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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第1半荘 はじめてのまーじゃん
4/108

第4話 かんとりーち、たんやお

 女王ホムラの上がりによって、連チャンとして彼女の親番で再び局が始まった。

 前局の痛烈な一撃によって、わたしの持ち点は8100点。始まりの時に持っていたときよりも大きく点棒を減らしている。最初の持ち点、25000点から数えても絶望的だ。

 そして、わたしの番が来た。


東二局 一本場 一巡目 西家 ナナミ 8100点 ドラ表示:六萬

二萬 六萬 一筒 五筒 六筒 七筒 九筒 七索 南風 西風 白板 白板 紅中

ツモ:九萬


 ――この点差で、これは厳しいかもしれない。

 素人目で見ても、あまりよくない気がする。五、六、七筒と、白2枚がそろっているとはいえ、他の牌が全然そろっていない。

 仕方ない。どちらにしても、役を知らないわたしが何点か見積もるのは至難の業だから、まずはとにかく上がりを目指さなければ。

 戦術としては、さっきの二局と同様に、余計な字牌の南、西、中から整理していこう。

 この白はおそらく緑色の發、赤色の中と同じ部類の字牌だろう。だから、3枚そろえたら役がつく、と思う。先ほどの女王ホムラのように、誰かが白を捨てたらポンすればいい。

 それと、ドラは重ねたい。ドラをそろえるだけでも得点が高くなるのだから、役を知らないわたしの攻撃の主軸はドラになるだろう。

 幸いにも、今回のドラはわたしでも予想できた。六萬の次だから、七萬だ。ドラ七萬を連番として抱えられる六萬や九萬は残しておきたい。

 その後、わたしは自分で白い牌を取ってきた。これはかなりラッキーだ、と思った瞬間、場が急に動いた。

「ポン」

 わたしの左側に座るカチューシャのヒメリが竹の八をポニテのキヨミから奪う。女王ホムラの順番が飛ばされた。わたしにとってもいい展開だ。

 けれど、油断はできない。

 麻雀は一瞬のうちに勝負が進む。一回目は様子見だから十回以上牌を入れ替えるチャンスがあった。それに対して二回目はそんなに悠長な時間はなかった。だから、慎重に、けれど、女王ホムラよりも早く上がらないといけない。

 次のヒメリの番、新たな局面を見せる。

「カン」

 淡々とヒメリが動く。持ってきた竹の八を自分のポンしてさらした牌に重ねた。

 ――4枚目の竹の八!

 麻雀で使われる同じ牌は4枚。つまり、竹の八すべてがヒメリが握っていることになる。

 それだけではない。ヒメリはその後、ドラが表示されている山から1枚牌を手元に加え、ドラの隣の牌を表に向けた。その牌は竹の二。

 ――まさか、これは!

