少女達の戦い(5)
梢の行方は、明莉が思っていたよりもあっさりと判明した。
とはいえ、当初のマスターの指示通りに通学路を闇雲に探していても見つからなかったに違いない。それもひとえに、黒猫の案内があってのことだった。
「わたしのときもそうだったけど……シュヴァルツって行動範囲が広いよね」
ぴくぴくと両耳を別々の方向に動かして周囲の気配を察知しながら、黒猫は見事に明莉を先導していた。
一人と一匹が辿り着いたのは、桶布高等学校近辺にある河川敷だった。川の両岸を結ぶ鉄橋の下、捨て猫でもいそうな暗く目立たぬ場所に梢はいた。
「梢!」
コンクリートの壁に寄りかかっていた梢は、何をするでもなくぼんやりとしているように見えた。
明莉が声を掛けると、梢は目を見開かせた顔を彼女と黒猫へ向けた。
「……なんだ。明莉もサボりかよ」
「梢こそ……早退したんじゃないの? 家に帰ってないから、みんな心配してるよ?」
「あぁ……それでか」
それを聞いた梢は、息を切らせる明莉と《黒猫》の主が一緒にいる状況に合点がいき、苦笑気味の吐息を漏らしていた。
「そいつは悪かったな。ちょっと気分転換をしたくて、寄り道してただけだよ」
「……本当に?」
「それ以外に何があるってんだよ」
真剣な明莉の様子に、梢は茶化すように肩を竦めた。
「まさかあんた、あたしが自殺でもしてるんじゃないかとか思ったわけ?」
「……やめてよ。笑えないよ」
「は、笑えばいいだろ。何もかも笑い飛ばしてやればいいじゃねえか」
梢はその言葉通り、獣じみた偽悪的な笑みを口の両端に刻んでいた。
「ったく、バカにすんなっての。あのくらいのことで誰が参るかよ。イジメで死ぬなんてくだらねえ。そんなもんで人が死んでたまるか」
そして憤懣を罵倒に変えて、乱暴な言葉を吐き始めた。
「イジメが原因で自殺? 違うだろうが。自分の心に最後に引導を渡すのは自分なんだよ。だから自殺なんだろうが。てめえの弱さの原因を他の何かのせいにしてんじゃねえって話だ」
止めどなく吐露される梢の真情。そこに明莉は、彼女が抱えているものの大きな影を感じようとしていた。
「あたしは、そんなもんにならねえ。弱くなんかならない。それが今日ではっきり解った。くだらない。何のかもがくだらねえよ。あたしの人生、何もかもがクソだ」
「梢……そんなこと言わないでよ。ねえ、何があったの? ずっと……聞いちゃいけないって思ってた。けど、あなたのこと、わたし知りたいよ」
「……聞いてどうすんだよ。話したってどうにもならない」
「そんな……。言ってくれなきゃ、何もわかんないよ!」
「言って何が解る!? 話せば人殺しの気持ちが理解できるっていうのかよ!?」
胸の真芯を抉るような言葉をぶつけられて、明莉は強制的に黙らされていた。
「どうせ皆瀬の奴から聞かされでもしたんだろ。それともマスター達からか?」
「マスター達からは何も聞いてないよ……でも……皆瀬さんからは、新聞の記事を見せられた」
「そうかよ。なら、あたしが話すことは何もないだろ」
「……なんで、何も言ってくれないの? わたしは……梢の口から聞きたいよ」
「――いい加減にしろ。うざってえ」
「え……」
切りつけるような声音に明莉は食い下がろうとする動きを止める。彼女を睨む梢の瞳は、冷淡な火を宿していた。
「ちょっと仲良くしてやったら調子に乗りやがって。てめえの自己満足のために、話したくもない過去をほじくり返される身にもなれよ」
「梢……わたし……、そんなつもりじゃ」
「つもりがあろうがなかろうが、そういうことだろうが。ああ、そうだよ。あたしは父親を刺したよ! これで満足か!?」
ぎらぎらとした憎悪。梢はかつての放課後、皆瀬達にも向けていた恐ろしい瞳で梢を睨み付けて激高した。
「剥き出しの殺意をぶつけた。殺すつもりでやった。黒板に書いてあったのは全部本当だ! あたしは人殺しなんだよ!!」
凍えるような鉄橋の底を仰いで、梢は激情を迸らせる。
その姿はあまりにも孤独で、救いがない。
明莉はたまらなく悲しくなった。
「ちっ……こんなことになるんなら、お前なんか助けるんじゃなかったぜ」
そしてその言葉にどうしようもない怒りを覚え、気付けば感情のままに手を振り上げていた。
頬を叩く乾いた音。梢の瞳から、一瞬あらゆる感情が吹き飛ぶ。
「自分を傷つけるようなこと、言わないでよ」
眦を決した明莉が、掌にじんとした残った痛みの熱を握り締めた。
「……やりやがったな。このやろう!」
「わたしは、梢を信じてるよ!」
かっと喉から怒声を張り上げる梢の声に負けまいと、明莉も叫び声を重ねる。
「たとえ梢が自分を人殺しだって言っても……! あなたがわたしにしてくれたことは嘘じゃないもの!」
明莉は梢の過去を何も知らない。出逢って関係を築いた時間はあまりに短い。
だから、明莉には現在の梢を信じることしかできない。梢に救われたことには変わりないのだ。
少女の不器用な優しさも。勝ち気な笑みも。明莉が見てきたもの全てが、なかったものになるわけではないのだから。
「……わたし、まだ梢に何も返せてないよ。わたしだけの力じゃ足りないなら、マスターも、千香さんも、城森さんも、沓掛さんも……シュヴァルツだっているよ。皆、梢のために力になりたいって思ってる」
いまの自分が抱いている想いを全て包み隠さず、明莉は梢に届くように精一杯告げた。
「だから……わたしを救ってくれた梢を、梢自身が否定しないでよ……お願いだから」
「…………アホらしい。帰る」
その明莉の言葉が梢の心にどれほど届いたのか。
梢は冷めた声で短く呟きを零すと、踵を返した。
「梢! 待ってよ!」
「ついてくんな」
肩越しに顔だけ振り向かせた梢が、境界線を引くように明莉を見据える。
「心配すんなよ。ちゃんと家には帰るし、学校にも行くさ。みんなにも伝えといてくれ」
それ以上近付いてくれるなと目で語る梢に、明莉は踏み込めなかった。
想いの限りを込めて訴えてなお、二人の間にある溝が埋まらない。
もし、これがただの拒絶であったのなら明莉も躊躇いはしなかっただろう。
しかし、このときの梢の言葉は拒絶であっても、懇願でもあるように思えたのだった。
「決着はつけるさ。明莉は黙って見てればいい。じゃあ……またな」
最後にふと横顔に幻のような微かな笑みを浮かべて、梢は河川敷を去った。
明莉はその背中が見えなくなるまで己の無力さに立ち尽くし、黒猫もまた彼女の側に寄り添い続けていた。




