第37話 さいほうのおに
二局目にしてわたしの親版がやってきた。
全曲、マリコさんに上がられてしまった分もあり、ここはしっかりと得点しておきたい。
東二局 一巡目 東家 ナナミ 23700点 ドラ表示:九萬
三萬 六萬 八萬 二筒 三筒 四筒 四筒 九筒 一索 三索 六索 八索 九索 東風
―――またパッとしない、煮え切らない手だ。迷わせる候補がいくつもある。
まずはダブトン。3枚そろえるだけで二翻縛りをあっという間に打ち破ってくれる貴重な牌だ。1枚しかないとはいえ、早々に切り出せばもったいないことになりかねない。
次におぼろげに見えてくるのは七―八―九のサンショク。うまくチャンタを絡めることができればフーロをしたって二翻になる。サンショクがつかなくてもジュンチャンに届けばそれでも十分だ。
チャンタを考えると六萬、四筒、六索辺りをたたき出したいが、リーピン(リーチ、ピンフ)を狙うなら愚行でしかない。だからといって浮いた三萬も一―二―三のサンショクやチャンタのことを考えるとうかつには切れない。
初めから終着駅を決めないといけない難しい手だ。
ひとまずわたしは、三萬を手から追放する。初手のチュウチャンパイ切りは警戒はされやすいが、リーピンとチャンタの両方を考慮するならばこれが最善主だとの判断だ。
わたし以外の3人は北、中、南とあっさり字牌を整理してあっという間にわたしの番だ。
東二局 二巡目 東家 ナナミ 23700点 ドラ表示:九萬
六萬 八萬 二筒 三筒 四筒 四筒 九筒 一索 三索 六索 八索 九索 東風
ツモ:四索
また何とも悩ましい牌を積もってきた。
数瞬間が得た後、自分ばかりが最初から考えてばっかりでバカらしくなってきてしまい、素直にチャンタはあきらめることにした。
一索を切り出し、無難な立ち上がりに復帰する。その後も順調に順番を重ね、手を整えていく。
五巡目にして、ついに特急券である東を捨てた。直後、ハルメちゃんとマリコさんが続けざまに東を河に捨てる。
この瞬間、わたしの中で渦巻いていた不安が1つの答えとなって帰ってきた。
――少なくともマリコさんは、麻雀に慣れている。
全曲の上がりといい、ションパイの東をしっかりと抑えているあたりといい、麻雀やったことあります! といったレベルは明らかに超えている。
ナギホさんの友人だ。基本はおろか、自分の打ち方のスタイルを持っていると考えてもおかしくはないだろう。
だから、並みの打ち手とは思わないほうがいい。
ちらっとマリコさんの様子をうかがう。柔らかで暖かな笑顔、くりっとした丸井瞳。どこか親しげなその笑みは一方でしたたかな強さを感じさせる。
それに比べてサナちゃんは、いかにもヤオチュウハイを捨て終わりました、といった顔でドラ一萬をためらいなく切り出している。――なんというか、もうちょっと緊迫感を持ってほしい。
さて、
東二局 六巡目 東家 ナナミ 23700点 ドラ表示:九萬
六萬 七萬 八萬 二筒 三筒 四筒 四筒 三索 四索 六索 八索 八索 九索
ツモ:八索
そろそろ手が早い人はテンパイしていてもいい頃合いだ。
気づけばなんてこともない。わたしは平凡なタンヤオに落ち着きつつある。
場の状況にも目立った痕跡がない以上、下りる理由はどこにもない。
九索を落としてイーシャンテンを取ろうと思った矢先、ふと手が止まって視線がマリコさんへの河へと動いた。
ホー マリコ
紅中 西風 九索 白板 東風
何の疑問の余地もない凡庸な手だ。けれど、わたしの心には九索が引っ掛かった。
―――きっと、彼女もタンヤオを狙っている。
それは根拠のある推論ではなく、直観に近いものだった。
わたしはマリコさんに対してゲンブツとなる九索を手に抱え、四筒を切り出した。
その巡目だった。
「リーチ!」
マリコさんの柔らかな声が響き渡る。
――手作りが早い!
