第75話 ふおんなおやばん
東場の親番が回ってきた。
前局、シオリさんは理に反した行為を繰り返した。それにもかかわらず、彼女は上がった。
あんな無謀で不条理な上がり方、ただの偶然に決まっている。
けれど、万が一にもあれが狙ったプレーなら、人智を超えた強運の追い風が必要なはず。そう何度もできるプレーではない。
どちらにしても、あの1局でいろいろと推し量るのは危険だ。
とにかく、ここはしっかりと警戒して行こう。
東二局 一巡目 東家 ナナミ 22000点 ドラ表示:二萬
三萬 四萬 五萬 二筒 三筒 五筒 六筒 一索 二索 二索 九索 緑發 紅中 梅花
配牌はドラ2のサンシャンテン、親番としては悪くない手だ。
戦術としては前局同様、速攻を仕掛ければいいだろう。ボウテン――まっすぐテンパイに向かっても構わない。
「ファーです!」
花牌を抜き、リンシャンパイから五索を引いてきた。よどみなく九索を切り出す。
――そう、普通はこういう打ち方をするはずだ。今は浮いていても有効牌の増える五索は手に置いておく。前局のシオリさんみたいなおいしいリンシャンパイをそのまま突き放すようなことはしない。
その気になるシオリさんの第1打は北だった。その平凡さにほっとするところがある。
立ち上がりは至って平穏だった。一、九、字牌が比較的多めに処理されていく。
――今度は逆にそれが不安材料になってきた。
前局のシオリさんは神の導きでもあるような奇怪な手を連続で打ってきたが、この局では何もしかけてこない。
わたしは山から1枚牌を取ってきた。
東二局 七巡目 東家 ナナミ 22000点 ドラ表示:二萬
三萬 四萬 五萬 二筒 三筒 四筒 五筒 六筒 一索 二索 二索 五索 五索
抜き:梅花
ツモ:七筒
待ちが悪い方が残った、か。
二索切りなら三索ペンチャンで役がないから、リーチが必須になってくる。一索切りならタンヤオだからダマでも押し通せる半面、スジシャボだからシャボ待ちのメリットはあまりない。
速攻を保留すれば、二索切りからの四索ツモでカンチャン待ちのタンヤオにして、五索ツモってタンピンが狙えるが、少し遅い。一索切りなら四、六索ツモでタンピンになるが三索をツモればフリテンのリスクがある。三索をツモった時は五索切りの四索待ちにして、四、七索への道がある、か。
わたしはちらっとシオリさんの捨て牌を見た。
ホー シオリ
北風 南風 緑發 白板 八萬 一筒
序盤だから何とも言えないけれど、索子の出が悪い。字牌の出が早いのでホンイツの線は薄いが、東はまだ生きているので手放しに可能性は摘み取れない。
みんなで索子を抱え込まれると面倒だけれど、今さら抗っても仕方ないだろう。
わたしはリーチなしの一索切りを選択した。親の三翻で十分だし、ピンフにまで手が伸びれば儲けものだ。
「ファー!」
わたしの一索を見送ったカズハさんがツモった花牌をそのまま抜き、リンシャンパイをツモって手牌から七筒を切り出した。
カズハさんのニコニコしている顔は素なのかポーカーフェイスなのかはまだ分からない。けれど、攻めっ気は感じられるので、手は進んでいるのだろう。
そして、シオリさんは淡々とツモって来た牌をそのまま河へ送る。
その牌は、秋花。
――花牌を、ノータイムで切り捨て?
