第23話 ぴんふいがいのみち
前局、ナギホさんはピンフ縛りという条件をもろともせず、鮮やかな上がりを見せた。
これが偶然か、はたまた圧倒的な力量差なのかは、今後の戦いではっきりするだろう。
ナギホさんによってサイコロが振られ、新しく牌が配られる。
この淡々とした作業が新しい局が始まるたびに行われる。この時間がわたしは好きだ。牌と牌がぶつかる音だけが存在を許される静けさが、勝負への緊張と集中力を高めてくれる。
そして、麻雀の勝負の始まりは、えてして静寂で予断を許さない。
ナギホさん、ヨミちゃんが牌を切り出して、わたしの番が来た。
東一局 一本場 一巡目 西家 ナナミ 24300点 ドラ表示:西風
一萬 三萬 四萬 一筒 二筒 三筒 七筒 八筒 五索 六索 七索 九索 北風
ツモ:白板
わたしの配牌はシュンツが二つとリャンメンターツが二つ。ジャントウはないけれど、ドラの北がジャントウ候補にもなる結構いい手だ。
――ただし、ピンフで上がれないという条件がなければ、だけれど。
とりあえず、わたしはシャンテン数を数えてみる。
シャンテン数は、上がるまでの道を図る大事な情報だ。
あと1枚で上がれる状態をテンパイと呼び、テンパイまでの必要な牌の数をシャンテン数で表す。あと1枚でテンパイならイーシャンテン、あと2枚でテンパイならリャンシャンテン……といった具合だ。
わたしのこの手、ジャントウを作るのに1枚、あとメンツを作るのに1枚必要だから、あと2枚でテンパイ、すなわちリャンシャンテンだ。
けれど、わたしはまだまだこの勝負における有効な筋道がつかめていないでいる。
ピンフを使わないで上がる、という目標へのアプローチがいまだに見当もつかないのだ。
その条件を頭に置いておくと、字牌は残しておきたいし、リャンメンターツは崩したくなる。
正攻法でテンパイを目指して最後にピンフを避けるか、始めからピンフを避ける形で打つか。
どちらが合理的か分からないけれど、決断はしないといけない。
結局、わたしは前者を選択し、ツモってきた白を河に捨てた。
それを見たわたしの右に座るヒメちゃんが牌山へと手を伸ばして、1枚手に加える。
――そういえば、ヒメちゃんは前局、早々とポンとチーを仕掛けてきた。
何もそれは、条件のないヒメちゃんとヨミちゃんの二人の特権ではない。
「チーです!」
わたしはヨミちゃんが九筒を捨てるのを見て、反応した。
東一局 一本場 三巡目 西家 ナナミ 24300点 ドラ表示:西風
一萬 三萬 四萬 一筒 二筒 三筒 五索 六索 七索 九索 北風
副露:九七八筒
何も役なしリーチをわざわざ狙いにいかなくてもいい。
この手なら、一、九、字牌を四メンツ一ジャントウに含めるチャンタが狙える。あるいは、少し遠回りになるけれど、七、八、九のサンショクだって候補になる。
この手の役はフーロ、すなわちポンやチーなどをすると一翻差し引かれる。つまり、早く上がれる代わりに点数が低くなるのだ。
けれど、これはわたしにとって大きなアドバンテージだ。
ピンフの条件の一つとして、メンゼンであることが挙げられる。
メンゼンとはポン、チー、ミンカンをしていない状態のことである。
つまり、わたしはポンやチーをしてしまえばピンフで上がらないという条件は自動的に達成されるので、余計な心配をする必要がなくなるのだ。
そればかりか、ピンフで上がらないといけないナギホさんはフーロができない。上がりの速度に圧倒的な差ができる。
「チーです!」
わたしは再び動き出した。
東一局 一本場 七巡目 西家 ナナミ 24300点 ドラ表示:西風
一萬 三萬 一筒 二筒 三筒 五索 北風 北風
副露:八七九索、九七八筒
――これでチャンタのテンパイ。ドラが2枚もあるし、流れとしては結構いい。
わたしは何のためらいもなく五索を切り捨てる。
けれど、わたしは知っている。
ここからが遠い。
