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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第5半荘 はなさく、どらどらどら
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第82話 まぼろしのぎゃくてんて

 リーチを吹っかけたわたしの手はこうである。


東四局 九巡目 北家 ナナミ  8000点 ドラ表示:四索

一萬 一萬 二萬 四萬 四萬 七萬 八萬 二筒 五筒 二索 南風 南風 白板

打牌:緑發リーチ


 無論、バレれば必死のノーテンリーチである。別にわたしの手の中に罠があるわけではない。

 4位のわたしがハコテンすれすれでリーチだ。まさかノーテンなんて誰も思うまい。

 しかも、この局は前局、前々局と違ってシオリさんを始めみんなの手が重たい。誰かがヤミで張ってるにしろ、動きがなさすぎる。その長期戦にもつれ込む勢いは使わないわけにはいかない。

 そこで仕掛けてくれば、否が応でも河に目が行く。


ホー ナナミ

八筒 北風 紅中 九索 八索 竹花

二筒 五索 緑發リーチ


 萬子がゼロに、役牌切りリーチ、露骨な萬子の染め手の気配だ。リーチをかけるのだから、出上がりなんて期待してない、萬子のタメンチャンであることは誰だって予想がつく。萬子や字牌、特に東や白なんかはションパイだから切れるわけがない。

 そこで思考が止まる相手だとは思っていない。必ず、花牌に目が留まる。

 大物手が喉から出るほど欲しいわたしなのだから、むざむざ抜きドラを捨てるには意味があるはず。

 次に目に留まるのが、花牌前切り前の八、九索切りである。典型的なペンチャン払いに見えるが、ドラマタギの四、七索なんて切れない。花牌捨てた後にドラ切りなんて露骨なトラップだ。ますます四、七索なんて切れない。

 じゃあその次の二筒切りは何だ? 二、八筒なんて典型的な二、四、六、八筒持ちからの両スジ引っ掛けである。中のサンショク(四、五、六のサンショク)が生きているんだから、五筒なんて切れるわけがない。

 だって、出上がりで点数むしり取るなら、染め手に見せかけたサンショクなんて絶好の手ではないか。

 そこまで考えれば、わたしの思うつぼだ。そこまで考えてしまったら危険牌だらけなのだから、回すか下りるしかない。

「あちゃー、毎度のことやけど、ほんま参ったわ」

 ツモったカズハさんは苦虫のかみつぶしたような顔をして、逡巡している。今まで防戦一方だったカズハさんだ。守備の心得があればあるほど、余計に身動きが取れなくなってしまう。

 カズハさんは右手を手牌の前で2往復くらいさせた後、ゲンブツの八索を切り出した。迷ってそれなのだから、テンパイだったのだろう。

 シオリさんはいつもと変わらない所作で山から1枚ツモり、手牌の上に置いた。

 ――今まで淀みなく動いていたシオリさんが、止まった。

 彼女は、きっとその先まで読んでいる。得意の洞察力と想定力でわたしのリーチを推し量っているに違いない。

 シオリさんの持ち点は57000点。わたしが8000点なのだからその点差は49000点。全く怯える点差ではない。リーチ、イッパツ、サンショクなんかくれてやっても何の差支えもない。サンバイマンなんかくれてやっても逆転されないのだから。

 決定的に違うのは役満だ。

 わたしたち『NANA☆HOSHI』は星2つ。役満振り込ませれば星を獲得して勝利なのだ。終局を待たずして勝ちを手に入れられるのだ。

 だから、勝負どころだと感づいて踏みとどまっている。前荘、思惑を阻んで止めたと思ったら大きな痛手を負ったのだ。同じ轍を踏むわけにはいかない。

 ならば、『無敵の女神』の役満は何だ?

 スーアンコーは確実に候補に挙がる。じゃあタンキ待ちかと問えば、確率は下がるがチンロウトウのシャボ待ちだって生きている。

 萬子のチューレンポートーは警戒したい。確率うんぬんではなく、逸れてもチンイツに振り込めば調子づかれて厄介なのだから。

 迷彩を張ってのコクシムソウ、これが一番臭い。ヤオチュウハイの出は早いが、ションパイになっている字牌が2つもあるのだ。上がりやすい役満の1つでもあるのだから、警戒しないわけにはいかない。

 ダイサンゲンやリューイーソー、スーシーホーの類はほぼ皆無だけれど、ツーイーソーは候補だ。3枚見えの字牌は1種類もないのだから、チートイを絡めたダイチーシンなんて役があり得る。

