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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第2半荘 ようこそ、ななほしへ!
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第20話 いつもとちがうほうかご

「はーい、みんなお疲れさま~!」

 今日の二回目の半荘が終わり、ナギホさんがわたしたち四人に声をかける。

 わたしはふぅっと大きな深呼吸を一つした。

「あ~あ、また負けちゃったよ~」

 サナちゃんが涙目になりながら落胆し、卓上に突っ伏した。

「ナナミ師匠、やっぱり強いッスね」

「強いってレベルじゃないわ。一度も負けてないじゃない」

 ヨミちゃんとヒメちゃんが疲れを見せた表情でわたしの方を向く。羨望や嫉妬に似た視線でわたしを見つめるけれど、別に気にならない。そんな視線は慣れっこだ。

「それじゃあ、入部試験の途中結果の発表よ!」

 ナギホさんが持っていたタブレットPCをみんなに見せる。


途中経過

ナナミ 1位 1位 1位 1位 1位 1位  1.0位

ヒメリ 2位 3位 2位 4位 3位 2位  2.7位

キヨミ 3位 2位 4位 2位 4位 3位  3.0位

サナエ 4位 4位 3位 3位 2位 4位  3.3位


 自分で言うのもしゃくだけど、少し本気を出しすぎたかな……?

 けれど、わたしは手を緩める気はない。全力で戦ってこそ、勝負はおもしろいのだから。

「うわ~、ナナみんすご~い!」

「いやいや、実力差ありすぎッスよ!」

「予想はしてたけど、まさかここまで開くとは思わなかったわ」

 みんなが驚嘆の声を上げる。――無理もないか。

 というか、サナちゃんは思った以上に弱かった。

 打っていて感じたけれど、サナちゃんはルールを知っているくらいで攻め方も守り方も全然形になっていなかった。わたしみたいにネットで少しくらい戦術を学んだら少しは強くなるのに。

 部長のナギホさんも黙ってわたしたちの対局を見ているだけで、アドバイスの一つもしない。部長らしいところを一度も見せていない。

 じっと、みんなの打ち方を、実力を見ている。

 わたしは、そんなナギホ部長の視線が少し不気味だった。

「ナナミちゃん、強いわね。他の三人も、まだまだがんばってね!」

 ナギホさんはヒマワリのような明るい笑顔を見せて、タブレットPCを片付けた。

「それじゃあ、今日は解散! みんなお疲れさま!」

「うぃ~ッス!」

「お疲れ様」

 ナギホさんの声を合図に、ヨミちゃんとヒメちゃんは鞄を手に取り、さっさと部室を出て行ってしまった。

 ここのところ、入部試験の半荘が終わるとあっさりと解散になってしまう。部活ってこんなものなのかな?

 けれど、わたしも頭をフル回転させて疲れているので、この流れに乗って自分の部屋に帰ろうと思う。

「お疲れさまです」

 わたしもナギホさんに挨拶をして、鞄を持って部室を出た。

 その時だった。

「ナ~ナみ~ん!」

 サナちゃんが後ろから脇の下に腕を通して抱きついてきた。

「ちょっ、サナちゃん!?」

「ナナみんは、今日ひま?」

 ニコニコしながらサナちゃんはわたしの頬に顔を近づけてくる。

 正直、暇と言えば暇だけれど、帰って寝たい。

「わたし、今日はちょっと用事があって――」

「用事ってなーに?」

「えっと……」

 サナちゃんのキラキラした瞳と無垢な表情が、一緒に遊びに行こう! と訴えている。思っていることが顔に出るタイプはこういう時有利だなぁ、と諦め半分感心してしまう。

「……まあ、急ぎの用事じゃないし、時間あると言えばあるかな」

 わたしが適当にお茶を濁すと、サナちゃんが思った通りの反応を見せた。

「じゃあじゃあ、今からあたしと一緒に遊びに行こうよ!」

 サナちゃんはわたしの返事を待つことなく、わたしの手を取ってぐいぐいと引っ張りながら足取り軽く歩いていく。少し早めの足取りにわたしはまるで引きずられるようについていく。

「ナナみん、知ってる? 駅前においしいケーキの喫茶店があるんだよ!」

 ウキウキ気分のサナちゃんの言葉に、わたしは少しドキッとした。

 知ってるも何も、わたしが毎週通っているワンコインデラックスパフェを出してくれる店だ。

 星愛女学院高等部の校舎は、よく言えばのどかなところにある。校舎の敷地が広いことに加え、周りには山や野原、河といった豊かな自然が多い。逆に言えば、女学院校舎と学生寮の周辺には民家一つない大自然なので、自然の要塞とか緑の監獄とか揶揄する生徒もいるくらいだ。

