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幸せの黒猫喫茶へようこそ  作者: 尾多 悠
二章 少女達の事情
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少女達の事情(2)

 昼休みになったタイミングで、梢は二年六組を訪ねていた。目的は当然、門原明莉に生徒手帳を返すためだ。 


「門原? ああ……彼女ね。うん、いるけど」


 たまたま教室から出てきた女子生徒の集団をつかまえて明莉の名前を出したところ、そんな返事をした女子達は一様に眉を不審そうにひそめ、顔を見合わせ始めた。


「そう、いるなら呼んでくれない?」

「あ……、ごめんね。わたし達、急ぐから」

「え? おい、ちょっと……!」


 用があるなら勝手にどうぞと、女子達はそそくさと梢の横を通り過ぎて去って行く。まさか呼び出すくらいのことで断られるとは思わなかったため、呆気にとられた梢はしばしその場で立ち尽くしてしまった。


「……?」


 たまたま訊ねた相手が悪かったのかは不明だが、立ち往生しているわけにもいかない。梢は気を取り直して開けっ放しとなったドアを通り、六組の教室へ足を踏み入れた。

 昼休みもまだ始まったばかりの教室の中は喧噪が絶えない。各々が机を寄せ合ったりしながら集まり、昼食を囲んでいる。

 見渡せども、視界に入るのは見知らぬ顔しかない。慣れない空気と、ちらちらと向けられる視線に梢は居心地の悪さを覚える。

 さっさと用を済ませて帰ろう。そう梢は決意してもう一度、注意深く教室を見渡す。

 すると、影になって見えづらかったが、教室の隅で集まる四人組の女子の中に、門原明莉の姿を見つけた。

 早速、そのグループのもとへと向かう。梢に向けられるクラスの視線が強まるが、彼女は構わず前に進んだ。


「ねえ、ちょっといい?」


 梢のことに気付いていなかったのだろう。彼女が大きめの声で話し掛けると四人組の会話が止み、いっせいに顔が向けられた。


「なに? あなた誰?」


 梢に応じたのは、彼女に背を向ける位置で座っていた女子だった。

 茶色に近い明るめの金髪。うっすらと化粧もしており、長い睫毛と切れ長の瞳は攻撃的な印象を受ける。椅子の背もたれに掛けられた手の爪に施された眩しいくらいの装飾が目に飛び込み、彼女が校則を遵守する気などさらさらないのは見て明らかだった。


 雰囲気的に、彼女が四人組の中心人物なのではないかと梢は直感する。金髪女子の両隣には、小柄でやや肉付きのよさそうな女子と、背の高い細身の女子が事の成り行きを静観するようにしている。