 一般的な局面だったら考慮しなくてもいい可能性かもしれない。

 けれど、これは一般的な局面ではない。常に逆転を虎視眈々と狙う『無敵の女神』が仕掛けてきているのだ。

 シオリさんのきれいな瞳を見つめていると、そんな思考がこちらに伝わってくるようだった。

 だったら、逆もしかり。わたしは自分の弱点を悟られないために、鋭く睨み続ける。

 わたしのこの手の弱点は2つ。1つ目は、ノーテンリーチを糾弾されることだ。

 ――そう、シオリさんなら考える。わたしがノーテンリーチを仕掛けているのではないかと。

 その確信があれば、チェックをかけてわたしの手牌をこじ開ければいい。けれど、それだって簡単な判断ではない。

 手牌を開けさせて問題がなければ、推定ホーラが成立する。

 上がれるチャンスがあったものをあらぬ疑いで台無しにするのだ。その責任は取らなければならない。その規則が推定ホーラである。

 チェックでリーチ者の手牌を開けさせて、問題がなければ、チェックをかけた人は責任を取って、その手に振り込んだものとするのである。もちろん、高め取りなので思わぬ痛い目を見ることだってある。

 万が一にもわたしが役満をテンパっていたら、チェックと同時に役満放銃扱いとなり、すべてに決着がつく。

 だからこそ、うかつなチェックはできない。ノーテンリーチだと確信しないと選べない。

 結果として、シオリさんは沈黙を選択するだろう。

 もう1つの弱点は、ホワンパイピンチュー、すなわち、牌山がなくなっての流局だ。

 牌山がなくなって、ホーテイパイが通った場合、リーチ宣言者は手牌を公開しなければならない。そうなったら、わたしの反撃手は夢幻に消えて、後に残るのはノーテンリーチに対する罰符だけだ。マンガン払いなのでわたしの持ち点は0になってしまう。

 ただし、ぴったり0なのだ。ハコテンは、あくまでマイナスにならなければならないので、首の皮一枚つながるのだ。致命傷にはならない。だからこそ逆にノーテンリーチを仕掛けられたということもできる。

 砂上の楼閣なのは分かっている。けれど、そんなわたしの作戦にも唯一の活路がある。

 ――ナギホさんの役割だ。

 この局で一番有利なのは、ナギホさんである。

 カズハさんとシオリさんは防戦するしかないので、どうしても手が遅くなってしまう。

 一方でナギホさんは、普通にテンパイに向かえばいい。わたしの手が大物手であればあればあるほど、ナギホさんを飛ばしかねないのでロンされないことはすぐに合点がいく。持ち点が少ないのだから、自分の首も絞めかねない差し込みなんて決してしない。

 無理に攻めて途中で相手のアンパイを増やしてしまっても構わない。速度的にはすでに一歩も二歩もリードしているのだから、追いつかれやしない。

 そして、ツモ上がりだってできる。わたしに被害が及んでも、役満ツモでもわたしは8000点払いなのでハコテンにはならない。

 最大のメリットは、わたしがノーテンかどうかは全く関係なく、ナギホさんがこの作戦の趣旨を理解してくれるところだ。

 ナギホさんはもうすでに、わたしに殺されることもなければ、わたしにアシストする必要もないことを分かっている。

 ――ナナミちゃんが役満上がれば文句なし。それでなくても、あたしが大物手を上がればシオリに肉薄できる。

 その一転さえ理解しているだけでいいのだから。

 シオリさんがいつもより長い自分の番を終えるために、手牌から1枚河へ差し出す。

 出たのは、花牌だった。

 花牌は絶対アンパイだ。だから、何も悩む必要など微塵もない。

 つまり、悩んだその時間には何かが隠されている。

 ナギホさんがツモって、わたしの方をちらっと見る。そして、一瞬目配せした。

 わたしの意図はきちんと汲み取ってもらえているようだ。

 そこからは、ただ黙々と時が流れていった。

 カズハさんもシオリさんも、花牌をツモっても抜く素振りは一切見せず、ただただ河に散らせる。その中で、ナギホさんが着々と手を進めていった。

 けれど、この局は思わぬ顛末を迎えた。

「おっ、ツモや! ツモ、チートイの1600オール、頼むで!」

 カズハさんが明るい声を上げて手牌を倒した。ただ、その表情は神経を擦り減らして疲れ切った顔をしていた。


ホーラ形 カズハ ドラ表示:四索

三萬 三萬 九萬 四筒 四筒 五筒 五筒 一索 一索 東風 東風 白板 白板

ツモ:九萬

メンゼンツモ 一翻

チートイ   二翻   25符 三翻 1600オール

供託:1本


シオリ 57000-1600=55400点

カズハ 17000+5800=22800点

ナギホ 17000-1600=15400点

ナナミ  8000-1600= 6400点


 謀略を組んでも、最善手を打ち続けていても、負けてしまう時は負けてしまう。麻雀ではそんなこと日常茶飯事だ。

 だから、対して気にしない。

 それに、被害は比較的小さい。まだチャンスはあるのだから、気負う必要など微塵もない。

 点棒のやり取りをしている時に、ナギホさんが哀しい笑顔を浮かべていた。「ごめんね」という言葉は声に出さなくても伝わってきた。

 わたしは目配せで「大丈夫です」と伝えることが精一杯だった。

 さりげなく、手牌を崩して卓の中央に寄せようとした時だった。

「チェック」

 清らかで優しい声が断罪を求めた。


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