「新ドラ、三索ね」

「ヒメリ、積極的ッスね!」

 カチューシャのヒメリの言葉に、ポニテのキヨミが上機嫌になる。もしかしたら、キヨミは竹の三をすでに持っていたのかもしれない。


東二局 一本場 六巡目 西家 ナナミ 8100点 ドラ表示:六萬、二索

二萬 三萬 六萬 九萬 一筒 五筒 六筒 七筒 九筒 七索 白板 白板 白板

ツモ:二筒


 残念ながら、わたしの手牌は新しくできたドラとは無縁とも言えそうだ。

 それどころか、上がりの形すらまだ遠い。

 けれど、ヒメリが行ったカンという行為はかなり魅力的だ。

 ポンやチーと違って、宣言しても新しく牌をもらってくることができる。その上、新しくドラが増えるということは、得点が高くなりやすくなる。

 そして、もしわたしが白を持ってくるか、誰かが白を捨てた時に、わたしもカンができる。そうすればドラの数が増えて、わたしのこの手だって大きな手に化けるかもしれない。

 もう一つ、注意すべきことがある。わたしの持っている竹の七が使いにくくなったのだ。

 同じ牌が全部で4枚しかないのだから、竹の八がすべてヒメリの手に落ちたことで竹の八が壁になり、竹の七が一、九の数牌のように使いにくい端っこの牌になったのだ。

 何となくだけれど、打っていて気づいたことがある。一と九の使いづらさが分かってきた。


東二局 一本場 八巡目 西家 ナナミ 8100点 ドラ表示:六萬、二索

二萬 三萬 六萬 一筒 二筒 五筒 六筒 七筒 九筒 九筒 白板 白板 白板

ツモ:五萬


 同じ一、二、三をそろえるにしても、一、二での待ちと二、三での待ちでは訳が違う。

 一、二での待ちなら三を持ってくるしかないけれど、二、三での待ちなら一の他にも四を持ってきても3枚一組ができる。だから、二、三で待っている方が効率がいいのだ。

 どうしても一、二、三の形でそろえないといけない時以外なら、二、三のような形に積極的に持ち込みたい。

 特に、今のわたしの手牌の形は、序盤に比べたらずっとよくなってきたと思う。


東二局 一本場 九巡目 西家 ナナミ 8100点 ドラ表示:六萬、二索

二萬 三萬 五萬 六萬 二筒 五筒 六筒 七筒 九筒 九筒 白板 白板 白板

ツモ:四萬


 ――この牌を待っていた! 今ここで持ってきた四萬はかなり強い。

 二、三、四萬の3枚一組に注目すれば、残りの五、六萬で四、七萬を待つことになり、四、五、六萬の3枚一組に注目すれば、残りの二、三萬で一、四萬を待つことになる。

 つまり、この二から六までの連番をそろえれば、一、四、七の三種類の牌で待てることになる。

 だから、仮にそれらの牌が1枚も出ていなければ、一の4枚、すでに持っている分を除いた四の3枚、七の4枚、合計11枚で待てることになる。

 今までの待ち方よりはるかに高い確率で待てるようになるのだ。

 わたしは硬貨の二を卓上に置き、上がり牌である一、四、七萬が出てくるのを待つ。

 一萬はすでに3枚切られているけれど、使いづらい一なので、誰かが捨てるかもしれない。

 さらに、七萬で上がれたらドラがついて得点が高くなる。

 こんなに絶好の待ちはない。これなら女王ホムラよりも早く上がれるはずだ。

 そう考えていると、胸の奥が熱くなってきた。張り詰めた緊張感の裏側で、熱を持った感情が膨らんでいく。

 そういえば、こんな気分はいつ以来だろうか。いくら上がるチャンスをつかんだとはいえ、自分は今、下手をすれば負けるかもしれない絶体絶命のピンチに置かれているのだ。

 浮かれていい場面ではない。けれど、自然と気分が高揚してくる。

 何だかよく思い出せない高揚感を胸の鼓動と感じながら、わたしは少し汗ばんだ手を握り締めた。

 ――そうか、今わたしはテンパっている。そう、連チャンと一緒で確か語源は麻雀だと聞いたことがある。

 テンパイ、つまり、あと一つで上がり、という高揚感だ。

 ちょっとした充足感が表情に出ないように我慢する。わたしがテンパイになっている、つまり、テンパっていることがバレたら、上がれるものも上がれなくなってしまう。

 そんな私をよそに、女王ホムラが動き出した。

「――リーチ」

 自分の捨て牌を横に向けたかと思うと、赤い丸の点棒を一本卓上に放り投げた。

 わたしの体中の熱は一気に冷め、警戒せよと心臓の鼓動が伝えてきた。

