第57話 ふーろのたしなみ
前局、オヤリー(親のリーチ)をかけておきながらも、カガミさんにツモ上がりされてしまった。
風は巡り、わたしは西家となる。石筍からすると北家なのだけれど、サンマでは北家は存在しないので、親から数えて3番目の西家になるのだ。
わたしの上家に当たる席には誰もいない。その空虚さが心にも染み渡るようだった。
配牌が終わり、ヤナギさんが西風、カガミさんも西風を捨てた。
東に局 一巡目 西家 ナナミ 30800点 ドラ表示:東風
一筒 二筒 六筒 六筒 八筒 二索 四索 六索 七索 九索 西風 緑發 紅中
ツモ:南風
ドラはツモってきた南風。現在トップのカガミさんの風なので、捨てずに手元で上手に使い切りたい。
わたしは落ち着いた手つきで西風をさばく。
サンマでは、途中流局はすべて認められない。なので一巡目に全員が同じ風牌を捨てても流局にはならない。
同じ風牌が出ると、状況的には一歩進んでも手の内はお互いに分かり合えないという心理的な負担がかかる。これは4人打ちでは感じられないもどかしさの1つだ。
「ペイ!」
ヤナギさんがツモってきた北を卓の隅へ追いやり、リンシャンパイを掴む。
親のヤナギさんがドラ1.ピリッと緊張感が背筋を走る。
抜きドラはフーロとして扱われない上、抜きドラがあってもピンフやタンヤオもつけることができる。けれど、その効果はフーロ以上の凄みがある。
――ヤナギさんよりも早く上がらなければ。
知らず知らずのうちに焦燥感が加速される。
場が進み、わたしも北をツモって来る。
「ペイです!」
迷うことなく、抜いてしまう。抜きドラのプレッシャーは何も親だけの特権ではない。それをアピールする意味でもわたしは積極的になる。
わたしの動きを見て、カガミさんがきょとんとした仕草を見せた。意識してかは不明だが、声が漏れそうになったのを抑えるように右手で口を軽く覆う。
「これはもういりませんわね」
カガミさんが自分の番にぽつりと言った。
――いらない?
「ペイ」
おしとやかな声が場を支配したかと思うと、手牌の端2枚を1度にさらす。――北の2枚抜きだ。
虫が這いまわるような気持ち悪さが背筋からくすぐるように首筋へと延びる。
抜きドラが、すべて出た。
うち1枚は親のヤナギさん。
そして2枚は対面に座るカガミさんだ。
東に局 四巡目 西家 ナナミ 30800点 ドラ表示:東風
一筒 二筒 六筒 六筒 八筒 二索 四索 六索 七索 九索 九索 南風 紅中
抜き:北風
ツモ:三筒
不安感を写し取る鏡のように手牌はあまり伸びない。手役もせいぜいリーチが限界だ。ドラを重ねて得点を伸ばしたいが、南は使いづらいし、赤牌もない。
心のざわめきを抑えながらも、わたしは中を卓上に差し出した。
「ポン!」
すかさず反応したのはヤナギさんだった。親に特急券を鳴かれる嫌な流れだ。
けれど、麻雀でできることは非常に限られる。主に牌をツモって1枚捨てること。そしてポンなどのフーロを宣言することだ。
今のわたしの手、フーロをすればあっという間に上がれなくなる。だから、最善手は黙って上がりを目指すことだけだ。ヤナギさんやカガミさんに上がりの気配を感じたら、素直に下りるしかない。
けれど、フーロをした相手やヤミで待つ(リーチをかけない)相手の上がりの気配を察するのは、かなり熟練した技術になってくる。
情報源の1つは、ツモ切りか、否かだ。
ツモってきた牌をそのまま卓上に叩きだすのは手が変わらないという証。もし仮にテンパイしているなら、上がれなかったら切るしかないので、必然的にツモ切りが多くなってくる。
