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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第3半荘 びひんのたのみかた
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第39話 にほんのくさり

 流れが完全に傾いている中、渦中のマリコさんの親番がやってきた。

 気が付けば、わたしたち3人はヤキトリ(1度も上がらないこと)だ。

 ここでマリコさんに連荘されるようだと致命的になりかねない。

 何としても打開しなければ。

 わたしはじっと自分の手牌を見つめた。


東四局 一巡目 西家 ナナミ 22200点 ドラ表示:東風

三萬 四萬 五萬 八萬 八萬 九萬 五筒 六筒 六索 七索 八索 八索 西風

ツモ:八筒


 ピンフの配牌リャンシャンテン。ここにきて非常に有用な手が入ってきた。ツモ次第だが、マリコさんに一杯喰わせることができるかもしれない。

 わたしは迷わずジカゼである西を切り出す。

 その後も立ち上がりは安定な容貌を見せた。字牌と一、九牌が河に現れてくる。

 最初に動きを見せたのは、やはりマリコさんだった。四巡目から二萬切り。続けざまに手出しの六萬、――すでに九萬も出ているからゼツイチモンの気配だ。

 ゼツイチモンは萬子、筒子、索子のうち一色を完全に絶つ戦法だ。配牌とツモ次第だが、決して速度重視の攻め方とは言えない。

 それにしてもトップの親で子の攻めの姿勢――やはり只者ではない。


東四局 七巡目 西家 ナナミ 22200点 ドラ表示:東風

三萬 四萬 五萬 八萬 八萬 四筒 五筒 六筒 八筒 六索 七索 八索 八索

ツモ:七筒


 かくいうわたしも絶好な手が入ってきた。三、六、九筒待ちのピンフのテンパイだ。

 問題は、リーチをかけるかどうか。三、六筒ならタンヤオもつくので二翻上がり。九筒でもツモればメンゼンツモがつくので問題のない二翻上がり。

 ヤミ(リーチをかけないこと)で注意したいのは一巡以内のフリテンだけ。

 わたしは無理をせず、ヤミテンをとることにした。

 けれど次巡、場の局面は大きな本流を見せた。

「リーチ!」

 今まで動きを見せていなかったサナちゃんが初めて攻撃の頭角を現してきた。わたしたちがリーチをかけるということはリーチの他にも役があることが前提になってくる。しかもそれにドラは含まれない。だから、必然的に高い手になるということだ。

 今回のドラは南だから、サナちゃんが南を使って決めるリーチはファンパイが濃厚。そうなればドラが3つでマンガン確定。否が応でも意識させられる。

 おまけに南はションパイだ。誰が何枚持っているか不明な時点で南家であるサナちゃんのリーチは怖い。

 ――攻めるか、守るか。

 その永遠の問いを今までとは違った形で突き付けられた。


東四局 八巡目 西家 ナナミ 22200点 ドラ表示:東風

三萬 四萬 五萬 八萬 八萬 四筒 五筒 六筒 七筒 八筒 六索 七索 八索

ツモ:白板


 ここで白が通るかは怪しい。ハルメちゃんとマリコさんに対してはゲンブツだが、サナちゃんのジゴクタンキがあり得る。

 けれど、わたしに言わせればその可能性は低い。南の行方は気になるが、少し不本意だけれど、サナちゃんがそんな高度な技で攻めてきたことは今までにもない。せいぜい待ちのいいリャンメン待ちだろうとわたしは推測した。

 けれど、サナちゃんのリーチはいい追い風になっている。ここでマリコさんに一気にプレッシャーをかけたい。

「通らばリーチです!」

 わたしはツモってきた白をそのまま卓上に横にして置き、1000展望を差し出した。

 二翻以上の役を持つものが2人リーチをかけている。この状況下でもマリコさんが攻めてくるかどうかを見届けたい。

 リーチをかければその一巡以内に上がれればイッパツという役が付くが、星合女学院では偶然役として二翻縛りの解消にはならない。けれど、イッパツがつけば得点は跳ね上がるので、この一巡が大きな勝負の分かれ目だ。

