第45話 ようせいのごかご
トップと再会の点差が6900点という大接戦を迎えた親善試合も南三局一本場、いよいよ大詰めになってきた。
しかし、予断は許さない。吹けばひっくり返りそうな点差でも、運に左右されやすい麻雀では決して楽観視できない。最後の詰めを誤れば、逆転は夢のまた夢なのだ。
南三局 一本場 一巡目 南家 マリコ 24600点 ドラ表示:白板
五萬 一筒 五筒 六筒 六筒 八筒 一索 四索 八索 八索 八索 東風 南風
ツモ:九索
大事な時に限って、重たい手が入ってくるのが麻雀の常である。高めでタンヤオスーシャンテンだ。ピンフまでつけようと思うと結構苦労する。
逆転を視野に入れるならば、ここはリーチをかけて上がりたい。
そう思ったのもつかの間、次巡、南をツモってきた。バカゼでもジカゼでもある南――いわゆるダブナンがトイツになったのだ。南を3枚集めるだけで二本付くのだからタンヤオを捨ててでも狙わない手はない。
二巡目の終わり、ナナミちゃんは早々と七萬を手元から話す。さらに続けざまに四萬を切り捨てる。
序盤から萬子のおいしいところを切り続ける戦略――萬子のゼツイチモンかしら?
南三局 一本場 三巡目 南家 マリコ 24600点 ドラ表示:白板
五萬 五筒 六筒 六筒 八筒 一索 四索 八索 八索 八索 九索 南風 南風
ツモ:三索
ナナミちゃんがゼツイチモンで攻めてくる以上、彼女の手から零れる萬子で待ちたい。一方で自分の手は索子の染めても見えてこないでもない。そこまでの大物手はいらないが、最後の親番で失点のリスクを考えると、ここで大きな手を上がっておきたい気持ちもないわけではない。
――どうせなら、こちらも萬子のゼツイチモンで以降。
私は攻める気持ちで五萬を切り出す。
2人が萬子のゼツイチモン状態になると、1対1の戦闘様式が濃厚になってくる。中盤位以降、不要となってきた筒子や索子を切り出し始める頃に、ナナミちゃんと私の待ち牌は似通ってくるので互いに振り込むリスクが上昇するのだ。一方で、他2人は萬子が溢れてくるのが容易に予測できるので、漁夫の利と言わんばかりに攻めることもできるので、攻めに転じやすく、逆に萬子が安牌となるので守りにも簡単に対応できる。
完全に、私とナナミちゃんの間で火花を散らす中、私の欲しい南がサナエちゃんの手から出てきた。
「ポン!」
すかさず、私はフーロし、ダブナン二翻を確定させる。
続けて速攻の種は、ハルメちゃんから提供された。
「チー!」
自然と手に力が入る。
南三局 一本場 七巡目 南家 マリコ 24600点 ドラ表示:白板
五筒 六筒 六筒 四索 八索 八索 八索 九索
副露:二一三索、下南風
展開としては前局に似てきた。フーロだけ見れば索子の染め手に見えてくる。しかし、攻め手としては四、七筒も残っている。
しかも今回は逆転手である二翻も確定している。ナナミちゃんが索子の染め手だと油断したら一発で順位をひっくり返すこともできるのだ。
しかし、目の前の相手はそこまで甘いとも思えない。ナナミちゃんに振り込ませるには罠を張らなければならない。
ここから萬子で待つ手を作るのは難しいとなると、より一層索子の染め手をにおわせるのが一番である。
仮にサンフーロもすれば、捨て牌からも想像できるように索子のホンイツが濃厚になってくる。しかしことは単純ではなく、筒子で待つこともできるので、必ずしも筒子が安全だとは言えなくなってくる。
ナナミちゃんが萬子を捨てている間は安心できるだろうが、他2人にゼツイチモンを悟られている状態では、あまり功を奏しない。2人は自由に待ち牌を選ぶことができるので、どこからでも狙い撃ちにできる。その環境が逆に萬子を切りづらくっ察せるのだ。
そして、私は六索をツモってこのような形になる。
南三局 一本場 七巡目 南家 マリコ 24600点 ドラ表示:白板
五筒 六筒 四索 八索 八索 八索 九索
