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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第4半荘 おちゃ、わがし、さんま
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第63話 いいんちょうのいじ

 場は南一局から動いていません。積み棒は2本にまで増えました。

『無敵の女神』の少女との点差は10900点にまで縮まりました。とてもサンバイマンを奪い取った相手とは思えない快進撃です。

 ここで彼女の動きを止めなければ、さらに厳しい状況に追い込まれることでしょう。

 そう思うと、自然と体がこわばってきます。

 わたくしも、風紀委員長として負けられないのです。

 大物手はいりません。さっさと上がってしまいましょう。


南一局 二本場 一巡目 西家 カガミ 51200点 ドラ表示:東風

六筒 七筒 九筒 二索 三索 四索 五索 七索 九索 南風 白板 紅中 紅中

ツモ:九索


 中がトイツです。絶好の速攻手と言ってもよいでしょう。

 しかし、厄介な牌が1つあります。 ドラ南です。

 南はいわゆるバカゼです。ポンされようものならあっという間にマンガンまで届いてしまいます。

 こういう牌を処理する機会にはさんざん悩まされてきました。

 配牌で誰かがすでに2枚持っている可能性は低いです。しかし鳴かれてしまってはあっという間に窮地に追い込まれます。

 上手に処分できたとしても、再びツモって来れば同じ悩みに出くわしてしまうばかりか、自分が持っていれば大きな攻撃の種になっていたと後悔の念が拭い切れません。

 敵との戦いでもあり、己との戦いでもあります。

 もう、心理戦の駆け引きは始まっているのです。

 悩んでいたって結論は出ません。他に優先度の低い牌があるのだから、そちらを先に整えていきましょう。

 フーロを嫌ったわたくしは九筒から河へ差し出していきます。

『無敵の女神』の次なる一手は、手出しの六筒でした。

 ――早い巡目のチュウチャンパイ。明らかに攻めの姿勢です。

 またもや緩急をつけた味のある攻め方をしてきます。

 ここで焦ってはいけません。焦りを見せたら、それこそ彼女の思うつぼになってしまいます。

「ペイ」

 次巡、引き入れてきた北を晒します。この程度の小技は、もう彼女には脅しにもならないでしょう。

 だったら、攻めましょう。

「ペイです!」

 わたくしに呼応するように北をドラに変えていきます。

 そして、手出しの四索です。

 今回の攻めの切り口は、おそらく一、九、字牌を使いこなすチャンタ系の役で章。これもチーができないサンマではあまりとらない方策ではあります。

 ――しかし、こんなにも露骨ににおわせてくるでしょうか?

 それだけ、有利な手が配牌からそろっていたという可能性もあります。

 しかし、あまりに前のめりになりすぎては、相手に手の内を読まれ、上がれるものも上がれなくなってしまう可能性があります。

 現に、わたくしたちの対策は容易なものです。彼女のテンパイ気配を察知したらただただ振り込まないように打てばいいだけなのですから。


南一局 二本場 五巡目 西家 カガミ 51200点 ドラ表示:東風

六筒 七筒 八筒 二索 三索 四索 五索 七索 九索 九索 南風 紅中 紅中

抜き:北風

ツモ:南風


 速攻を、と思っていた手ですが、いまだ1枚も中は出てきません。それどころか、ションパイであるドラ南が重なり、破壊力が増してきました。

 これはある種、好機かもしれません。しかし中を絞られている可能性も考えなければなりません。

 なぜなら、目の前の少女にとっても字牌は有効なのですから。

 わたくしが二索を人差し指と中指で挟んで河へ差し出したときでした。

「ポンです!」

 目の前の少女が動きを見せます。

 ――二索を、ポン?