そして、どのような牌をどのような順番で捨てるかによって相手の上がり牌を読み切るのだ。
けれど、わたしはいまだにその技術を完全に身に着けてはいない。ましてや、萬子がほとんどないというサンマの条件下では、4人打ちの麻雀とは違ったセンスが求められる。
東に局 七巡目 西家 ナナミ 30800点 ドラ表示:東風
一筒 二筒 三筒 六筒 六筒 八筒 二索 四索 六索 七索 九索 九索 南風
抜き:北風
ツモ:一索
例えばこの手、普通に考えれば問題なくツモってきた一索を捨てるのがセオリーだ。
けれど、ヤナギさんの捨て牌はこうで、三巡連続ツモ切りだった。
ホー ヤナギ
西風 白板 五索 九筒 八筒 三索
四筒
一見、八、九筒のペンチャン待ちを嫌ったように見えるが、八筒はツモ切り、すなわち手の内に八、九筒があったわけではない。
次に、三巡連続でチュウチャンパイをツモ切りしているわけだから、巡目が早いことを考慮してもテンパイしている可能性がある。
そして、1番引っかかるのが三巡目の五索切り、そして中をポンした後の九筒切りだ。手牌の中では、五索よりも九筒の方が価値が高いことになる。西以外の字牌の出が悪いことを考慮すると、チャンタの可能性も捨てきれない。
そうなると、五索のウラスジに当たる一、四索、六、九索は途端に危険になる。特にチャンタの可能性を入れるなら一、九索はまず本命と言っても過言ではない。
もちろん、ドラ南はションパイだし危険なにおいがする。チャンタの可能性が薄くならないと一、二、三筒も切れないので、わたしの手の中で安全なのは六、八筒ということになる。
八筒切りはあまりに消極的と言ってもいい。まだ上がれるチャンスを狙っているなら六筒をさばくのが折衷案として最もリーズナブルだ。
親相手には、これくらいの警戒心を持っていても問題はない。
わたしは六筒を切り捨てた。
一滴の沈黙が辺りを満たし、ヤナギさんが積もる。
――ここまではいい。
ヤナギさんは九索をツモ切りする。
そうなると、もうチャンタの線は薄くなる。一萬か九萬をアンコーに抱えたチャンタなら、もう泣くしかない。
だからといって一、四索は必ずしも安全とは言い切れない。間違っても南は捨ててはいけない。
南を手の内で使い切りたいわたしは、ゆくゆく不要になってくるであろう九索を追放する。トイツで落とした頃には、ヤナギさんは三筒、二索も捨てていたので安牌が増えた形になった。
東に局 十巡目 西家 ナナミ 30800点 ドラ表示:東風
一筒 二筒 三筒 赤五筒 六筒 八筒 一索 二索 四索 六索 七索 九索 南風
抜き:北風
ツモ:一索
ここまで手が狂ってしまうと、素直に下りた方がいい。
カガミさんからも危険な香りはしないので、ヤナギさんの現物である八筒を切り飛ばす。
これで、いいのだ。
次の瞬間、ヤナギさんが丁寧に手牌を倒した。
「ツモ! チュン、ドラ1の30符二翻は1500オールです!」
ホーラ形 ヤナギ ドラ表示:東風
二筒 三筒 四筒 九筒 九筒 二索 三索 四索 五索 六索
フーロ:上紅中
抜き:北風
ツモ:七索
チュン 一翻
ドラ 一翻 30符 二翻 1500オール
カガミ 41200-1500=39700点
ヤナギ 33000+3000=36000点
ナナミ 30800-1500=29300点
ツモられこそはしたものの、一直線に上がりを目指していたら振り込んでいたところだった。相手の上がりをしっかりと抑えられただけ、十分いい働きをしたことになる。
まだまだこの半荘も始まったばかり。今の流れに振り落とされないようにしっかりと付いていこう。
軽く弾みをつけ始めた心臓をなだめながら、わたしは手牌を伏せた。




