第55話 やまとなでしこのじょうけん
風紀委員『大和撫子』の本部の一室は、まるで時間の流れが外界から隔離されているようだった。
風紀委員長のカガミさんは黒くまっすぐな瞳をこちらに向けて口を開く。
「『NANA☆HOSHI』のあの正装は、一体どういった趣旨の者でしょうか?」
いきなり、難しいことを尋ねてくる。どういった趣旨も何もない。ただのブルマだ。
「えっと、『NANA☆HOSHI』発足当初からのユニフォームです」
ナギホさんが言っていたことをそっくりそのままコピーする。
「ええ、昨年もそう伺っております」
昨年もこんなことがあったかと思うと、少し呆れてしまった。風紀委員に目をつけられるなら、さっさとやめればいいのにとさえ思ってしまう。
「日本の古き良き文化を継承することは大切だと存じます。しかしながら、いささか現代の流れを逸脱しているようにも思えます。『大和撫子』としては、『NANA☆HOSHI』に正装の改善を求めます」
「」は、はぁ」
言っていることはもっともだった。――いや、ブルマは古き良き文化なのだろうか? いまいち『大和撫子』のスタンスがつかみ損ねる。
わたしの呆けたリアクションを皇帝ととらえたのか、カガミさんはきょとんとした表情を見せた。
「ご改善されるのですか?」
「あ、いえいえ、わたしの一存ではちょっと……」
何となく、流れで否定してしまった。一応『NANA☆HOSHI』としては伝統ある(?)ユニフォームを守る必要があるので、それでいいとは思うのだけれど。
「あの、わたくしどもといたしましては差し押さえを求めて、一千交じり合いと存じますが、お相手はナナミ様でよろしいのでしょうか?」
わたしの反応にカガミさんは少し困ってしまったようだ。
けれど、わたしとしてはナギホさんの読み通りの展開になってくれたので、それで良しとする。
「はい、そう聞いています」
わたしの言葉に、カガミさんは上品な笑顔を浮かべる。
「お話が早くて助かりますわ。ヤナギさん、ご準備を」
「はい」
カガミさんの言葉を聞いて、お茶の準備をしてくれた2年生――ヤナギさんが押入れを開ける。そこには驚くことに、全自動卓がしまてあった。『NANA☆HOSHI』にあるものとは微妙に違って、お座敷タイプだ。
わたしは今一度部屋の周りを見渡すが、部屋にはカガミさんとヤナギさんしかいない。ナギホさんの言葉が正しいのであれば、この3人で打つことになるだろう。
そして、その予想は的中した。
「今回のルールはサンマでよろしいでしょうか?」
「は、はい!」
サンマは麻雀牌136枚一式から萬子のチュウチャンパイ――二から八を除いた27種類108枚を使って行われる。萬子の一、九を残すのはコクシムソウやチンロウトウなどの役満を可能とするために残されるのだ。
逆に、サンマは4人打ちとは異なる役を持つ。その牌の種類からサンショクドウジュンはなくなる一方で、星愛女学院ルールではサンレンコーやスーレンコーなどのレンコー役が採用される。加えて、北家がなくなるので、北が常に役牌となり、サンフォンコーも認められる。
特に大きく異なるルールは、チーができないことと、抜きドラという制度が加わることだ。3人で打つとどうしても牌周りがよくなるので、手作りがしやすくなるチーはルール上制約される。だからフーロは基本的にポンとカンだけである。
抜きドラとは、北が手元にある状態で自分の番になった時や北をツモってきたときに、手牌から北を抜くことでドラ1とするルールだ。その場合、新たに牌をツモることができる。基本的に抜いた北の数だけドラが付くのだ。一方で、北を抜いた時に北待ちでテンパイしていたものはロンができる。例えるならチャンカンという役と同じだ。
あと特筆すべきことは、ドラ表示が西の時に北を抜いてもドラ1ということ、ドラ表示牌が一萬の時は九萬がドラだということ、持ち点は35000点の40000点返しということぐらいである。
そのあたりのルールは、ここに来るまでに読んだルールブックで確認した。けれど、それは頭で理解しただけで、実践としてどこまで使えるかはその時にならないと分からない。
おそらく、カガミさんとヤナギさんはサンマの対策は打ってきているだろう。そうなると、勝負勘のないわたしは結構不利な状況に追い込まれそうである。
「細かいルールは、いただいた教本通りでよろしいでしょうか?」
カガミさんがわたしの持っているやつと同じ冊子を取り出す。
「はい」
わたしは同意した。
場決めは伏せ牌――東、南、西を伏せてかき混ぜ、各人が選んだ牌の方角に座るという一般的な決め方で決め、仮親がサイの2度振りで親を決める。結果、わたしが起家となり、南家がヤナギさん、西家がカガミさんに決まった。
全自動卓に一式108枚の牌を入れ、スイッチを押す。あらかじめ、サンマ用に設定がされていたらしく、各人の目の前に2段18列の牌山が立ち上がった。
「カガミです。よろしくお願い申し上げます」
「ヤナギです。よろしくお願い申し上げます」
風紀委員の2人が恭しく頭を下げた。
初めてのサンマ、初めて麻雀を打った時の感覚が喚起される。その感情に誤りはない。
サンマは、ルールが似て居て非なるものとも呼べる。
半荘戦とはいえ、東四局と南四局はないので短い戦いとなる。その中で独特の勝負勘を培わなければならない。
わたしはふぅっと大きく深呼吸した。
「ナナミです。よろしくお願いします!」
意を決したわたしはサイコロを転がした。




