第93話 おとなのまーじゃん
ヒカリさんに連れられて無理やり入れられた雀荘で、不思議な出会いを果たした。
雀荘のメンバー(店員)であるホムラと名乗った女性。わたしが知っているホムラさんとは見た目も雰囲気も全く違う。
けれど、向こうはこっちを知っているらしかった。ヒカリさんのハイセンスなメイクアップとコーディネートで変身したわたしが高校生であることを見破ったということは、普段のわたしを知っていることに他ならない。
とはいえ、メンバーとして長年従事していれば、自然と客の見分けもつくだろうから、目の前の女性がわたしの知っている煉獄の女王、ホムラとは一概には言い切れない。
「あら、彼女、大学生よ? 何か根拠でもあるの?」
ヒカリさんがしれっと言い放つ。相変わらず腹が据わっているというか、いろんなことに罪悪感を感じていない口ぶりだ。
ホムラさんの視線がわたしとヒカリさんの間を行ったり来たりした後、ホムラさんは意味ありげに微笑んだ。
「いいえ。知り合いに似ている人がいましたので。失礼しました」
ホムラさんはそれ以上の追及はせず、わたしのトイメンに座る。
何だかすでに違うところで腹の探り合いをしているようだった。わたしも彼女の正体をつかめずにいた。
そんなキツネとタヌキの化かし合いのような空気の中、サンマが始まる。
対局を何回行うかは分からないけれど、少し様子は見たい。
しかも、1枚いくらか分からないチップをヒカリさんに建て替えられたのだ。チップを温存しつつ、様子を見なければいけない。
ヒカリさんとホムラさんが何やら雑談している中、わたしが深い呼吸を一つ入れる。
わたしの初めての雀荘麻雀は、星愛女学院で行っていたようにしっかりした対局の挨拶もないまま、なし崩し的に始まった。
「リーチ!」
ヒカリさんの再三再四のリーチ棒が放たれた。
二回目の半荘もオーラス、そして親のヒカリさんの積極的な攻め姿勢だ。
ヒカリさんの打ち筋は、一言で言えば大胆不敵だった。
ペンチャン待ちやカンチャン待ちなどの悪い待ちでもガンガンリーチをかけてくる。いくらチップを受け取る可能性が上がるとはいえ、ほとんどまっすぐテンパイに向かってテンパイになったらすぐにリーチをかける、いわゆる棒テン即リー傾向が強すぎる。
一荘目では、それが功を奏し、高い上がりを炸裂させてトップを取っていた。傍から見ていても豪快な勝ちっぷりだった。
ヒカリさんのリーチを見て、ホムラさんが現物の一萬を切って丁寧にかわす。
対するホムラさんは、上手な麻雀ではあるけれど、迫力がないというか、わたしの知っているホムラさんのような打ち方はしてこない。
手役を絡めたきれいな上がりはするけれど、これは赤牌2枚、北は抜きドラ、ウラもつけばご祝儀という、かなりリーチに有利なルールである。ヒカリさんほど露骨でなくても、手役よりもリーチやドラに重きを置いた方がいいことくらい分かっているはずだ。
実際、ホムラさんは大きな負けこそしていないけれど、前の半荘は3位で結構チップも減らしている。
ますます、わたしの中では目の前の女性は同名の別人なんじゃないかと思えてくる。
南三局 十一巡目 西家 ナナミ 42700点 89枚 ドラ表示:五索
一索 二索 三索 四索 赤五索 五索 六索 七索 九索 北風
副露:下東風
抜き:北風
ツモ:八索
配牌とツモに恵まれたオーラスは、無理に狙わなくてもするするとここまできた。
一応イッツーのつく高めのツモだけれど、待ちが絶望的に悪い。
五索はドラ表示牌と河に1枚見えているから、五索タンキではもう上がり牌は残っていない、いわゆるカラテンだ。
今回のサンマは、チャンペイが認められているから、北待ちにすれば誰かが抜いた瞬間にロンできる。
けれど、北はすでにホムラさんが1枚抜いている。北は地獄タンキだ。
それに、北で待つならヒカリさんの親リー相手に無スジの五索を通さなければならない。
いっそのこと策を張って温存していた2枚目の北を抜いて、補充牌に期待する手もある。けれど、ソーズを引かなければホンイツを捨ててイッツーのみの勝負でも結局五索を切らなければいけないのだ。
オーラスのトップ目なので無理はしたくないけれど、わたしは逆に五索は通ると踏んだ。
ヒカリさんに対しては無スジ。通常なら絶対に切れないけれど、ヒカリさんは悪い待ちでも積極的にリーチを仕掛けてくるし、結構引っ掛けリーチも多いので逆に通る可能性がある。
ホムラさんはメンゼンだけれど、捨て牌からソーズは安い。チャンタ系の気配があるのでこっちも通りそうである。
わたしは指先に力を込めて五索を河へ送る。
この痺れるような緊張は、どこでどんな麻雀を打っていても変わらない。
けれど、あっさりとヒカリさんがツモってわたしの牌は通ってしまう。やや先ヅモ(前の人が打牌する前にツモること)気味なヒカリさんの動きは、勝負の時の高揚感を簡単に打ち消してしまう。
切り出されたのは六筒。この手の牌をあっさり捨てるのだから、また悪い待ちかもしれない。
その時、コンコンとノックの音が聞こえた。
ツモった牌を卓の隅に裏にして置き、手牌を伏せたホムラさんが立ち上がった。
「はい、ただ今」
そのままホムラさんが扉を開けて、相手を確認すると入室を促す。あくまで店員としての態度を崩さない。
「コオリさん、お待ちしていました」