 彼女はチャンタ狙いではなかったのでしょうか。二索をポンしてしまってはもうチャンタの芽は残っていません。

 しかし、ある一転の可能性が思いつきます。

 それは、イーペーコーからのサンレンコーへの成り上がりです。サンマ独特の戦術と言ってもよいでしょう。

 サンマでは、チーができない代わりにポンができるので、連番であるシュンツよりも同じ牌3枚のコーツの方がそろえやすくなります。

 仮に、一、二、三索のイーペーコーがそろっているとします。そうなると各2枚ずつ持っているわけですから、それぞれの牌でポンできることになります。

 そして、その3つがコーツでそろったら一、二、三索のコーツができるわけですから、サンレンコーが成立するのです。

 その上、イーペーコーはフーロすると成立しないわけですから、フーロができるようになるサンレンコーの方が速度も上がります。

 加えて、サンレンコーがそろえばトイトイもつけやすくなり、攻撃力も十分になってきます。

 シュンツがそろえにくいサンマでチャンタを狙うよりも、トイトイを絡めたサンレンコーの方がある意味で効率が良いということもできます。

 わたくしの仮説が正しいならば、彼女は二索の他にもコーツを持っている可能性が高いと言えます。一索や三索でなくとも、トイトイを狙えばいいわけですから。

 注意を向ければ、彼女の捨て牌はこうです。


ホー ナナミ

二筒 六筒 白板 四筒 一萬 打西風


 索子が1枚も切れていません。そうなると、ホンイツの可能性も見えてきます。

 麻雀では、何を捨てたかに加えて、どのような順番で捨てたか、も重要な情報になってきます。

 例えばこの河、六筒や四筒の跡に一萬や西が捨てられています。

 つまり、使いやすいはずの六筒や四筒よりも一萬や西が有効であったという可能性が考えられます。

 それだけ見ると、やはりチャンタ系か索子のホンイツ系が濃厚です。

 もう1つ重要になってくるのが、ツモ切りか、手出しかの違いです。河だけ見るとその情報が失われていますので、注意深く観察しないと得られない情報です。

 今回の場合、彼女は一萬をツモ切りしていました。つまりもともと不要だったということになります。

 けれど、西は違います。手出しだったので、ある程度持っていて価値があるということになります。

 同じ字牌の白でも、わたくしが捨てた後に処理しているので、字牌での意味付けがしっかりとなされているということになります。

 つまり、彼女にとって生きた字牌は有効であるということです。

 それと二索のポンを考えれば、チャンタ狙いだったのを、ホンイツ、トイトイを絡めたサンレンコーへと方針を切り替えたと考えられます。

 もっとも、麻雀はそれほど自由度はありません。持ってくる牌は偶然でしか決まらないのだから、戦術が水泡に帰すことなど数多あります。

 しかし、彼女には偶然を越えた力があります。運では計り知れない強さがあります。

 それは、配牌から最も効率の良い攻め方を考え出す戦術能力かもしれません。

 あるいは、相手を心理戦に陥れるための罠を張っているだけかもしれません。

 なぜなら、上がらなければ配牌は公開されません。公開されないうちは、最も効率の良い手を打つふりをして相手に幻想を植え付けることだって可能なのですから。

 さんざんわたくしを悩ませた挙句、結局手は全くの不ぞろいでした、なんてこともあり得るのですから。

 少なくとも、わたくしにはそんな誘起はありません。

 できることは、自分が上がりを目指すことと、相手のテンパイをある程度の予測範囲内で察知することだけなのですから。

「ポンです!」

 彼女はなおも動きます。後輩の捨てた發を手中に収めます。

 そして、捨てたのは七索でした。

 ――張った、かしら?

 そう何度もテンパイされては、かないません。

 仮にテンパイしていなかったとしても、イーシャンテンぐらいまでは着ているでしょう。万が一には、リューイーソーだってあり得ます。

 リューイーソーは緑色の牌、すなわち二、三、四、六、八索、發だけで手を作る役で、役満になります。

 滅多に出る役ではありませんが、リャンフーロして緑牌だけなら疑う余地はあります。

 とにかく、慎重に打たなければいけません。

 次巡、わたくしの心配をよそに、少女はあっさりと中を捨てました。

「ポン」

 そこからは流れるような展開でした。七索を切って九索と南のシャボ待ちに構えます。

 少女は2枚目の北を抜き、三筒切り。後輩は東をツモ切りでした。

 壁牌へと手を賭けます。静電気が走ったかのように指先がしびれました。

 ツモってきた牌は、六索でした。二、七索を抱えて九索を落としていれば上がっていました。

 少し、欲をかいていたかもしれません。

 これは少女に対してかなり通しづらい牌です。

 ――けれど、通します!

  そのまま六索を卓へ落としました。

 沈黙です。

 遠くで鹿威しが澄んだ音を奏でました。

 雄弁が銀なら、沈黙は金なのです。

 少女に主立った動きはありませんでした。そして、八索をツモ切りします。

 こうなると、サンレンコーが主力となり、逆にそのせいで上がり牌が狭くなっていると考えた方がよさそうです。

 勝負を決したのは、次の巡目でした。

「ツモ。チュン、ドラ3の二本場は3900・5800です」

わたくしは手牌をそっと倒しました。


ホーラ形 カガミ ドラ表示:東風

六筒 七筒 八筒 三索 四索 五索 九索 九索 南風 南風

フーロ:対紅中

抜き:北風

ツモ:九索

チュン 一翻

ドラ  三翻   30符 四翻 2900・4800

積み棒:2本


カガミ 51200+9700=60900点

ナナミ 40300-5800=34500点

ヤナギ 13500-3900= 9600点


 狙わずとも大きな上がりとなりました。それはドラの付きやすいサンマ特有と言ってもよいかもしれません。

 とにかく、これで彼女の親番が終わると同時に、大きな点差をつけることができました。

 あとはもう、彼女に上がらせないように立ち振る舞えばよいだけです。

 戦略としては、かわいそうではありますが後輩を飛ばして試合終了としてしまってもかまいません。

 わたくしにとっては非常に有利な状況です。

 しかし、あまり悠長なことも言えません。

 なぜなら、相手は『無敵の女神』なのですから。

 そして、彼女の表情は何も諦めていないのですから。



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