第49話 じょおうのいたななほし
放課後、わたしとサナちゃん、ヨミちゃん、ヒメちゃんはいつものように部室で麻雀を打っていた。特に目的のない緩い感じの勝負だった。
ナギホさんは生徒会に用事があるとかで、部屋を空けていた。
「ねぇ、ヨミちゃん、ヒメちゃん」
わたしはぽつりとつぶやいた。
「なんスか? ナナミ師匠」
「今でもホムラさんと連絡とってるの?」
わたしの問いかけに、ヨミちゃんヒメちゃんは少し顔をこわばらせる。たんたんと牌がツモられては卓上に置かれる音が響いていた。
「あれきり、取ってないわ」
答えたのはヒメちゃんだった。
「あたしも、取ってないッスね」
「ポン!」
キヨミちゃんの捨てた七筒をサナちゃんが手に銜えた。
「そうなんだ」
わたしの返答で、静寂が訪れた。なんだかんだでだべりながら続いてた勝負だったので、九に静かになっていたたまれない気持ちになる。
場は東三局、といっても東風戦なので、勝負は佳境に入っていた。赤ドラが3枚入っており、短期決戦の上にギャンブル性も高く、一打一打に繊細さが要求される。
けれどそれも 3試合目になると徐々に全員の集中力が切れてきているので、自然と無駄口がついてしまうのだった。
束の間の沈黙の跡、わたしが口を開く。
「」ホムラさん、麻雀部員だったんだね
「そうッスね」
「」私も知らなかったわ」
「ホムラさんって、誰?」
疑問を口にしたのはサナちゃんだった。そういえば、サナちゃんは直接は知らないんだったっけか。
「サナちゃんに蹴散らしてほしいって言われた不良グループのボスだよ」
「ああ、あれね」
はいはいといった感じでサナちゃんが納得する。それを聞いてたヨミちゃんとヒメちゃんがばつの悪そうな顔をした。
――不良グループは、言い過ぎたかな。
わたしが微妙な空気感を察知した時、サナちゃんから三索が零れた。
「ロンです! タンピンドラ1は3900点です」
ホーラ形 ナナミ ドラ表示:北風
三萬 四萬 五萬 七萬 七萬 二筒 三筒 四筒 六筒 七筒 八筒 四索 赤五索
ロン:三索
ピンフ 一翻
タンヤオ 一翻
ドラ 一翻 30符 三翻 3900
ナナミ 35000+3900=38900点
キヨミ 22500点
ヒメリ 22000点
サナエ 20500-3900=16600点
「わーん! ナナみんのバカー!」
自分で振り込んでおいて、サナちゃんは泣きべそをかいた。それでも粛々と点棒のやり取りを行う。
「ナナミ師匠、もう張ってたんスか!」
キヨミちゃんが驚きながらも、牌を卓の中央に寄せた。
「それじゃあ、オーラスお願いします」
わたしは麻雀卓の操作を行う。中央に穴が開いて牌が滑り落ち、じゃらじゃらとシーパイが始まった。
「」それで、そのホムラさんって強いの?」
サナちゃんが突然話を戻した。
「強いってもんじゃないっスよ。ナナミ師匠と同じぐらい強いッス」
「そうね。私もそう思うわ」
ヨミちゃんヒメちゃんの見解は一致していた。
――わたしに言わせれば、ホムラさんの方がずっと強い。ただ、あの1試合だけ、わたしに幸運が舞い降りたのだ。
何回も戦えば、きっと勝率では負ける。そう直観していた。少なくとも、『無敵の女神』を名乗れるほど常勝はできないと思う。
「そうなんだ。じゃあ、昔は『NANA☆HOSHI』も強かったんだね~」
「今でもナナミ師匠がいるから十分強いッスよ」
「そ、そんなこと――」
反射的に否定をしてしまう。
それでも、思いをはせてしまう。
もし、今でも女王ホムラが『NANA☆HOSHI』にのこっていたら、と。
きっと、もっと激しい試合があったと思う。その中で、ホムラさんの打ち方から多くのことが学べたと思う。
――まあ、今が悪いとはみじんも思わないけれど。
「じゃあ、なんでそんな人が『NANA☆HOSHI』を占拠しようとしたんだろうね? もう部員だったんだから、普通に部活どうすればよかったじゃん」
サナちゃんの疑問はもっともらしく聞こえた。
きっと、ホムラさんには何か考えがあったんだろう。