わたしはリャンフーロして、七、八、九をそろえていることをターチャにアピールしている。こんな手を見せつけられれば、チャンタ狙いなのは簡単にバレてしまう。
そうなれば当然、ターチャはチャンタに使えそうな牌は切ってこなくなる。つまり、出上がりがしづらくなるのだ。
今のわたしのフーロなら、チャンタなしのサンショクもあり得るように見える。けれど、マンズの七、八、九が大量に見えている人にとってはその可能性は低くなってしまう。結局、チャンタ狙いは見え見えなのだ。
ましてや、わたしの捨て牌を見れば四萬、六索の出が早いので、チャンタ狙いはほぼ確実と読まれてもおかしくない。
自分で上がり牌である二萬を引いてしまえば問題ないのだけれど、そうは問屋が卸さない。
東一局 一本場 十巡目 西家 ナナミ 24300点 ドラ表示:西風
一萬 三萬 一筒 二筒 三筒 北風 北風
副露:八七九索、九七八筒
ツモ:六萬
三巡続けて無駄ヅモだ。入部試験で十試合も打ったから分かるけれど、こういうことはどうもよくある。
それよりも、そろそろナギホさんの動向が気になる。
わたしはリャンフーロの上、積極的に四、五、六の牌を切り出している。いずれの役牌も2枚以上見えているし、他三人はわたしがチャンタでテンパイしているとほぼ確信しているだろう。
そうなると、ロンするのは難しい。
しかも、次のナギホさんの捨て牌は、五萬。チュンチャンパイの捨て牌が多くなってきたということは、テンパイしていると考えてよさそうだ。
こうなると結構まずい。
ナギホさんはピンフを絡めてくるので確実にリャンメン待ちでテンパイしている。リャンメン待ちの待ち牌は最大で二種類8枚、わたしのカンチャン待ちは二萬だけの4枚。ナギホさんの方が2倍も上がりやすいことになる。
「リーチッス!」
ナギホさんに気を取られていると、ヨミちゃんが再び仕掛けてきた。
捨て牌は、二萬!
「ロンです!」
わたしはすかさず上がりを宣言し、手牌を倒した。
和了形 ナナミ ドラ表示:西風
一萬 三萬 一筒 二筒 三筒 北風 北風
副露:八七九索、九七八筒
ロン:二萬
チャンタ 一翻
ドラ 二翻
30符 三翻 3900
積み棒:1本
ナナミ 24300+4200=28500点
ナギホ 28100点
ヒメリ 24300点
キヨミ 23300-4200=19100点
「チャンタ、ドラドラ、3900点の一本場は4200点です!」
「げっ、マジッスか!?」
何とかナギホさんより早く上がり、ヨミちゃんから点棒を受け取る。
麻雀の上がり点については、ここ十回の半荘で理解した。
上がり点は『符』と『翻』で決まる。
まずは、符に4をかけて本数の数だけ2をかけると基本点が得られる。
(基本点)=(符数)×4×2^(翻数)
今回のわたしの上がり点で計算すると、こうなる。
30(符)×4×2^3(翻)=960(点)
つまり、わたしの今回の手の基本点は960点である。
次に親か子か、ロンかツモかで点数が変わる。
子の場合、ツモなら親から基本点の2倍、子から基本点をもらえる。ロンならロンした人から基本点の4倍がもらえる。そして、100点以下は切り上げる。
今回のわたしの場合、わたしが子でロン上がりだから、
960(点)×4=3840(点)
ということになり、20点を切り上げて3900点ということになる。
さらに、今回は積み棒が一本あるから、300点をプラスして4200点が最終的なわたしの上がり点だ。
最初は計算が複雑だから点数申告に苦労したものの、今は計算どころか麻雀では30符、40符の上がりが頻発するので覚えてしまった。
何はともあれ、ナギホさんの親は終わった。わたしはほっと胸を撫で下ろす。
それにしても、あっさりトップに立ってしまった。これを維持さえすればサナちゃんも麻雀部に入れる。
けれど、気は抜けない。
ナギホさんは、まだ本気を出していない。
眼鏡の向こうに見えるナギホさんの瞳は、凪いだ水面のように静かに輝いていた。




