこまで狙っていたわけではないが、施しには十二分な効果があっただろう。


「お、美味しいですっ」


 肉と野菜の旨みが染み出たとろみのあるスープは、明莉の舌を甘く溶かした。ほどよい温かさが胃に落ちて、身体全体に広がる心地がする。

 頬を染めて賞賛する明莉に、頬張っていた玉子焼きを飲み込んだ梢は苦笑を返した。


「そりゃ良かったわ。お腹が温まれば、少しは気も解れるでしょ?」

「あの、もしかして木野内さんが作ったんですか?」

「いや……作ったのは祖母ばあさんだよ。あたしは温めただけ。料理はできないわけじゃないけどね」

「そうなんですか。凄いです……。ご馳走様でしたとお伝えください!」

「残り物でそこまで言われるとはね。でも、あげた甲斐があって何よりだ」


 興奮気味の明莉が、素の顔を垣間見せる。このまま適当に談笑に興じるのも悪くはないかもと思い始めるが、それは本来の目的ではない。

 そろそろ頃合いと見て、梢は本題へと話を切り替えた。


「じゃ、そろそろ聞かせてもらおうか」

「あ……」


 明莉自身も忘れてしまっていたのか、はっとその表情に影が差す。


「すいません! わたしから言い出したことなのに……」

「だから、いいって。ま、話したくなくなったなら別に話さなくてもいいんだけど」

「いえ……それは」


 それとなく梢が言って見るも、明莉は遠慮がちに首を横に振った。食事の効果はそれなりにあったらしく、底無し沼に沈みゆくような暗さは彼女の声から消えていた。


「木野内さん……。昨夜、わたしの鞄の中を見ましたか?」

「ああ、見たよ」


 想定済みの質問に、梢は即答した。驚いた顔をする明莉を横目に、水筒のお茶を一口すする。


「誤魔化さないんですね……」

「必要ないからね。そっちこそ、確信してて訊いたんだろ?」

「はい……だって、お弁当箱、綺麗でしたから」

「一応言っとくと、見たのはあたしだけね。つっても、あんたが訳ありってのは、他の皆も同じ見解だと思うよ」

「そうですか……。やっぱり、そうですよね……」


 明莉は項垂れて口を閉ざした。

 昨夜、梢が見たもの。今日、明莉の教室で感じた空気。彼女を取り巻く少女達の態度を照らし合わせれば、どんなに察しが悪くても解ろうというものだ。


「あんた、イジメられてんだね」


 すっぱりと言い切られて、明莉の引き結ばれた唇が小さく震える。「違う」と否定しようにも、それは言葉にならず肯定の沈黙と化した。

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