少女達の戦い(4)
「……そう、そんなことが……」
まだ時折啜り泣きながらも、明莉は今朝からの出来事を語り終えた。
一旦昼の営業を諦めた《黒猫》のカウンターでは、従業員全員が集まっている。明莉の隣に座った千香は、少女の細い肩を抱き寄せていた。
「えげつないことを……ちょっと許せそうにないな」
いつも温厚な城森も声に怒りを込めて、その感情を誤魔化すようにくせっ毛を掻き毟る。
「そう言えばマスター、梢ちゃんから電話があったんすよね?」
「そうなんですか!?」
渋い顔をするマスターに城森が訊ねると、明莉が泣きはらした顔を上げた。マスターは「ええ」と頷き、その内容を皆に伝えた。
「しばらくバイトを休むと……。事情も言わずに、それだけです」
「……それで、これからどうするんですか?」
城森に続き、千香が厳しい声音で続けて問う。
「明莉ちゃんの話だと、梢ちゃんの情報が完全に漏れてますよね。まずいですむ話じゃありませんよ」
「まずは梢君の家に連絡しましょう。ちゃんと帰っているか心配です。それから沓掛君にもですね。彼は彼女の担当です……情報の件も気になります」
マスターはカウンターの奥に行き、店の電話に手を伸ばす。その様子を固唾を飲んで見守りながら、明莉は己の肩に添えられた千香の手に触れた。
「梢と沓掛さんが知り合いな理由って、やっぱり……そういうことなんですね」
「明莉ちゃん……」
「じゃあ、それじゃあ……梢は……お父さんを本当に……」
声を詰まらせる明莉を抱き寄せる力が強くなる。その先を言わせまいと、千香は慈しむように明莉の髪を撫でつけた。
「明莉ちゃん。どうか他人の言葉に惑わされないでね。あなたが接した梢ちゃんを、信じてあげて」
「そうっすよ。梢ちゃんは、進んで人を傷つけるような真似をする子じゃないんすから」
明莉の気持ちを解すように、城森も表情に微笑を戻す。二人の温かさに触れて、明莉も少しだけ落ち着きを取り戻し始めてきた。
「…………はい。ごめんなさい……」
明莉は鼻をすすり、濡れた目元をごしごしと拭った。いつまでも甘えてばかりはいられないと、空元気であろうと無理矢理に自分を奮い立たせようとした。
皆瀬達がまた何かを仕掛けてくるのは、わかっていたはずなのだ。梢のためにも、今の自分に何ができるかを考えていかなければならない。
「連絡がつきました。皆さん、落ち着いて聞いてください」
明莉が気持ちを立ち直らせようとしているところへ、マスターが電話から戻ってきた。
その顔には微かな焦慮が滲み出ており、明莉達は胸騒ぎを覚える。彼自身も落ち着こうと一度深呼吸をしてから、全員の顔を順に見て言った。
「梢君は、まだ家に帰っていないそうです」
「そいつは……」
「ちょっと……大丈夫なんですか!?」
明莉の顔から血の気が失せる。状況が状況なだけに楽観視もできず、城森も千香もにわかに色めき立っていた。
「沓掛君にも掻い摘まんで事情は説明しました。できる限りすぐに対応してくれるそうです」
「そんなお役所みたいな! できる限りっていつなのよ!」
「千香さん、実際にお役所なんすよ。沓掛さんも梢ちゃんだけに掛かり切りになれるわけじゃないんすから……」
「わかってるわよ!」
「園花君、気持ちは解りますが押さえてください。話が先に進みません」
マスターは努めて冷静に、人を落ち着かせる声音を意識しているようだった。
「時間が経てば、ちゃんと家に帰ってくる可能性の方が高いのです。僕達がここ浮き足立ってはいけませんよ」
「いや、まあ……そりゃ冷静に考えればそうかもしれないっすけど」
城森が腕を組んで言葉を濁し、千香と明莉の方を見た。理屈ではそうでも、感情はそうはいかない。それは女性陣の方が顕著だった。
「マスター……わたし、梢を探しに行っちゃダメですか?」
「明莉君……君はもう少し休んでいた方が――」
「私も行きますよ。このままのんびり待ってなんていられませんってば」
「園花君まで……。まったく、仕方ありませんね。では、こうしましょう」
眉間に刻んだ皺を指でなぞりながら、マスターは結論を下した。
「梢君を探しには行きますが、役割を分担します。まず僕が梢君の家に行き、彼女の家の方に帰りを待たせていただけるようお願いします」
次にマスターは城森を指名した。
「城森君は市街地を中心に車を走らせてみてください。繁華街など……学生が多く行きそうな場所です」
そして次は千香に。
「園花君は申し訳ありませんが、《黒猫》で待機していてください。もしも梢君が来たときに、全員が出払っているわけにはいきません」
そして最後は明莉だ。
「明莉君は、通学路を探してください。まだ帰る途中かもしれませんからね」
「マスター、明莉ちゃん一人で大丈夫なんですか。やっぱり私も一緒に……」
一人だけ留守番を言い渡された千香が不満を口にする。彼の指示は的確だが、明莉一人で行かせるのは心配だった。
おそらく明莉の意志を尊重して託そうとしているのだろうが、それとこれは話が別である。
指示を出したマスター自身も、そこだけが不安材料なのは分かっているようだった。
せめて動ける人数があと一人いれば。
そんな風に、皆が猫の手も借りたいと思ったときである。
にゃぁ――と。
自分の存在を主張するかのような甲高い猫の鳴き声が、重苦しい沈黙を軽やかに一蹴してのけた。
「シュヴァルツ……」
千香の手を解いて席を立った明莉は屈み、足下に擦り寄る黒猫に目線を合わせた。
「もしかして、手伝ってくれるの……?」
猫と言葉が通じるはずもない。しかし黒猫の金色の双眸に宿った意思は、確かに明莉へそう言っているように思えた。
「僕としたことが、一名忘れていたようですね。シュヴァルツ、明莉君を頼めますか?」
マスターの問い掛けに、黒猫はもう一度高く鳴く。この上ない保護者の存在に、千香も諦めざるをえなかった。
「ありがとう。行こう! シュヴァルツ!」
明莉が黒猫に呼び掛ける。彼女はもう自分にとってなくてはならない存在となった少女を探すべく、あがりかけの小雨の中へ飛び出した。