 ――リーチ、ということは、女王ホムラもテンパイしているのだろうか。

 けれど、これは厄介だ。わざわざ自分がテンパイしていることを伝えるのだから、それなりのリターンがなければそんなことはしない。

 それなりのリターン、すなわち、役がつくということだろう。

 リーチを宣言すれば、他の人が警戒し始めるから、自然と他の人の捨て牌で上がりにくくなる。

 しかも、女王ホムラが卓に置いたのは1000点の棒だ。1000点支払うのだから、それだけ高い役になるのかもしれない。

 女王ホムラの手は、それだけのリスクを負う価値があるということだ。

 ――そう、きっと今のわたしの点数をすべて持っていくには十分なくらいの価値がある。

 わたしの持ち点がゼロになれば、わたしの負けは確定するだろう。それを考えると恐ろしいほど窮地に立たされたことになる。

 ここまで来ると、もう天運に任せるしかないのだろうか。

 けれど、わたしはその諦めかけた手を止めることはなかった。

 無理やり体を動かすその勇気が、わたしに力をくれた。


東二局 一本場 十巡目 西家 ナナミ 8100点 ドラ表示:六萬、二索

二萬 三萬 四萬 五萬 六萬 五筒 六筒 七筒 九筒 九筒 白板 白板 白板

ツモ:白板


 持ってきた牌を見たその刹那、わたしは天命を確かに感じた。

「カンです!」

 わたしは勢いよく手牌の白をすべて表に向けた。ためらいはなかった。

「えっ!?」

「マジッスかっ!?」

 ヒメリとキヨミが驚きの声を上げた。

 けれど、わたしと向かい合う女王ホムラは笑みを見せる。

「――面白ぇ。正気の沙汰じゃねぇな。無知ゆえの愚行か、それとも、女神の啓示か」

 わたしは構わず、ドラ表示牌をさらに1枚めくる。これでドラは合計三種類。新しいドラを示す牌は中。發が中を示すのだから、中が示す牌はきっと――。

「「「ドラ4!?」」」

 三人の驚嘆が重なった。

 やっぱり、とわたしは内心ほくそ笑む。わたしの手は一気に大物手に化けたのだ。

 わたしはそのままの勢いで、ヒメリがカンした時に持っていった場所の牌をつかむ。

 親指の腹でそっと牌の表面をなぞるだけで、絵柄がへこんでいる麻雀牌の種類がわたしの目的の牌ではないことくらいすぐに分かった。

 だから、この勢いは殺さない。

 わたしはその牌を見ずに切り捨てた。

「リーチです!」

 わたしは捨て牌の東を横に向けて置き、赤点棒を叩き出した。


東二局 一本場 十一巡目 西家 ナナミ 7100点 ドラ表示:六萬、二索、紅中

二萬 三萬 四萬 五萬 六萬 五筒 六筒 七筒 九筒 九筒  

副露:暗槓白板

打牌:東風


 ――どうせ上がられたら負ける。それならば、わたしも攻める!

 今は女王ホムラの親番だ。親は上がれば高い得点を得る代わりに、上がられた時は子よりも大きく点を支払うことになる。

 だから、これは逆にチャンスだ。この1000点は結構重い対価だけれど、支払う価値は十分ある。

 この手で、女王ホムラに迫る。肉を切らせて骨を断つ!

 わたしの打牌の直後、場の空気が一瞬にして張り詰めるのを感じた。当然だ。ドラを4枚も持っていることを示している上にテンパイ宣言だ。

 ポニテのキヨミが牌を捨てる。わたしの様子を横目で見ながら牌を捨てる様は確実にわたしを警戒、いや、恐怖している。

 けれど、キヨミが捨てたのは硬貨の三。わたしが微動だにしないのを確認するとほっと溜め息を洩らした。

 それに比べて女王ホムラは至って冷静に山から持ってきた牌を卓上に切り出す。わたしが女王ホムラの上がりを心配する暇さえ与えない、淡々とした落ち着いた牌さばきだった。

 その牌は五萬。わたしの上がり牌をかすめはするけれど、ギリギリ当たらない。こういう牌を平然と通すのだから、女王ホムラの胆力も半端ではない。

 次は、カチューシャのヒメリの番。山から牌を持ってきて手牌に重ね、少し考え込んだ後、結局その牌を捨てた。

 そしてわたしの番。わたしは牌の山に手を伸ばす。

 ――感じる。次、わたしが持ってくる牌はわたしの上がり牌だ。この手の予感は間違いない。

 今までの経験と同じ。勝負どころで感じる決戦の予感だ。

 ――この手で、女王ホムラを超える。『無敵の女神』の威厳を、この手で見せる!