「対局中でしたかしら?」
「いいえ、お構いなく。もうすぐ終わりますので」
ホムラさんの恭しい案内で入ってきたのは、シスターのような黒い修道服の女性だった。
数珠のような大玉のネックレスに、これまた大粒のパワーストーンのブレスレット。年はそう若くはなさそうだけれど、年齢不詳といった様相だ。
失礼を承知で一言で表すとするならば、とても胡散臭い。
わたしと目が合うと、柔らかい笑顔を見せた。貫録のある大らかな笑みだった。
「今日のお客さんは、あなたですね」
「はい、ナナミです。よろしくお願いします」
「これはこれはご丁寧に。コオリです、よろしく」
「それより、もうすぐ終わるってどういうことよ? あたし、ここから連荘してでもまくるつもりなんだけど」
ヒカリさんが口をとがらせてホムラさんにつっかかるけれど、ホムラさんは全く微笑みを崩さない。
「コオリさんをお待たせするわけにもいかないので、すぐに終わらせますね」
「あら、期待してますね」
「ふーん、いい度胸じゃない」
ホムラさんが再び卓につき、勝負が再開する。
コオリさんはホムラさんの後ろに立ち、視線を卓に移す。どうやら場況を見ているようだった。
「まあまあ、随分と偏った場ですね。トップ目のナナミさんも下りてないみたいですし、誰がトップになってもおかしくないですね」
「へー、ホムラ、そんな高い手なの?」
「言葉の綾ですよ」
ヒカリさんの茶々にコオリさんは言葉を濁すけれど、本当ならホムラさんは現状24600点のラス、わたしとの点差は18100点だから、ハネマン、いや、バイマンくらいはあることになる。
「それでは、逆転のお言葉に応えて――」
ホムラさんが不敵に笑った。一瞬、ほんの一瞬だけ、煉獄の女王のにやりとした笑顔と重なった。
「リーチ!」
場に二本目のリーチ棒が供託された。
打牌は九索。この巡目まで抱えていたということは、やはりチャンタだろうか。
わたしは二人の現物である六筒をツモ切りする。
そして、間髪を容れずヒカリさんがツモ切った。
「ロン。イッパツ、チャンタのキタ1――ウラも二つでハネマン12000です」
「うっそー! 何よそれ! 勘弁してよねー!」
今日何度目かの黄色い絶叫が響いた。
和了形 ホムラ ドラ表示:五索、裏ドラ表示:緑發
一萬 一萬 一筒 二筒 三筒 七索 八索 九索 西風 西風 西風 紅中 紅中
抜き:北風
ロン:一萬
リーチ 一翻
イッパツ 一翻 1枚
チャンタ 二翻
キタ 一翻 1枚
ウラ 二翻 2枚
40符 七翻 跳満 12000 4枚
供託:2本
ナナミ 42700点 89枚
ホムラ 24600+14000=38600点 68枚
ヒカリ 35700-12000=23700点 143枚
最終集計 オカ15、ウマ5・10
ナナミ 72700点 (+33) 122枚
ホムラ 33600点 (- 6) 62枚
ヒカリ 13700点 (-27) 116枚
オーラスだったので、最終的な点棒の収支とチップのやり取りも行う。
「ってちょっと! あたしチップでもまくられてるじゃない!」
「ナナミさん、お強いんですね!」
「あ、ありがとうございます」
二回の半荘が終わって、わたしがチップでもトップになった。
一方のホムラさんは初期の100枚から38枚も減らしている。トップになるとチップがごっそり入るので、二回程度の半荘では誰かはこうなるけれど、それがホムラさんというのが少し信じがたかった。
わたしはゲーム代にあたる2枚のチップをホムラさんに渡す。雀荘のフリー(客と店員が打つこと)は一人チップ1枚で、トップ者が全員分払うのがここの決まりらしい。
「ヒカリ、あなたまたトップラス麻雀やってるのですか?」
肩をすくめてコオリさんが尋ねる。対するヒカリさんは相変わらずの不遜な態度だ。
「うるさいわねー、トータルで勝てばいいのよ!」
ホムラさんが立ち上がって、席をコオリさんに譲る。そして、全員に尋ねた。
「さて、この後は三人でセットを打たれますか? それとも、私を入れて四人でフリーを打たれますか?」
「フリーに決まってるでしょ? 今のうちにできるだけホムラからむしっておくんだから」
「どうしましょうか? 私はどちらでも構いませんけど」
ヒートアップしているヒカリさんを横目に見ながら、コオリさんがいたずらっぽく悩むふりをしている。
そして、わたしに視線を向けた。
わたしとしては、もう少しホムラさんの様子や打ち筋を見てみたい。いまだに確信を持てない彼女の正体を見極めたいのだ。
「わたしも、四人の方が打ち慣れていますので……」
「分かりました。では、準備しますので少しお待ちください」
そして、ホムラさんがマンズの二から八までを加え、全自動卓の設定をいじる。
「コオリ、気をつけてね。この卓、堅いわよ。ナナミちゃんもホムラも、リーチなんかしたら絶対振り込まないもの」
「あら、ベタ下り繰り返して勝てるほど甘い卓ではないと思うけど?」
「攻めているのに振り込まないから厄介なんじゃない」
「じゃあ私はヒカリから出上がることにしましょう」
「そういうのやめてよねー」
ヒカリさんとコオリさんが軽口を叩き合っているうちに、ホムラさんが準備を終えた。
「できました。それでは始めましょうか」
ホムラさんがにっこりと笑ってさりげなくサイコロを振り、親決めを始めた。




