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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第5半荘 はなさく、どらどらどら
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第73話 みらいはここにある

 シオリさんが部室を訪ねてきて最初の土曜日。その日が生徒会との麻雀戦の日だった。

 毎年聖夜祭の時に行われる麻雀部と生徒会との部の存続をかけた勝負は『聖夜決戦』と呼ばれているらしい。

 今回の非公式な勝負は、時期的にも近いことから、それを文字って『七夕決戦』なんて呼ばれ始めた。

『NANA☆HOSHI』の不祥事や生徒会の提示条件は公には秘密にされたが、『七夕決戦』は学校中の噂になった。対局自体も非公開であるのだけれど、一部の生徒の間では何とか一目見たいと画策する人も出始めたらしい。

 一方の私たちは、実戦形式の対局を繰り返し、三つ星戦や花麻雀の感覚を体に叩き込んでいた。

  その練習の中で、ナギホさんは「今回は通しはなしでいきましょう!」と言った。

 通しとは、コンビ打ちなどのチーム戦で、自分の手牌や上がり牌などの情報をサインを送り合うことだ。イカサマの部類に入るような技術ではあるが、場況の情報量が増えるので、臨機応変な対応が非常にしやすくなる。

 けれど、ナギホさんによれば、下手な通しは相手にも利用されやすいので慣れないうちはやめておいた方がいいらしい。

「そもそも、ナナミちゃんほどの洞察力があれば、あたしの打ち方のクセも分かるだろうし、通しなんかしなくても分かるんじゃない?」と言われた時は、買いかぶりすぎだと思った。そんなことできたらそれこそイカサマだ。

 そして、『NANA☆HOSHI』側の立会人にはサナちゃんが選ばれた。揉め事が起きた時に互いのチームの立会人が協議し、審判を下す、いわばレフェリーである。

 他の人は試合会場への入室も禁止なので、ヨミちゃんとヒメちゃんには結果を待ってもらうという居心地の悪い役を担ってもらうことになったが、二人とも快諾してくれた。二人ともわたしたちの勝利を信じているのだと思うと、自然と勇気が湧いてきた。

 決戦当日、わたしとサナちゃん、ナギホさんはヨミちゃんヒメちゃんに見送られて部室を後にし、星愛女学院で最も荘厳で重厚な建物である時計塔に訪れていた。

「いよいよだね、ナナみん」

 サナちゃんが柄にもなく緊張した声音でそう言った。一度サナちゃんと時計塔に入ったことはあったが、その時の緊張感とは質がまるで違う。

 時計塔のエントランスには生徒会メンバーの象徴であるパープルのスカーフをした黄色いセーラー服の生徒が凛としたたたずまいで待っていた。わたしたちに気がつくと、一礼して出迎えに来てくれた。

「ナギホさん、お待ちしていました。今回は私が生徒会側の立会人をさせていただきます」

「あら、てっきりあなたが卓につくと思っていたんだけど、違うのね」

「ええ、私もそうしたかったのですが、会長が頑として聞かないもので」

 ため口で話すナギホさんに敬語を使う生徒会の生徒、すごい構図だなぁと思っていると、わたしとサナちゃんに向き直って自己紹介してくれた。

「生徒会副会長のミハギだ。今回は会長のわがままにご足労願って感謝する」

 凛々しい態度、毅然とした口調、少し古風で独特な雰囲気、生徒会長のシオリさんとはまた違った品格があった。

 生徒会副会長といえば、生徒会唯一の2年生だ。先輩であるナギホさんに敬語を使うのも納得できる。

 それよりも、今回の件は生徒会メンバーであれば、『NANA☆HOSHI』の存続がかけられていることぐらい知っているはずである。それなのに、ここで「会長のわがまま」という建前上の要件を口にするとは、箝口令が徹底している。

「な、『NANA☆HOSHI』のナナミです」

「同じく、サナエです! よろしくお願いします!」

「よろしく。会長がお待ちなので、早速行きましょう」

 ミハギさんに先導されて、わたしたちはエレベーターに乗った。そして、ミハギさんはエレベーター内のパネルに生徒手帳をかざして6階のボタンを押した。時計塔の6階以上は生徒会しか入れないらしい。その聖域に、わたしは初めて足を踏み入れることになる。

