第7話 れんちゃんとちゃんた、くいさがり
さて、前の局では上がることこそできなかったけれど、何とか連チャンすることができ、少しばかりの得点を得た。
とはいえ、圧倒的不利な状況が大きく変わったというわけではない。
今の気が抜けない状況を何とか女王ホムラにプレッシャーをかけられる程度の点差にまでは詰め寄りたい。
東四局 一本場 一巡目 東家 ナナミ 7100点 ドラ表示:二萬
一萬 二萬 三萬 五萬 八萬 一筒 二筒 八筒 二索 九索 南風 紅中 紅中
ツモ:三索
今回の最初の手では少し上がりから遠い気もするけれど、中が2枚とドラが1枚。上がりの目的地は見えた。
普通に考えたら、南や九索を切るのが一番効率がいいのだろう。
けれど、わたしには少し違う可能性が見えていた。
それは、一、九、字牌の特殊性だ。
字牌が特殊なのは今までの戦いからも容易に察しがつく。けれど今まで見てきた字牌を使った上がりは、女王ホムラの親番、東3枚と中3枚だけだ。白や發はおそらく中と同種類の牌、東西南北の牌は親番の東が強力、なことくらいしか分からない。
それでも、それ以外に字牌の使い道はないだろうか。
そして、一、九の牌。これは数牌の中でも端っこで待ちが悪くなり使いづらい。そして、それを除くことで成立するタンヤオという役が存在する。
だからこそ、わたしは直感する。
ーー逆があり得るのではないかと。
すべての組みに一、九、字牌のいずれも絡めた手を作ることで役ができるのではないかと推察する。
今のわたしの手なら中をポンすれば役になるし、一、二、三の3枚一組を各数牌でそろえるサンショクという役も作れそうな手なのだから、もしそれで役がつかなくても上がれるはずだ。試す価値はある。
そしたら、わたしの手牌の中で一番浮いている牌、調和を乱している牌は、五萬だ。
一巡目からど真ん中の五を捨てるのは、さすがに抵抗ある。
――けれど、わたしは攻める! 上がらなければ、わたしは負けてしまうのだから。
わたしは五萬を指で軽く弾いて倒し、前に差し出した。捨て牌を置く所定の位置に。
声や表情には出ないけれど、かすかに空気が張り詰めるのが分かった。
キヨミは持ってきた牌を手牌の上に置いて、少し考えた後、手牌の中から發を切り出す。考えた時間はほんの一瞬。けれどほんの一瞬だけ今までより長かった。
――やっぱり、警戒している。今までは考えもせずに切り出していた字牌を出すのに少しためらった。
けれど、女王ホムラは相変わらずテンポを乱さずに手牌から白を捨てる。この人が動じないのは予想の範疇だ。
ヒメリもあまり動揺を表に出ないようにしながら牌を捨てるけれど、残念ながらそれがわたしの欲しい牌だ。
「チーです!」
そして次巡、キヨミが絶好の牌を捨ててくれた。わたしが喉から手が出るほど欲しがっていた中だ。
「ポンです!」
東四局 一本場 三巡目 東家 ナナミ 7100点 ドラ表示:二萬
一萬 二萬 三萬 一筒 二筒 八筒 九索 南風
副露:下紅中、一二三索
あっという間にここまでそろったけれど、ここからが遠い。
一、二、三をそろえるとして、2枚ペアがない。それを九索か南でそろえるしかない。
わたしは八筒を切り出す。
それを見たキヨミは何か吹っ切れたように緊張が抜け、打ち方が元に戻った。わたしはまだ上がりから遠いことを見破ったのか、半ば諦めているのか。
けれど、ここまでそろっているのに、なかなか届かない。
しばらく、手の進まない牌ばかりがわたしの元へ来る。
東四局 一本場 九巡目 東家 ナナミ 7100点 ドラ表示:二萬
一萬 二萬 三萬 一筒 二筒 九索 南風
副露:下紅中、一二三索
ツモ:三萬
あれからずっと山から持ってきては捨てるを繰り返すばかりで、求める牌は全然やってこない。
というか、ここでドラが来ても困る。
仕方ないので、そのままドラを手放す。
けれど、これはなかなか効果的なのではないだろうか。
わたしは序盤あっさりとチーとポンをして、13枚の手牌のうち半分近い6枚もそろっていることを見せている。そんな状態で手変わりのない捨てる行為を続ければ、わたしがテンパイしていると他の三人に思わせることができる。
