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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第6半荘 しあわせのあおいとりをさがして
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第87話 それでもまわるにちじょう

 わたしが退院して寮の自分の部屋に帰る頃には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。

「ナナミ、もう大丈夫なのか?」

 部屋に帰ってきたわたしを、ルームメイトの先輩、セリアさんがいつもの調子で迎えてくれた。レポートを書いている手を止め、わたしの方に来てくれる。

「はい、気を失っただけみたいでしたから」

「って言っても、一晩病院にいたんだろ? 明日月曜だけど、学校行けるの?」

「お医者さんの話では、頭痛やめまいがなければ大丈夫だそうです」

「ん~、どれどれ?」

「ふぇっ!?」

 セリアさんがわたしの額に手を当てる。別に風邪ではないので熱があるわけではないけれど、きっとセリアさんなりに心配してくれているのだろう。

「熱はないみたいだな」

「まあ、風邪じゃないので」

「ほらほら、ナナミはいつも難しく考えすぎだから、知恵熱でも出てるんじゃないかと思って」

「知恵熱って、赤ちゃんが出す原因不明の熱じゃ――」

「そういうとこ。ナナミは頭固いし、変に賢すぎなんだよ」

「きゃあっ!?」

 セリアさんが額に当てていた手を離して、そのままデコピンをかましてきた。

「あはは! ナナミ、お前大げさだな!」

「セリアさん、そういうところ、何とかならないんですか?」

「難しいなぁ。努力するよ」

 セリアさんは笑顔を浮かべながらレポートに向き直る。

 わたしは、溜め息を一つこぼして自分のベッドに座った。

 ――難しく考えすぎ、か。

 確かに、自分でもそういう性格なのは少しくらい自覚している。

 けれど、これもセリアさんと一緒で、分かっていても変えるのは難しい。

 細かいところに気を向けたり、深く考えるという癖は、いろんなゲームの対局を通じて身につけてきたものだ。この思考プロセスはゲームの上では役に立つけれど、日常生活ではややマイナスに働いてしまうことが多い気がする。

 だからといって、簡単に手放せるものではない。簡単に修正できるものでもない。

 ――また、考えちゃった。

 わたしは自分の行動に苦笑いして、ぼふっとベッドに寝そべった。

 もう考えるのはやめようと思い、今日はただぐだぐだと過ごした。


 次の日、学校に行くとどこもかしこも落ちつかない空気に包まれていた。

「ねぇねぇ、聞いた? 今年の七夕祭、風紀委員と保健委員は全員運営バックアップで出し物なしなんだって」

「ええっ、嘘っ!? うちの部も出店制限に引っかかって、規模を縮小しろって言われたよ!」

「先輩から聞いたんだけどさ、去年の聖夜祭で大事故が遭って、そのせいで今年の文化祭は全体的に規模を小さくするんだって」

「まあ、やれるだけまし、ってことなんでしょうね」

「でもさ、やるからにはパーッとしないとね!」

「こういうのはね、準備が一番楽しいのよ!」

 放課後の教室でも、にぎやかさの種になっていたのは、七夕祭の話だった。いよいよ準備が本格的になってきて、みんなの浮ついて楽しそうな声がどこからでも聞こえてくる。

 星愛女学院では、文化祭の出し物はクラス単位ではなく部活や委員会単位で行われる。だから、活動停止になった『NANA☆HOSHI』に所属するわたしにとって七夕祭はすっかり縁遠いものになってしまった。

「ナナみん、今日遊びに行こうよ!」

 そんな空気の中でもサナちゃんは屈託のないキラキラした笑顔でわたしに話しかけてくる。

 わたしはその笑顔を見るのがつらかった。

『NANA☆HOSHI』で一番七夕祭を楽しみにしていたのは紛れもなくサナちゃんだ。七夕祭に参加できなくなって一番悲しいのはサナちゃんなはずである。

 それなのに、そんな素振りを微塵も見せない。いつも心の内を素直に表現するサナちゃんが、わたしを気遣っていつも通りの振る舞いをしてくれている。

 そんなサナちゃんに何もしてあげられない自分が、すごく嫌だった。

「――ごめん。今日、ちょっと体調良くないから」

「あっ、そうか。ナナみん病み上がりだもんね。じゃあまた今度、遊びに行こうね!」

 いつもは何だかんだと粘られてサナちゃんのペースになってしまうけれど、今日のサナちゃんはあっさり身を引いた。単純にわたしを心配してくれたというのもあるかもしれないし、一人になりたいわたしの気持ちを察してくれたのかもしれない。