 扉が閉じ、上階に動き出した頃合いを見計らって、ミハギさんは誰に言うでもなく小さく零した。

「今回の件ばかりは、会長の意図が読めません。風紀の徹底と言えど、七夕祭と大会を控えたこの期にすべきことではないでしょう。会長自身も夏の大会は楽しみにされていたのに」

「あなたが気に病むことではないわ。これはあたしたちの問題だから」

 それに答えるようにナギホさんが静かにつぶやいた。二人の間には、わたしとサナちゃんには知らない空気があった。

 ミハギさんはナギホさんを一瞥すると、エレベーターの扉に向き直った。

「このような発言をする立場ではありませんが、ご武運を祈っております」

「ありがとう。今後ともシオリをよろしくね」

 会話はそれきりだった。

 エレベーターが6階に到着し、扉が開く。前を歩くミハギさんに続いて後を追う。

 今回、生徒会と対局する部屋は特別会議室というところだ。普段は生徒会が非公開の会議や会合をする場所らしい。防音性能や電波遮蔽能に優れていて、毎年の『聖夜決戦』の会場にもなっているとのことだ。名実ともに、『七夕決戦』は『聖夜決戦』の代替試合となりつつある。

 ミハギさんが特別会議室の扉の横にあるパネルに生徒手帳をかざして開錠すると、扉を開けて促してくれた。

「どうぞお入りください」

 部屋に入ると、空気の質が変わったような気がした。それは必ずしも、暖色系の柔らかな照明や適温に調整された室温のせいではない。まるでこの世から隔絶された空間に入ったような錯覚だ。

 本来はそこにあるであろう机や椅子は片付けられていて、ただただ部屋の中央に雀卓と椅子が準備されていた。

「おお、来たか! 待っとったで!」

 わたしたちが部屋に入り、ミハギさんが扉を閉めると、場違いにもほどがある底抜けに明るい関西弁が飛んできた。

 その声の持ち主もこの場の雰囲気に全く釣り合わない容姿をしていた。星愛女学院の権威の象徴でもある黄色いセーラー服とパープルのスカーフはいいとして、燃えるような赤い髪の頭の上には年季の入ったテンガロンハットをかぶり、腰のベルトにはホルスターとムチが備え付けられている。まるで西部劇に出てきそうな人が身に着ける小物に、セーラー服、そして赤毛に関西弁。雰囲気を差っ引いてもミスマッチにもほどがある。

