第50話 おるすばん
「ナナみん、暇だね」
「そうだね」
ある日の放課後、わたしとサナちゃんが『NANA☆HOSHI』の部室に来たとき、部屋は空いていたにもかかわらず誰もいなかった。パソコンの電源が付いていることから、ナギホさんは一度着たらしいことは察しがついたが、どうも不用心である。
卓に腰かけてナギホさんやヨミちゃん、ヒメちゃんの到着こと約15分。いよいよサナちゃんが口を開いたのだった。
麻雀は基本的に4人でやるゲームだ。だから、2人しかいないとどうにも卓の上が寂しくなる。手持ちブタ鎖に牌をいじるが、正直面白くもなんともない。サナちゃんはひとしきり牌を積み上げて遊んでいたが、どうも飽きたらしかった。
「ナナみん、2人で打とうよ~」
「あのねサナちゃん、2人で打てなくもないけど、ツモが多すぎるから簡単に手がそろっちゃうよ」
「別にいいじゃん」
サナちゃんは頬を膨らませて抗議する。
別に悪くはないが、対局感がくるってしまうことを気にしていたわたしはどうも2人でやる気にはなれなかった。
ナギホさんは最近特に忙しそうにしていたので仕方ないとして、ヨミちゃんヒメちゃんはどうしたのだろうか。メッセージの返事もないし、少しだけ心配になる。
すると、部室のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。
「はいはい~♪」
一気にテンションが上がったサナちゃんが勢いよく扉を開く。
「どうも、『Seiai Now!』です」
けれど、そこに立っていたのは知らない1年生だった。
「せいあい、なう?」
サナちゃんが頭をひねる。
「あ、失礼。放送部員です。今月の校内新聞を持ってきました」
「なんだ、新聞の勧誘か~」
「いやいやサナちゃん、新聞を持ってきてくれたんだよ!」
知らない1年生を追い返そうとするサナちゃんを慌てて止めて、新聞を受け取った。
「『Seiai Now!』って、新聞部?」
「ううん、新聞を見ると、放送委員らしいよ」
「へぇ~、放送委員が校内新聞かいているんだ」
サナちゃんがわたしに頬を寄せて新聞を覗き込む。
新聞には、各委員会の活動記録が係れていた。
星愛女学院には5つの委員会がある、らしい。放送委員、購買委員、風紀委員、図書委員、保健委員の5つだ。各委員会の委員長、そして生徒会長と副会長の7人が、希望の星を表す黄色のセーラー服にパープルのスカーフの着用を許された生徒会のメンバーらしい。
クラスの半分以上が委員会に所属しているほど、星愛女学院では委員会の活動が活発だ。その中のトップ7人のインタビューやら活動報告が、新聞にびっしり書かれていた。
――正直、退屈である。
「ねえナナみん、今月の部活動だって!」
サナちゃんが新聞のコラムを指さす。そこには『今月の部活動』と称して、マリコさんのインタビュー記事が書いてあった。
「すごいねナナみん! マリコさん、有名人だよ!」
そこには裁縫部『メタモる!』の活動も書いていた。ユニフォームをはじめとする各種服飾の作成、写真撮影、文化祭の時にはお披露目会もするそうだ。他校との交流も深いらしく、依頼は外の学校からも来るらしい。
――なんか、青春してるなぁ。
一方の『NANA☆HOSHI』は、今はサナちゃんと2人ぼっち。やることと言えば麻雀だけな上、今はその麻雀もできていない。
なんだか、新聞を読んでいると自分のみじめさが浮き彫りになってしまうような気がして、わたしは新聞をきれいにたたんでパソコンの置かれているデスクの上に置いた。
再び、待ちぼうけの始まりである。サナちゃんは麻雀牌だけでなく点棒も使って何やら不思議なオブジェを作り始めた。
「ナナみん、暇だね」
「そうだね」
サナちゃんと空虚なやり取りをしていると、メッセージの着信音が響いた。
はっと我に返ったわたしとサナちゃんは同時にスマホを手に取る。相手はヒメちゃんだった。
「……ヒメりん、今日は部活来れないって」
サナちゃんはがっかりした声を出す。言わなくても、わたしもメッセージを見ているのだからわかる。 すると、またもやコンコンと部室のドアをノックする音が聞こえた。
「はいはい~!」
気持ちのアップダウンが激しいサナちゃんが扉を開けた
そこに立っていたのはジャージ姿の先輩だった。ジャージの色も制服と対応しているので、一目で3年生だとわかる。
「ナギホ、いる?」
「」えっと、部長は今で賭けていますけど」
さすがのサナちゃんも少し緊張しているらしい。声が硬い。
それを聞いたショートヘアーの先輩は小首をかしげる。
「おっかしいなー。一応、今日お話しする予定だったんだけど」
「えっと、どちら様ですか?」
「あ、私はモエコ。バレー部『星愛の魔女』の部長よ! ナギホどこ行ったか知らない?」
「今日はまだ見ていないです」
「そっか~。ありがとっ!」
サナちゃんの言葉を聞いて納得したのか、モエコさんは笑顔を見せてさっそうとどこかへ行ってしまった。
「何だったんだろうね、ナナみん」
「さあ、ナギホさんのお友達じゃないかな?」
それにしても、ナギホさんは部長のお友達が多いな、と心の内で感心した。
みたび、サナちゃんと2人の時間が訪れた。
「ナナみん、暇だね」
「そうだね」
サナちゃんは意味もなく卓上のサイコロを転がし始めた。サイコロが止まってはボタンを押して振り直す、を繰り返している。
すると、2人のスマホが着信音を鳴らした。
反射的に、2人ともスマホを取り出して、メッセージアプリを起動する。
「……キヨみん、友達と遊びに行ってるんだって」
だから、言われなくてもわかる。
そして、ゆっくりと時間が流れる。のんびりとした雰囲気は嫌いではないが、こういう時間は妙に緊張してしまい、苦手である。
するとみたび、部室のドアがノックされた。
「はいはい~」
外で待っていたのは、『メタモる!』のハルちゃんだった。
「やった~! ハルぽんだ~! 3人そろったし、麻雀打とう!」
サナちゃんは見知った顔に一気にテンションが上がる。麻雀は基本的には4人で打つが、3人で打つサンマというルールもある。サナちゃんはそれを始めようと提案したのだった。
しかし、ハルちゃんは浮かない顔をする。
「あの、すいません。『NANA☆HOSHI』の部長さんのサインが欲しいのですが……」
見ると、手には何やら書類を持っていた。
「ナギホ部長はね、今いないの。だから一緒に麻雀打って待とうよ!」
そんなことはお構いなしと言わんばかりに、サナちゃんはぐいぐいとハルちゃんの手を引っ張る。もはや半分テロだ。
けれど、わたしもそれを止める気にはなれなかった。わたしも麻雀を打っていたかったのだ。
「で、でも、私サンマは打ったことないし……」
「だいじょうぶ! あたしも打ったことないから!」
サナちゃんの押し売りのような勢いで、ハルちゃんを卓へと座らせる。
けれど、わたしは1つ気がかりだった。
「サナちゃん、サンマのルール知ってるの?」
「ううん、ナナみんは?」
サナちゃんは何かを期待するような目でこちらを見るが、あいにくわたしもサンマのルールを知らない。
そして、当たり前のように沈黙が訪れる。
「あ、あの、私いったん戻りますね」
ハルちゃんは書類片手に部室を出て行った。
「ナナみん、暇だね」
「そうだね」
わたしとサナちゃんは、ナギホさんの帰りを待った。




