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幸せの黒猫喫茶へようこそ  作者: 尾多 悠
五章 黒猫の願い事
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黒猫の願い事(3)

「クリスマスプレゼント……ですか」


 空いているカウンター席で昼食をすませた後、梢はマスターに外出の許可を求めていた。


「そ。色々あってうやむやになってたけどさ、パーティの予定はなくなってないよね?」

「ふむ……そうですね」


 マスターが思案顔になる。いまのいままで彼自身も、そのイベントを頭の隅に置いていたようだった。これまでのごたごたを考えれば無理もないことである。


 つまり梢は、きたるべきプレゼント交換のため買い物に行きたいと願い出ていたのだった。


 梢が明莉に付き合ってくれと言ったのもこの事だった。何かと思って拍子抜けした明莉は、それは自分も望むところだと快く承知した。


「ね、いいでしょマスター? 気分転換くらいさせてくれよ」


 そしていま、少女二人は期待を込めた目で、固唾を呑んでマスターを見つめていた。


「いいんじゃないですか、マスター。息抜きくらいさせてあげれば。私もパーティ楽しみなんですから、中止なんていやですよ?」


 そこにテーブル席へオーダーを運び終えた千香が戻り、梢と明莉にちらと視線を送って軽く笑んだ。


「それに、明莉ちゃんがお母様から聞いた話だと、こっちの()()()()は上手くいったみたいじゃないですか。大丈夫、大丈夫、うまくいきますって~」

「園花君、もう少し声を小さくしてください」


 お気楽な調子の千香にマスターが苦笑を漏らす。梢と明莉も緊張を柔らかく解され、口もとを緩めてしまっていた。


「仕方ありませんね。二人は謹慎中であることを忘れないでください。こちらからの連絡にはすぐに応じること。約束できますか?」

「さっすが、マスターも千香さんも話がわかる。約束するよ」

「はい。マスター、ありがとうございます」

「それで、いつ出かけるつもりなのですか?」

「早い方がいいけど、平日は目立つだろうし、次の日曜かな。明莉もいいよな?」

「うん、大丈夫だよ」


 二人は笑顔となって、早速予定を詰めていく。すっかり元通りか、あるいはそれ以上の仲の深さとなった様子の少女達に、マスターも喜びを噛み締めるように口端に皺を寄せた。



 梢と明莉が二階へ戻り、昼の営業も落ち着いた頃合いとなる。

 店内では、従業員大人三名がコーヒーを片手に休息をとっていた。


「梢ちゃんも、元気が戻ってきたみたいで良かったっすね」

「ほんとね~。あそこまで仲良くなるのはちょっと予想外だったけど~」


 城森が弛緩した笑みと共に息を吐き、千香の同意が連なる。梢のことを妹のように気に掛けていた二人なだけに、その感慨もひとしおだった。


「仲が良いのはいいことですよ。さて――」


 談笑に興じていたマスターが、そこで声を引き締めた。


「学校側が重い腰を上げてくれた以上、僕達にできる事はここまです。引き際ですね。二人とも、お疲れ様でした」


 城森と千香は互いに目を合わせ、マスターに向き直って短く頷いた。

 今日まで、浮田教諭を始めとする学校側の落ち度、皆瀬佳奈の非行に関する証言、証拠集め駆けずり回っていた二人の任務も、これで一区切りというわけである。


「ようやく肩の荷が……っていうのはまだ早いっすよね。あとは明莉ちゃんのお母さんと、沓掛さん次第か……」

「そうね~。それにしても、明莉ちゃんのお母様が記者だったのは意外という他ないわよね」

「まったくです。最初は僕が沓掛君に同行するつもりでしたが、お力を借りることができて僥倖でした。それもすべて、明莉君の覚悟もあってのことです」


 梢を救うための交渉材料として明莉が母に願い出たことは、無謀とも若過ぎるとも言えた。友のためとはいえ、我が身を犠牲にすることは決して手放しで称賛できることではない。

 それでも彼女の想いは尊いものだった。その覚悟ゆえに、流れは大きく変わろうとしている。


「クリスマスパーティ、いいものにしないとね」

「祝勝会もかねてっすか?」

「勝った、負けたで語れる話ではありませんよ。終わるだけです。あの子達の中で、今日までのことを過去にできるよう、きちんと終わらせてあげましょう」


 穏やかな微笑みを表情に戻し、マスターは足下に視線を落とす。

 そこには、じっと静かに彼を見上げる黒猫がいた。

 今まで存在を消していたようだが、ずっと話は聞いていたに違いない。その証拠に、美しい金色の瞳はしっかりと自分の意思をマスターに伝えようとしている。


「わかっていますよ。シュヴァルツ」


 そしてマスターも、黒猫の意思を正しく受け取った。


「城森君、園花君。申し訳ありません。次の日曜日は店を頼めますか?」

「日曜日? 二人が買い物に行くって言ってた日じゃないすか?」

「……なるほど。気のせいかなと思ったけど、シュヴァルツが言うんじゃ間違いないわね~」

「おや、園花君も気付いていましたか」


 そのときの会話に参加していなかった城森は首を傾げたが、千香は心得たように笑みを浮かべた。カップをテーブルに置き、そっと屈んで伸ばした彼女の指先が、赤い首輪をした黒猫の首筋を優しく撫でつける。


「梢ちゃんの独断かな~。何か隠してるって感じ」

「えぇ? それ、大丈夫なんすか?」

「今更、大それた無茶をするとも思えませんが……念のためです。お目付役が必要です」

「そういうわけ。マスター、店のことは任せといてください。お役目を譲るんですから、しっかりお願いしますね」

「ええ、お任せください」


 信頼を込めた千香の笑みに、マスターは慇懃に礼をする。


 これが黒猫のオーダーを完遂することに繋がるだろうと、確信めいた予感が彼にはあった。

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