 ふとサナちゃんの方に視線をやると、目がキラキラしていた。この顔は絶対、「あたしもあれ欲しい!」って顔だ。もうあきれるしかない。

「今日の相手はあなただったのね、カズハ」

 ナギホさんが苦笑いしながら目の前のカウガールに声をかける。つくづく思うけれど、ナギホさんは顔が広い。

「いやー、今日は、ナギホはんイチ押しの1年生が相手なんやろ? どんな子か会ってみたかってん」

「以前、購買委員にお使いに行かせたんだけど、その時見なかったの?」

「ああ、ブルマの発注書やろ? あん時、うち忙しかってん。ほんま、ついてへんかったな。んで、そこの巨乳の子とツインテールの子、本命はどっちなん?」

 カズハさんは目踏みするような視線をわたしたちに向けた。何とも失礼な言い方と視線だが、黙っていてもいいことはなさそうな気がする。

「あの、わたし、ですけど……」

「ほー、あんたか! 背ぇはちとちっこいけど、スタイルええし、乳デカいし、顔かわええし、85点やな!」

 けたけたと笑うカズハさんに、さすがのわたしも少しイラっとしてきた。初対面なのにそこまで言われる筋合いは微塵もない。

 けれど、サナちゃんがわたしにぎゅっと抱き着いてきて付け加えてきた。

「ナナみんはね、あたしのイチ押しでもあるの!」

「ちょっ、サナちゃん!」

「おー、さよか! えらい期待されとんのやな!」

「それより、会長は?」

 わたしに助け舟を出すように、ミハギさんは会話を断ち切ってくれた。カズハさんは「あー、そうそう」と言いたげな表情を浮かべた。

「なんか仕事が残っとるとかで、ちと遅れる言う取ったで」

「では場決めだけでもしておきましょうか?」

「せやな。そんくらいはできるしな」

 カズハさんの言葉で、ミハギさんは雀卓の上の牌から風牌4種を探し始めた。それにサナちゃんも助けに加わる。

 今回のようなチーム戦では、席順がかなり重要になってくる。

 本来はチームメンバーが隣同士に座ると結託がしやすくなってしまうためトイメンに座る配置は避けられるのだが、互いのチームから選出された立会人がいる場合はまた話が断る。立会人が相手チームの手牌が見えると、立会人との通しで敵に手牌情報が流れてしまうので、通しの上手下手がそのまま勝敗に直結しかねない。そのため、立会人は自分チームの手牌しか見えず、チームメンバーの視界に入らない立ち位置、すなわち、隣り合ったメンバーの斜め後ろに立つ必要がある。そのため、チームメンバーと隣り合わせになる必要があるのだ。

 場決めの結果、わたしの上家にナギホさん、下家にカズハさんが座り、トイメンがこの後尋ねてくる主を待つ空席となった。

 そして、席順でもう1つ重要な点がある。チームメンバーのどちらが上家になるか、ということで役割が決まるのだ。

 例えば、今回の場合、ナギホさんが上家だ。すなわち、わたしはナギホさんの捨て牌をチーすることになるし、ナギホさんがわたしの上がり牌を振れば、わたしのロンを誰も阻止することができない。だから、ナギホさんがわたしのアシスト役となり、わたしがポイントゲッターを担うことになる。

 場の流れに合わせてゆるく立ち回れるナギホさんがアシスト役で、『NANA☆HOSHI』の中でも勝率、得点数のずば抜けて高いわたしがポイントゲッターという役回りは、わたしたちにとっては追い風だ。

 けれど、油断はできない。

 生徒会側はカズハさんがアシスト役、そして、ナギホさんが警戒心をあらわにするシオリさんがポイントゲッターになる。きっとこの配置はあちらにとっても好都合なのだろう。

 宅に座ると、カズハさんは驚くほど静かになった。かすかに鼻歌が聞こえるけれど、何かわたしたちに語り掛ける様子は微塵も見せない。

 雰囲気ががらりと変わって緊張感が高まってくる。時計の秒針がただただ時間が流れる音を伝えていた。

 しばらくして、電子音と開錠する音がした。その2つの音は中にいる人に来客を知らせるためにわざと室内にも聞こえるように作ってあるらしかった。

「お待たせしてごめんなさい」

 場の空気を浄化するような気品に満ちた声が耳朶を打つ。その持ち主はおのずと知れた。

「場決めは済んだかしら?」

「はい、空いている席にお掛けください」

 シオリさんの問いかけに答えたのは、定位置に立っていたミハギさんだった。

 シオリさんは宅に最後まで残っていた風牌をめくる。表は東。それを確認すると宅の中央のスイッチを押して穴を開けた。卓上のすべての牌が穴に入ったことを確認してから、シーパイを始め、親決めのサイコロを振ってからようやく席についた。

 わたしと目が合うと、少しだけ敵意のない微笑みを浮かべた。

「シオリです。ルールや事前の取り決めは事前に通達した通りです。本日はよろしくお願いいたします」

 ごく簡単な挨拶を済ませると、シオリさんは軽く会釈した。

 それに応えるようにナギホさんは眼鏡の蔓を押した。

「ナギホです。このような機会をいただき、感謝します。こちらこそよろしくお願いします」

 本音とも建て前ともとれるセリフを敵意を込めてナギホさんが軽く一礼した。

「生徒会会計のカズハですー。今日はどうぞよろしゅう」

 相変わらずの態度でカズハさんは陽気に頭を下げた。

 ついに、わたしたちの存続と未来を賭けた三つ星戦が始まる。

 ここから先は一瞬たりとも気は抜けない。たった一局ですべてが決まってしまうことだってあり得るのだから。

 それでも、わたしは負けない! みんなとみんなの未来のために、わたしは戦う!

 いつも通り、大きく深呼吸を1つした。

「『NANA☆HOSHI』のナナミです! よろしくお願いします!」


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