「そのあたりは、私たちもわからないわ」
ヒメちゃんがそう答えた直後、きれいに並んだ牌山がせりあがった。
サイコロを振る。出目は8。そこから配牌が行われた。
東四局 一巡目 東家 ナナミ 38900点 ドラ表示:八筒
赤五萬 七萬 八萬 三筒 五筒 五筒 一索 六索 八索 九索 南風 西風 緑發 紅中
直後、部室のドアが開いてナギホさんが返ってきた。
「ただいま」
「お疲れさまです」
一同の声がそろう。
「ナギホさん、ホムラさんがいたころの『NANA☆HOSHI』ってどんな感じだったんですか?」
サナちゃんが突然、ド直球を投げて質問した。
わたしは少しひやひやしたけれど、ナギホさんは特に気を悪くした様子は見せなかった。
「そうね、楽しかったわ」ナギホさんはどこか遠い眼をする。「あの頃はみんなで青春してたって感じだったわ」
その答えは意外だった。とてもあんなおぞましい存在がいて、青春ができるのだろうか。
「なんでやめちゃったんですか?」
「ホムラには、ホムラの事情があるのよ」
ナギホさんはサナちゃんをたしなめるように答えた跡、タブレットPCに向かって作業を始めてしまった。
「そういえば、写真には5人映っていましたけど、他の方はどうしたんですか?」
わたしがたずねると、ナギホさんは一瞬動きを止めた。何かをつぶやこうと少し唇が動いた後、しっかりとした口調で答えた。
「――いろいろあってね。みんなやめちゃったわ」
わたしは息が詰まった。触れてはいけない部分に触れてしまったような感触がした。
「リーチ!」
そんな空気を打ち砕いてくれるように、ヒメちゃんは宣言した。
この点差なら、マンガンに振り込んでも1位はキープできる。裏ドラが乗るのは怖いが、差し込んでも問題ないだろう
。
一巡回した後、わたしは臭いところをついた。
「ロン! イーペーコードラ1は5200よ」
「はい」
ホーラ形 ヒメリ ドラ表示:八筒、裏ドラ表示:紅中
一萬 一萬 二萬 二萬 三萬 三萬 赤五筒 五筒 六筒 七筒八筒 二索 二索
ロン:五筒
リーチ 一翻
イーペーコー 一翻
ドラ 一翻 40符 三翻 5200
ナナミ 38900-5200=33700点
ヒメリ 22000+5200=27200点
キヨミ 22500点
サナエ 16600点
「ああっ! 抜かされたッス!」
「ナナみん、ずるい~!」
ヨミちゃんサナちゃんがわたしの差し込みで騒ぎ始めた。これも立派な戦術である。
2人は置いといて、わたしはナギホさんの方を向いた。
「いいんですか? その、呼び戻さなくても」
ナギホさんはもういつも通りの顔をしていた。カタカタとわたしたちの記録をパソコンに打ち込む。
「いいのよ。『NANA☆HOSHI』は何とか存続できたし、今、あたしは青春しているから」
ナギホさんの口調には、どこか誇らしげな感じがした。
――もうきっと、いろいろと折り合いがついたのだろう。
『NANA☆HOSHI』にどんな過去があったか知らないし、知りたいという気持ちはある。
けれど、もうナギホさんの中ではそれは楽しい思い出として残っているのだ。 今のわたしたちにできることはただ1つ。
――ナギホさんと新しい思い出を作っていくことだ。
「」ナギホさん、わたしと代わってください。ナギホさんの打ち方を見て学びたいので
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。あたしから学ぶことがあるのかしら?」
「なんてったって、『NANA☆HOSHI』の部長ですから」
「あたしも勉強したい!」
サナちゃんもわたしに同調してきた。それを皮切りに、みんな口々にナギホさんの打ち方を見たいと言い出し始めた。
「もう、みんなが抜けたらあたしが打てないでしょ! さあ、順番世順番!」
ナギホさんはヒマワリのような笑顔を見せて、卓に付いた。
「さあ、部長の実力、見せてあげるわ!」
「お願いします!」
そして、新しい勝負が始まった。