だったら、打ち方を変える必要はない。最初から決めていた目的地を目指そう。
結局、上がりは目指さないと得られないのだから。
わたしはさっきの上がるチャンスを逃したことが脳裏のどこかに焼きついていたから、少しばかり不安になっていただけだ。
今回はわたしが有利。だから、攻めの手は止めない。
東四局 一本場 東家 十三巡目 7100点 ドラ表示:二萬
一萬 二萬 三萬 一筒 二筒 九索 南風
副露:下紅中、一二三索
ツモ:三筒
攻める気持ちを絶やさなければ、必ずチャンスが訪れる。
そのことをよく知っていたわたしはようやくテンパイの牌を引き当てた。
問題は、九索で待つか、南で待つか。
九索はすでに2枚捨てられている。4枚あるうちの1枚をすでにわたしが持っているのだから、残りの牌はあと1枚。誰かが七、八、九索を作っていたら捨てられることはもうないのだからお終いだ。
一方、南は1枚しか捨てられていない。別の人が1枚ずつ持っているのはさすがに考えにくいけれど、同じ人が2枚ペアとして持っていたら、それはそれでお終いだ。
2枚ペアを作る手で待つのはなかなか判断が難しい。
けれど考えても埒が明かない。さっさと確率の高い方を残すのが得策だ。
わたしは九索を指で挟み、表に向けて卓上に捨てた。
次のキヨミは五萬を手牌から出してくる。わたしがとっくに捨てた牌なのだから、上がられないと考えての判断だろう。
そして、女王ホムラが山から1枚持ってくる。
この人が一番怖い。雰囲気からして、わたしの上がり牌を見透かしているような、そしてそれを完璧に手の内で使い切っているような、そんなオーラが見え隠れする。
女王ホムラが手牌から切り出した牌は――九索。
九索を残していたら、わたしは上がれていた。
――いや、違う。彼女はわたしが九索を捨てたから同じ牌を捨てたのだ。
確実に、わたしの手は女王ホムラに読まれている。
けれど、心配はない。
たとえ、わたしの上がり牌が何であるかがバレていたとしても、自分で引いてきてしまえば何の問題もないのだから。
待っている。牌がわたしを待っている。
ヒメリの六萬切りを見送って、山へ手を伸ばす。
流れは今わたしに来ている。だから、つかめるはずだ。
わたしの、上がり牌を。
そして、高らかに宣言する。
「ツモです!」
和了形 ナナミ ドラ表示:二萬
一萬 二萬 三萬 一筒 二筒 三筒 南風
副露:下紅中、一二三索
ツモ:南風
チュン 一翻
チャンタ 一翻
サンショク 一翻
ドラ 一翻
30符 四翻 3900オール
積み棒:1本
ホムラ 52700- 4000=48700点
キヨミ 28000- 4000=24000点
ナナミ 7100+12000=19100点
ヒメリ 12200- 4000= 8200点
「――ザンクオールの一本場は4000オールだな」
わたしは麻雀の点数計算ができない。だから女王ホムラの申告によってわたしの点数が決まる。
その結果、わたしの得点は19100点。ヒメリを抜いて3位になった上に女王ホムラとの点差は29600点まで縮まった。逆転できない点差ではないかもしれないけれど、一度ではなかなか難しそうだ。
けれど、どうも不自然だ。わたしの上がりはもっと高い点数、女王ホムラが上がった18000点に相当するくらい高い手だと思っていた。
――もしかして、低く見積もられた? いや、それは女王ホムラのプライドが許さないだろう。
わたしは卓上のボタンを押し、開いた穴に自分の手牌を入れながらふと気がついた。
――まさか、ポンやチーをしたからだろうか?
字牌3枚の役はポンできるとしても、数牌を絡めた役はポンやチーをすると点が下がるのかもしれない。
女王ホムラがサンショクを上がった時はチーをしていなかったことも考えると、もっともらしい仮説だ。
どちらにしても、今回上がれたことはチャンスの追い風になる。
女王ホムラの持ち点が50000点を切った。あとはこのまま連チャンを続けてそのまま追い越すだけだ。
新しい牌の山が出てきたところで、わたしはサイコロを振った。
「二本場、お願いします!」
次も上がれればいよいよ女王ホムラの背中が見えてくる。
――だから、必ず次も上がってみせる!
わたしは手牌を得るために手を伸ばした。