 けれど、その手が止まった。自然と止まってしまった。勢いが、死んだ。

「ローン! タンヤオドラドラの一本場は5500点ッス!」

 キヨミが高らかに声を上げて、自分の手牌を倒した。


和了形 キヨミ ドラ表示:六萬、二索、紅中

三萬 三萬 三萬 五萬 六萬 七萬 七筒 七筒 三索 四索 五索 六索 七索

ロン:二索


タンヤオ 一翻

ドラ   二翻

40符 三翻 5200

供託:2本

積み棒:1本


ホムラ             41700点

キヨミ 24500+7500=32000点

ヒメリ 24700-5500=19200点

ナナミ              7100点


 ――あと一歩、届かなかった。

 けれど、わたしが失ったのは1000点。その犠牲は決して無駄ではない。

 女王ホムラの親番が終わった。それだけでも、大きな危機は去ったのだ。

「惜しかったッスね~、『無敵の女神』ちゃん。先に上がらせてもらったッスよ!」

 キヨミがさっきとは打って変わってご機嫌な表情を見せながらヒメリから点棒を受け取り、卓の真ん中に置かれた二本のリーチ棒を拾う。

「しかし残念だったッスね~! イッパツツモればバイマン、裏が乗ればサンバイマンだったッスね! それどころか大事なリー棒もらっちゃってすまないッスね~!」

 くすくす笑いながら、キヨミが饒舌に笑う。挑発のつもりなのか、ただこの子の素の姿なのかは分からないけれど、まあ仕方ない。悔しい気持ちはあるけれど、まだまだ逆転のチャンスはあるはずだ。

 気持ちを切り替えないと。そうしなければ、来るべきチャンスも来なくなる。

 勝負事で一番大切なことは、心理状態だ。それをもう一度自分に言い聞かせる。

 確かに今はチャンスだったし、そのチャンスを逃したのも事実だ。今すべきことは、チャンスを逃したことを悔やむのではなく、なぜ逃したかを分析することだ。

 わたしは重要なことを見落としていた。

 わたしは別に女王ホムラとだけ戦っているのではない。女王ホムラの言葉に惑わされて一対一で戦っている気分だったけれど、麻雀は四人で点数を競うものだ。ヒメリや今のキヨミのように、他の人の上がりも考慮しなければならない。

 そのことに気づいただけでも、1000点は安い買い物だったかもしれない。

 さらに、裏を返せば、ヒメリやキヨミから上がってもいいのだ。無理に女王ホムラを直接狙わなくてもいい。

 ただ、気をつけないといけないのは、麻雀の点数には限界があるということだ。

 一人25000点持ちであるから、四人合わせて10万点。それを取り合うのだから、女王ホムラが50000点を越えるようなら、直接対決も辞さなくなる。

 まだ女王ホムラは50000点を越えていない。チャンスは思ったよりも大きそうだ。

「――お前、できるのか?」

 わたしが黙って考えていたら、女王ホムラの冷徹な声が響いた。その言葉にキヨミはきょとんとした顔で、ヒメリが横目でちらっと女王ホムラの方を向いた。

 女王は淡々と語る。

「お前、アンカンの晒し方も知らねぇような初めて麻雀をしている状態で、ヒメリのたった一度のカカンを見ただけでアンカンし、リンシャンを見もしないで即リー、しかも親リー相手にションパイの東でそんなことできるのか?」

 女王ホムラの言葉の端々は意味が分からない。けれど、その言葉を聞いたキヨミとヒメリはすっかり固まってしまった。その顔には笑顔はなく、驚愕するような、あるいは恐怖するような表情を見せている。

 わたしに分かることは二つ。

 わたしは今、絶望的なまでに負けに近いこと。

 そして、女王ホムラは、わたしが『無敵の女神』と呼ばれる所以に気づいて、自分が圧倒的に有利であるにもかかわらずわたしを警戒していること。

「――ナナミ、お前はこんなもんじゃねぇだろ? 真の力、もっと見せてみろよ」

 女王ホムラがにたりと笑った。


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