 その三名の影に埋もれるように、驚きに表情を固めた門原明莉がいた。


「そこの子、門原さんに用があるんだけど」


 金髪女子の針のような眼差しを、梢は身体を斜めに傾けることで避けつつ明莉を指名した。


「はあ?」

「……っ」


 まるで意味を解さぬ様子で、金髪少女が顔を歪めて明莉を振り返る。他の二人も似たような反応だ。

 注目を浴びせられた明莉は金縛りが解けたみたいに、椅子から転がり落ちそうなほど肩を跳ねさせる。だが、みるみるうちに猫背になって縮まってしまった。

 梢に向けられた表情には、「どうしてここに?」という言外の問いがはっきりと浮かんでいた。


「別にたいした用じゃねえよ。ほら、これ」

「え……あ、これ……わたし、の」

「それだけだよ。確かに渡したからね」


 周りの雑音は無視して、梢は淡々と預かっていた生徒手帳を明莉の前に置いた。反応を見る限り、今の今まで紛失していた事も知らなかったみたいである。

 何はともあれ、義理は果たした。梢はさっさとこの自分の教室へ戻るために背を向けようとする。


「ちょっと待ちなよ」


 だが、去ろうとする彼女の手首を金髪少女が掴み、引き止めた。


「あなた、アカリとどういう関係なわけ? もしかして、友達とか?」


 手首に這うような冷たさを覚え、思わず梢は背筋をぞっとさせた。金髪少女は狡猾そうな微笑を頬に刻み、答えるまでは逃がさないと目で語っていた。


「別に。たまたま拾ったから届けただけだよ。あのさ……痛いんだけど、離してくれない?」

「あー、ごめんねえ。それにしても、ふーん、拾った……ね。アカリ、本当なの?」


 勘ぐるような物言いをした金髪少女は梢から手を離し、訊ねる相手を明莉に変える。見るからに狼狽えた明莉は少女と梢の間で視線を彷徨わせて、口もとをわななかせた。


「ねえ、訊いてんだけど?」

「あ、あの……本当、だと思う。どこかで落としちゃったの、かな」

「……あ、そ。鈍くさいからねえ、アカリは」

「ご、ごめんなさい……」

「もういいでしょ。あたし行くから」


 納得したのかまでは分からないが、追及するまでもないと判断されたようだった。これ以上話が抉れる前に、梢は再度撤退の意思表示をする。


「あの……! わざわざ、ありがとう……木野内さん」


 ……おい、こら。


 おそらく、明莉は梢が善意で届けてくれたものと勘違いして、律儀にお礼を言っただけなのだろう。それはいい。しかし、名前を呼ぶのはまずいだろと、梢は明莉を罵りたい衝動をぐっとこらえた。

 自分はたまたま落とし物を拾って届けに来た善意の第三者のつもりで話していて、咄嗟に明莉も合わせてくれていたものだと思ったのだが、微妙なところで食い違いが起きていたみたいだった。


「へ~……、木野内ねぇ」


 失言に気付かないでくれと梢は願うが、相手の頭もそう弱くはなかった。ゆっくりと梢の苗字を呟いた金髪少女が、嫌らしく唇を歪める。

 だが、それだけだった。


「ま、いいわ。ここは譲ってあげる」


 ゆったりと恩着せがましく言ってから、金髪少女は立ち上がった。振り返った彼女と梢の、同じ高さの目線が絡む。


「あなた達、行くわよ」

「えー、いいの? カナ」

「昼休み始まったばっかじゃん」

「いいのよ。その方が、あとあと面白くなりそうだし。じゃ、またね木野内さん。ごゆっくり」


 金髪少女がグループの中心人物という梢の認識は正しく、彼女の提案に従って他の二人も席を立つ。すれ違いざまに気安く肩を叩かれて、梢は心底嫌な気分になっていた。


「……で、あんたは行かなくていいわけ?」


 流石に無視して立ち去るわけにもいかなくなった梢は、展開についていけずに半ば魂が抜けたみたいに呆けている明莉に話し掛けた。


「あ……ご、ごめんなさい」

「なんで謝るのよ。何か妙な感じになっちゃったけど、大丈夫?」


 気まずいことこの上なく、更に金髪女子に絡まれた結果、彼女が立ち去った事で向けられる視線の数が遠慮なしに増えている。

 一刻も早く消え去りたいと願いながらの梢の問い掛けに、明莉は微かに震えながら頷いて見せた。昨晩のずぶ濡れの状態よりはましだが、やはり前髪に隠れて表情が読みにくい。


「そ。じゃあ……今度こそ、あたし行くから」

「……っ、待ってください!」


 そして今度こそと思った途端、急に明莉が大声を上げた。本人も意識していなかったのか、腰を上げた拍子に激しく音を立てて倒れた椅子の音にびっくりして、慌てて顔を赤らめていた。


「落ち着きなよ。あたしに何か用でもあるの?」

「は、はい。その、聞きたいことが……あるんです」


 どこか追い詰められたような少女の雰囲気に、梢は頭を掻きつつ諦めの息を吐く。断れないというよりも、いち早くこの針の筵から抜け出したい一心で、妥協案を提示することにした。


「オーケー。あんた、お昼まだよね?」

「え? はい、まだですけど……」

「なら、五分後に中庭に集合ね」

「え? え? あの、どういう……?」

「どうもこうも、一緒にお昼しようって言ってんのよ」


 戸惑いを露わにまごまごとし出す明莉に、梢はきっぱりと言い切った。


「食いっぱぐれるのは嫌だから、話なら食べながら聞くよ」

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