絶対アンパイを今このタイミングで切る必要があるのだろうか。わたしのテンパイを察知したにしても、あまり納得できる打ち方ではない。
どうしても、シオリさんの打ち方には気持ち悪さがまとわりついてくる。
「ファーです!」
次巡、ツモった花牌を抜き、リンシャンパイを手に加えた。
東二局 八巡目 東家 ナナミ 22000点 ドラ表示:二萬
三萬 四萬 五萬 二筒 三筒 四筒 五筒 六筒 七筒 二索 二索 五索 五索
抜き:梅花、春花
ツモ:三索
なるほど、ね。
前巡、二索切りならツモ、リンシャンカイホウが乗って親マンだった。三索ツモった時の対処法は考慮済みなので何の問題もないが、少し居心地の悪さを感じる。
本来、シオリさんが花牌を抜いていればこのツモはシオリさんのものだった。だから、まるでシオリさんにこの牌を押し付けられたように感じた。
普通ならあり得ない発想であるが、そんなことをやってのけてしまいそうな雰囲気がシオリさんにはあった。
――まさか、この五索が、当たり?
そこまで読んでの行動なら、常人のそれをはるかに凌駕している。
確かめたい。五索を切ってシオリさんがそこまで化け物じみた読みをしてくるのか、確かめたい。
本来、この三つ星戦では先に星を3つ獲得したチームの勝利である。言い換えれば、星2つまでは渡してしまっても構わないのである。
ここでシオリさんに上がらせてしまえば、確実にシオリさんのペースになる。そうなるとこの局で星を獲得するのは難しいだろう。
けれど、ひとまずこの対局では相手にペースを握らせて、わたしとナギホさんはハコテンを回避する打ち方をし続ければ、星1つは譲ったとしても、次の対局では有利に立ち回ることができる。シオリさんの打ち筋という情報が得られるのだから。
だから、五索を切りたくて仕方がない。
だからこそ、その手に乗るわけにはいかない。
わたしはツモった三索をそのまま卓に叩き付ける。
時に、知りたいという欲求ほど邪魔になる者はない。不安や恐怖からくる知りたいという欲求は、それ自体が目的になってしまって、知って安心して終わり、というケースがよくあるのだ。知ったうえで次の作戦を立てようと計画しても、知った後は少なからず楽観的になりがちなので、甘い作戦になることも多い。
その上、情報を与えるかどうかは相手に委ねることになる。相手がこちらの知りたい欲求を満たすかどうか、どの情報を与えて満足させるかどうかを選べることになる。そうなると、こちらの行動も相手に制御されかねない。
だから、今はただ貪欲に上がりを目指す。自発的な選択で、相手の思惑を振り切って、とことん勝利にこだわる。
序盤の親番は、まだまだ守りに転じるタイミングではない。
わたしの捨て牌に、ナギホさんとカズハさんは主だった反応を見せない。それも当然だ。2人にとっては、ただリンシャンパイが有効でなかったからツモ切りしているだけにしか見えないのだから。
だからこそ、見えた。
シオリさんの口の端が少しだけつり上がったのが、見えた。
「ふーん、そうくるのね」と言いたげな薄気味悪い笑み。
やはりシオリさんは、すべてを見通した上で、わたしに三索を押し付けたのだ。
この際、どうやってシオリさんはすべての牌の流れを見極めているのかは追及しない。それこそ、知ったところでどうにもならない問題だ。知って対策できるならまだしも、どうしようもないことであれば果てしなく無意味なのだから。
だからこそ、考える。彼女の思惑通りに事が運ばなくなるための手段を。
「リーチよ!」
ナギホさんが再びコールして1000点棒を放り投げる。攻める気持ちは、わたしと同じようだ。
わたしは北をツモ切りして、次の2人の行動をうかがう。
「はは、参ったわ。さすが『NANA☆HOSHI』、とても勝てる気せぇへんわ」
相変わらずの態度でカズハさんはニコニコと笑って捨て牌を選ぶ。切り出されたのは4枚目の白。この時まで抱えていたということは、防御に抜かりないということだ。
やはり、カズハさんはただ者ではない。
けれど、事態は思わぬ様相を呈する。
ナギホさんの眼鏡の奥の瞳が一瞬輝いた。
「――八萬と三筒がどうかしたのかしら?」