副露:二一三索、下南風
ツモ:六索
ここでホンイツ、イッツー、ダブナンのマンガン確定牌をツモってきたのだ。
ここまでの捨て牌を考慮するならば、索子は1枚も切っていないので、染め手であることはバレバレである。
攻めるか、守るか。
その永遠の問いを越えたところでも選択の余地はまだまだあるのだ。
攻めることはもう決まっている。
問題はストレートに高めを狙うか、罠を張って安めを狙うか。
前者はもうツモの上がりに期待するしかない。それでも攻撃力は十分でもちろん逆転できるし、最後の親番に余裕を持って臨める。しかし、後者は上がる確率が高い上、直撃も狙える。ただし、トップのナナミちゃんに直撃を浴びせないと逆転にならない。
高めか、安めか。
ここで六筒を切れば、索子が捨てられることはもう期待できない。
ここで六索を切れば、テンパイしていると思われる代わりにわなを仕掛けることができる。いや、九索を切った方が牌効率がよく、索子の染めてもでき上がりに近づくことはできたがまだテンパイしていないと思わせることもできる。
私は安めに照準を合わせた。
九索切りなら、二重に罠を張れる。1つは索子の染め手に見せかけた筒子待ち、もう1つは最悪筒子を先にツモってきたときに、四索切りで七索待ちの引っ掛けテンパイになるのだ。
九索を送り出して二巡後、五索が舞い降りてきた。
八索切りで四、七筒待ちのテンパイだ。今できる最大の理想形だ。
余剰となった八索を卓の上にさらした直後、指先がピリッとしびれる。
瞬間、心臓がドクンと脈打った。
――緊張している?
私にとってそれは珍しい感覚だった。
裁縫をしているときは、基本的に高い集中力を維持しており、取り返しのつかない布の祭壇も緊張する前にささっと済ませてしまう。今まではその思いっきりのよさが精神的な負担を軽くしていたのだ。
しかし、これは違う。サナエちゃんが1つ牌を持ってきて捨てる。ナナミちゃんが1枚牌を持ってきて捨てる。ハルメちゃんが持ってきて捨てる。自分の番が来るまでに少なくとも他人が3人も介在する。
その時間が、妙に息苦しいのだ。
ましてや勝利を左右しかねないこの状況だ。裁縫をしているときの緊張感とはまるで違う感覚が襲ってくる。
1度意識してしまうと、その呪縛からは容易に離れることはできない。
次の私の番が来るまで10秒もかからなかったと思うが、私の身体はすっかり毒されてしまったようだ。
上がれるかもしれないという期待と、上がられないでほしいという不安に。
これが、ナギホを癖にさせた感覚かもしれない。
それに木津郁の二、私は随分と時間がかかってしまったようだ。
――これが、麻雀の魔力なのね。
私はツモ牌を確認した後、そっと表に向けて手牌を倒した。
「ツモ! 500・1000の一本場は600・1100点で合ってるかしら?」
「はい」
ナナミちゃんとサナエちゃんが首肯した。
ホーラ形 マリコ ドラ表示:白板
五筒 六筒 四索 五索 六索 八索 八索
副露:二一三索、下南風
ツモ:七筒
ダブナン 二翻 30符 二翻 500・1000
積み棒:1本
ナナミ 27700- 600=27100点
マリコ 24600+2300=26900点
サナエ 26900- 600=26300点
ハルメ 20800-1100=19700点
瞬間、高まっていた心臓が爆ぜたような気がした。
今まで身体を縛り付けてきた緊張が一気に喜びへと変化する。
――こんなに、上がれることって快感だったかしら?
点数のやり取りを終えた直後、手元の表示板に目をやる。
ナナミちゃんとの点差は――たったの200点。
逆転こそできなかったものの、2位に躍り出てナナミちゃんに一層近づくことができた。
もし、逆転していたらこの感覚はどこまで空高く舞い上がるのだろうか。
それを感じてみたくて仕方がなかった。
そして、その感覚を得る最後のチャンスが訪れる。
南四局、私の最後の親番だ。