 サナちゃんが足早に教室を出た後、わたしも鞄を持って立ち上がった。

 教室を出て廊下を歩いている時も、あちこちから聞こえてくる話は七夕祭のことばかりだった。

 居心地が悪いけれど、誰も責めることはできない。七夕祭は星愛女学院の二大文化祭の一つで、わたしたちの青春の花なのだから、みんな浮かれて当然だ。

 責めることができる人がいるとすれば、それはわたし自身だ。

 わたしが『七夕決戦』で負けさえしなければ、こんなみじめな気持ちにもならなかったし、サナちゃんたちにもこんな不遇な立場を押しつけることもなかった。

『七夕決戦』の第三対局、わたしが勝ち急いだためにつかまされた敗北の一打が、頭から離れない。

 役満スーカンツの責任払いを確定させるためのダイミンカン、それが行き止まりへの道だった。リンシャンパイも、残したハダカタンキの1枚も、シオリさんの上がり牌だった。

 ――あそこでダイミンカンさえしなければ……。

 この短い期間で何度思っただろうか。どうしようもないことと理解しつつも、何度も考えてしまう。

 力ない足取りで下駄箱まで向かい、靴を履き替える。

 その時、わたしの前をしゃべりながら横切った先輩たちに目が留まった。

「じゃあしばらくセカンドを任せようかしら?」

「セカンドって重要なポジションじゃない。あたしでいいの?」

「セカンドの子がちょっとケガしちゃってね。ほら、去年はショートやってたからできるんじゃない?」

「やってみないと何とも言えないけど。それにしても、七夕祭近いのに練習熱心ね」

「ほら、うちは地方大会近いから、あんまり浮かれてられないのよ」

 片方は長いポニーテールにユニフォーム姿の先輩、野球部のキャプテン、マイカさんだ。野球部には、自称運動部の『NANA☆HOSHI』のウォーミングアップのランニングでよくお世話になっている。

 けれど、隣の青いジャージ姿で金属バットを持っている先輩はもっと見知った人だった。

「あの、ナギホさん!」

 わたしは思わず呼び止めてしまった。

 きょとんとした表情で振り向いたナギホさんは、わたしを見つけるとヒマワリのような笑顔を見せた。

「あらナナミちゃん、元気になったのね! よかった!」

 わたしは、ナギホさんの部活中と微塵も変わらない態度に、あっけに取られると同時に言い知れない違和感を覚えた。

 ――そういえば、ジャージ姿のナギホさん、初めて見る。

『NANA☆HOSHI』が野球部と一緒にランニングをする時は、いつも『NANA☆HOSHI』伝統の勝負服――とナギホさんが言い張っていたブルマ姿だ。運動する時はいつもそれに着替えていた。

 けれど、そんなナギホさんがジャージを着ている、ということは、やはり『NANA☆HOSHI』としての活動ではないからだろう。

「ナギホさん、その……この前はふがいない対局をして申し訳ありませんでした」

 わたしはナギホさんに向かって深々と頭を下げる。

 対局直後に意識を失ったっきり、直接ナギホさんと話す機会がなかった。だから、今きちんと謝ろうと思った。

「ナナミちゃん、頭を上げて」ナギホさんが優しく語りかける。「そんなに責任を感じないでね。あの卓にはあたしもいたのよ? むしろ、あの対局内容ならふがいないのはあたしの方よ」

「そうそう、昨日の女子会では、あたしだけヤキトリだった、って結構泣いてたのよ?」

「マイカ、それは言わない約束でしょ!? だいたい昨日の焼き肉、みんな鶏しか食べないってどんなブラックジョークよ!」

 わたしは生徒会との対局を丁寧に思い返す。ヤキトリとは麻雀用語で、対局中一度も上がれないことを意味する。

 言われてみると、ナギホさんは三戦とも上がっていなかったような気もする。わたしにとってはあいまいな記憶だけれど、こういうことは本人はよく覚えているものだから、ナギホさんがそう言うならそうなのだろう。

 とにかく、とナギホさんは仕切り直して言葉を続ける。

「ナナミちゃんはあんまり自分を責めないでね。『NANA☆HOSHI』としては活動できないけど、七夕祭はどこかの同好会に混ぜてもらえば参加できるから。『NANA☆HOSHI』の活動については、追って連絡するわ」

「――はい、分かりました」

 わたしの言葉を確認すると、ナギホさんとマイカさんは軽く挨拶して行ってしまった。話の様子から、ナギホさんは野球部の助っ人として試合に参加するらしい。

 そのまま寮に帰ろうと思ったけれど、わたしは校門とは逆の方向へ歩を進めた。

 ――『NANA☆HOSHI』の部室は、どうなったのだろうか。

 心のどこかで、ずっと気になっていた。

 みんなの話では、『NANA☆HOSHI』はあくまで活動停止だから、部室が取り上げられる、ということはないだろう。

 けれど、ナギホさんのあの様子からは部室がどうなってしまったかは全く分からないので、どうしても心配になってしまう。

 だから、わたしの足は自然と部室棟に向かっていた。

 雨は降っていなかったけれど、まだまだ梅雨の分厚い雲が空一面を覆いつくしていた。


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