第46話 てんいむほう、そしてけっちゃく
200点。それは会ってないような点差であるが、順位を決定するには充分すぎる差である。
こんなに僅差になるのは、今まで何回も麻雀を打ってきたが、初めてである。
――ここまで来たら、勝ちたい。
ナギホが『天才』と認めた、この目の前に座る少女に、勝ちたい。
それは欲望でもなんでもない、人として当然の心理だろう。
南四局 一巡目 東家 マリコ 26900点 ドラ表示:六索
三萬 五萬 五筒 六筒 七筒 二索 三索 四索 五索 六索 西風 白板 紅中 紅中
ここにきて早上がりの絶好な手が入ってきた。
この状況では、中の一翻で充分である
もはや迷いなどなかった。
西をそっと卓上に置く。
次のサナエちゃんの番、彼女も特に迷いもなく西を切り出した。
心が、ぞわりと動く。
ナナミちゃんの番、私の心を見透かしたように西をそっと突き出した。
スーフォンツレンター。最初の一巡、皆が同じ風牌を捨てることで成立する途中流局である。
流局となれば、次も私の親で開始されるが、次もこんな絶好な手が入るとは限らない。
この手は逃したくない。
私はハルメちゃんの方をちらっと見た。
少々戸惑った表情でツモ牌を手に加え、余剰牌を河へ差し出す。
その牌は、中だ。
「ポン!」
私は手元の中2枚を指ではじいた。
南四局 二巡目 東家 マリコ 26900点 ドラ表示:六索
三萬 五萬 五筒 六筒 七筒 二索 三索 四索 五索 六索 白板
副露:上紅中
災いが転じて福となった。
流れるようなイーシャンテンである。
一方で、忘れてはならないのは、サナエちゃんとナナミちゃんは二翻縛りということだ。
つまり、圧倒的に有利なのである。
このまま速度を上げて上がりたい。
この私の手、雀頭を作る必要があるので白を切りたい。一方で、タンキ待ちとするならば、白の方が圧倒的に上がりやすい。
私は悩みながらも、白を切った。早めにチュウチャンパイを出して速攻を気取られるのもよくないと判断した。
――いや、もうこの状況で速攻と思われない方がおかしい。
とにかく、牌効率が良い方がいいので、この手で間違いはないだろう。
その後は二、三巡無駄ヅモが続いた。それも字牌ではなく数牌だ。最悪、もうテンパイされていると感づかれてもおかしくはないほどの暴牌だった。
南四局 六巡目 東家 マリコ 26900点 ドラ表示:六索
三萬 五萬 五筒 六筒 七筒 二索 三索 四索 五索 六索
副露:上紅中
ツモ:四索
これで、テンパイである。問題は、三萬で待つか、五萬で待つか、である。
確率的にはどちらも同じだ。
私は天運を三萬に委ね、五萬を切り出した。ど真ん中の牌で待つよりはきっといいはずだ。
そう思ったのもつかの間である。
「リーチです!」
目の前の少女の澄んだ声が耳朶を打った。
あの子も、テンパイだ。しかも、二翻縛りを軽々と破る手の線源だ。
ここまで来ると、悪魔じみてるとさえ感じる。
私は絶好の流れでここまで来たはずだ。運という追い風を受けて、やっとテンパイしたのである。
しかし、目の前の少女もそうなのだろうか?
ホー ナナミ
西風 一索 三索 九筒 四筒 六萬リーチ
気づけば、彼女も何かに誘われるような無茶苦茶な捨て牌である。しかもこれがきれいに手牌から捨てられたものだと思うと、怖気さえ喚起させる。
あと一翻はピンフか、タンヤオか。
どちらもあり得そうだし、どちらもあり得なさそうである。
とてもではないが、私程度では手の内を読み切れない。
次のハルメちゃんの捨て牌は九萬だ。おっかなびっくり河へ捨てるが、ナナミちゃんは眉1つ動かさない。
南四局 七巡目 東家 マリコ 26900点 ドラ表示:六索
三萬 五筒 六筒 七筒 二索 三索 四索 五索 六索
副露:上紅中
ツモ:北風
次巡、私のツモ牌は、ションパイの北であった。
手牌の三萬もションパイである。リーチ者相手にはどちらも切りづらい位牌だ。
どちらかと言えば、北の方が振り込むリスクは低い。しかし、それはそっくりこちらの攻撃にもつながっている。北の方が振り込みにくいのだから、北で待っていた方が出上がりしやすいということだ。
いわば、攻めるか、守るかの選択である。
ナナミちゃんに対しては、三萬はスジなので、上がられるリスクは若干下がる。ただし、リャンメン待ちだった場合にのみ成り立つロジックである。
他方、こちらが三萬で待つメリットは特にないと言ってもいい。
だったら、北で待つ。
私は三萬を叩きだした。
一瞬、辺りを静寂が満たす。緊張の糸がピンと張り詰める。
なるほど、このぞくぞくとした感覚はたまらないわね。
今まではナギホの付き合いで打っていた感じもしたが、この一瞬、ナギホが一番近くに感じた。
しかし、快感もそれまでだった。
「ロンです!」
『無敵の女神』の声が響き渡った。
ホーラ形 ナナミ ドラ表示:六索
一萬 一萬 一萬 二萬 四萬 五萬 六萬 七萬 八萬 八萬 九萬 九萬 九萬
ロン:三萬
チューレンポートン 役満 32000
供託:1本
ナナミ 26100+33000=59100点
サナエ 26300点
ハルメ 19700点
マリコ 26900-32000=-5100点
――やく、まん?
それはあまりにも美しい手だった。
「ナナみん、やった~!」
「ちょっ、サナちゃん、抱き着かないでよ!」
途端、サナエちゃんが立ち上がって歓喜のダイブをした。私はただ茫然とそれを見ていた。
「ふつう、あんな手でリーチをかけるかしらね?」
私の横にナギホがそっと立ち、卓によりかかる。
「さあ、私には麻雀のことはよく分からないわ」
「あたしならリーチかけないわ。でも、マリコはあのリーチを見て、ピンフと思ったんじゃない? そしたら、スジ三萬は出やすいわね。リーのみがあり得ないこの局では、余計そう思ったんじゃない?」
とぼける私に、ナギホはもっともらしい御託を付けた。
「そうね。じゃあもともとで上がるつもりだったのかしら?」
「分からないわ。あの子に聞いてみたら?」
悪戯っぽく笑うナギホの顔がそこにはあった。それはまるで子供が自分だけの宝物を自慢するような面影があった。
「ナナみん、柔らかい~♪」
「さ、サナちゃん、ちょっとやめてよ!」
「……あれはほっといてもいいのかしら?」
「まあ、いつものことだから」
私とナギホは、似た者同士の笑顔を浮かべた。