 ハルメちゃんは少し悩んだ後、手出しの二萬。なかなか攻めてきている判断だ。あるいは単純に上がる可能性の低い牌を差し出しているだけなのかもしれない。今までの打ち方――牌の取り扱いや視線の動きなどを警戒してみたが、麻雀は打てるがそれほど勝負慣れしている感じはしない。

 問重要なのは、マリコさんの動向。ゼツイチモン状態で他家2人がリーチ状態。ここをどう切り抜けるかは見ものである。

 けれど、あっさり両社のゲンブツである西を切り出す。イッパツ防止用に抱えていたと考えられるうち筋だ。

 ――防御している?

 トップ目の親なら当然の戦略ではあるが、今までの打ち方と一変していてどこか違和感さえ覚える。

 その時、心底心理戦のうまい人だと私は感じた。

 違和感を植え付けること。それは心理戦のもっとも基礎的で最も重要なことだ。この人はこういう攻め方をする人というイメージをつかむことは勝利への近道となる。けれど、その前提が揺らぐようなことが起これば、自分の信念に揺らぎが生じ、行動を狂わせ、足をすくわれる事態になりかねない。

 だからこそ、マリコさんのここにきて打ち方のスタイルを変えてきたのは上手な心理戦のトリックになる。

 もっとも、それはトップである余裕が生んだのかもしれないけれど。

 どちらにしても、わたしとサナちゃんはリーチという形で心理戦から除外された。もう機械的に上がり牌を探しに行くしか方法はない。

 けれど、制約は時として心の安寧につながる。ここで仮にサナちゃんに振り込んだとしても、もうそれは避けられない道と割り切ることができるのだ。

 わたしのリーチしてからの一発目のツモは――一筒。

 そう、機械的に切るしかないのだ。

 なのに、心の内側がざわめく。

 ――誤った!

 それは直感に似たひらめきの一部だった。

 わたしはさりげない動作ですっと一筒を河へと置く。

「ごめんなさいね」マリコさんがふっとほほ笑んだ。「ロン! ハツ、イーペーコードラドラはオヤマン、12000点余」


ホーラ形 マリコ ドラ表示:東風

一筒 一筒 三索 三索 四索 四索 五索 五索 南風 南風 緑發 緑發 緑發

ロン:一筒

ハツ     一翻

イーペーコー 一翻

ドラ     二翻   50符 四翻 満貫 12000

供託:2本


マリコ 41200+14000=55200点

サナエ            =20900点

ハルメ            =14700点

ナナミ 21200-12000= 9200点


 考えてみれば当然の結果だった。

 ここまでの流れをくみ取ればマリコさんが圧倒的に有利なのは目に見えていたし、攻めずにじっくりと機会をうかがうのがセオリーだった。

 冷静なわたしはこの感情の名前を知っている。

 ――焦りだ。

 流れを変えたいという機運が高まって調子に乗り、手を出すべきタイミングではないところで動いてしまった。心の温かい部分に残っている不安と焦燥感が判断力をマヒさせ、早まった行動に突き動かされてしまった。それが結果的に親のマンガンに振り込むという大きな失策を招いてしまった。

 しかも気づけば狙ったかどうかは定かではないが、マリコさんの今までの上がりはほとんどが二翻以上。仮に全員二翻縛りだったとしても結果は大きく変わらない勝負だ。その事実がわたしの焦燥感をさらなる上野次元に持ってくる。

 けれど、同時に心の中で何かが覚醒した。

 焦りを客観視する自分。そして、その焦りから来たミスでさえ大きな力に変えてしまう自分。

 麻雀で、点数が大きく動いた時が最大のチャンスだ。

 上がったマリコさんは大きな得点差に高揚感を覚えているはずだ。

 そこに、付け入る隙がある。

 わたしの頬の裏側で奥歯がかちりと鳴った。







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