前局もそうだったが、マリコさんはテンパイまでの速度が圧倒的に早い。それがメンゼンでも、フーロをしても。
この力の差に、わたしはそれ以上のものを感じていた。
――流れが悪い。序盤から完全にマリコさんのペースだ。
何としても、この流れを変えたい。
東二局 七巡目 東家 ナナミ 23700点 ドラ表示:九萬
六萬 七萬 八萬 二筒 三筒 四筒 三索 四索 六索 八索 八索 八索 九索
ツモ:二索
ここにきてテンパイ。六索切りなら九索タンキ、九索切りなら六、七索の多面待ちだ。
もちろん迷わない。流れを逃さないためにも。
「リーチです!」
九索とともにリーチ棒を卓上に差し出す。親の追っかけリーチだ。しかもリーチ、タンヤオの二翻確定。出上がりもできる良好な手だ。
これならマリコさんとも対等異常に渡り合える。
東、三萬、九筒と牌が切られ、わたしの番になる。
――これで上がればイッパツツモ!
牌山にそっと触れ、自分のツモを手牌の上に重ねる。
東二局 七巡目 東家 ナナミ 23700点 ドラ表示:九萬
六萬 七萬 八萬 二筒 三筒 四筒 二索 三索 四索 六索 八索 八索 八索
ツモ:三筒
途端、背筋にぞくりと冷たいものが走った。
――逃した?
確かにイッパツツモはつかなかったし、三筒はマリコさんに対しては危険牌である。
けれど、リーチをかけた以上、手を変えることは許されない。
わたしは三筒を卓上にそっと晒した。
一瞬、静寂が訪れる。
けれど、何事もなかったかのようにハルメちゃんが積もった。
――気のせい、だったかな?
その後も沈黙は続き、牌の鳴る音と麻雀部員が掃除を続ける音だけが辺りの緊張を満たしていた。
そして、ハルメちゃんの手から六索が出てくる。――わたしの上がり牌だ
「ロンです!」
すかさずわたしは宣言した。これで3900点の上がり。
けれど、これでは終わらなかった。
「ロン! アタマハネね」
マリコさんが柔らかな笑顔とともに鮮やかに手牌を倒した。
ホーラ形 マリコ ドラ表示:九萬 裏表示:五索
二萬 三萬 四萬 五萬 五萬 五萬 五筒 六筒 七筒 三索 四索 五索 六索
ロン:六索
リーチ 一翻
タンヤオ 一翻
ドラ 二翻 40符 四翻 満貫 8000
供託:2本
マリコ 29200+10000=39200点
ナナミ 22700点
サナエ 22400点
ハルメ 23700- 8000=15700点
わたしの上がり牌はあっさりと奪われてしまった。
星合女学院麻雀部では、アタマハネを採用している。二家がロンを宣言したとき、上家(ここでは順番の近い側)の上がりのみを認めるというルールだ。すなわち、ハルメちゃんから順番の近いマリコさんの上がりのみを認めることになる。
ここでのホーラ(上がり)不成立はかなりこたえる。わたしが上がっていればウラドラも乗ってマンガン手になっていたからだ。逆転のチャンスを逃したといっても過言ではない。
けれどこれは結果論。偶然上がり牌が重なってしまったから起きてしまった悲劇に過ぎない。
上がられこそはしたものの、主導権はまだ完全に握られていないはずだ。
ふぅっと1つ大きな深呼吸を入れる。
「えっと、じゃあ親版やらせていただきます」
ハルメちゃんが少し動揺を見せた声音でそっとサイコロケースのボタンを押した。
今の上がりで痛い目を見たのは何もわたしだけではない。
次こそ、次こそはしっかりものにしなければ。