 学校から歩いて30分くらいのところにある駅周辺には小さい商店街があるものの、自然豊かな風土が培ってきたのんびりとした雰囲気は色濃く残っている。

 商店街にはおしゃれな雑貨屋さんや小さなカラオケ店もあるし、最近できたデパートもにぎわっていて遊びには事足りる。

 とはいえ、都会の街並みに比べれば結構見劣りするし、わたしの知る限りではそう何軒も喫茶店はない。

 それに、毎週一人で通っているところに友達と行くのは、こちらから誘うのは除いて、何だか気恥ずかしいし、一人だけの空間が侵害されるようで居心地が悪いし、サナちゃんと一緒に歩いている間、とにかくわたしはそわそわしていた。

 河沿いの道をサナちゃんとしゃべりながら歩いていると、駅前まで意外とあっという間だった。

 たどり着いた喫茶店は、やっぱり例のお店だった。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「二人でーす!」サナちゃんは笑顔でピースサインを見せる。

「それではお好きな席にどうぞ」

 サナちゃんは友達の家に上がるような気軽さで奥に入っていく。対してわたしは慣れた場所にもかかわらず緊張で体が硬くなっていた。

 サナちゃんと向かい合って座る。あんまりこういうシチュエーションもないし、視線のやりどころに困ってしまう。まるで――。

「こうしてるとなんだかデートみたいだね!」

「ふぇっ!?」

 サナちゃんと考えがシンクロして素っ頓狂な声を出してしまう。もちろん、そういう感情は微塵もないけれど、一瞬心が重なったみたいでどぎまぎしてしまう。

「ナナみんのリアクション、おもしろい~!」

 そんなわたしをキラキラした瞳で見つめるサナちゃんが長いツインテールを揺らしながら満面の笑みを見せた。

 ――何というか、すごく恥ずかしい!

 そこへ、店員さんがやってきた。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 少し明るくてウェーブのかかった髪の店員さんがわたしとサナちゃんに水を出してくれた。

 この店員さんはわたしが来る時はいつも一人で接客している人だ。知り合いと言えばまあ知り合いだけど、店と客以上の話をしたことはない。

 サナちゃんはメニューに目を通すこともなく、店員さんの方を向く。

「ハレンさん、今日のおすすめ何ですか?」

 サナちゃんの言葉に、店員さんはうふふと柔らかい笑みを見せる。

「残念でした。私はカズラよ」

「ん~、やっぱり難しいよ~!」

 サナちゃんは店員さんのことをじろじろ見ている。

 わたしは二人が何の話をしているのか、さっぱり分からなかった。というか、サナちゃんがこんなに楽しそうに店員さんと話していることがびっくりだ。

「サナちゃん、知り合い?」

「うん! カズラさんだよ! いっつもハレンさんと間違えるの」

 よく思うのだけれど、こういう時のサナちゃんは何を言っているのか全然伝わらない。

「あなたもよくうちの店に来てくれるわよね? 私には双子の妹がいて、一緒にここで働いてるのよ」

「そうなんですね」

 店員――カズラさんのフォローで状況がようやく把握できた。つまりはカズラさんにはハレンという双子の妹さんがいて、見た目がそっくりで一目では区別がつかないのだろう。かくいうわたしも、一人の同じ人と思っていたので驚いている。

 わたしとサナちゃんはカズラさんに勧められるまま、ビターチョコケーキと紅茶のセットを注文した。あなたはデラックスパフェですか? と聞かれた時は、覚えてくれてたんだという嬉しさと行動パターンを見透かされているという少しの不安感が出てきたけれど、結局サナちゃんと同じものにした。

 その後は始終サナちゃんのペースでおしゃべりした。担任で英語のハルカ先生の宿題が多いとか、サナちゃんの好きなアイドルグループがどうとか、B組の誰それがやる占いがよく当たるとか、何気ないありふれた会話だったけれど、あっという間に時間が過ぎていった。

「ナナみんはさ、麻雀部楽しい?」

 サナちゃんが突然尋ねてきた。不意な質問に、言葉を詰まらせながらもわたしは答えた。

「……まあ、楽しいかな」

「ほんと?」

「うん。今は入部試験中だから勝負に集中してるけど、もともとボードゲームの類は好きだし、新しい知り合いもできたし、それなりに楽しいかな」

 わたしは何だか不思議な気持ちになった。自分の言葉を聞いて初めて自分の気持ちを知った気がした。

 将棋やチェス、囲碁なんかは得意すぎてやる人がいなくなったけれど、やっていて楽しんでいた自分を思い出す。

 引っ込み思案な性格とコンプレックスを抱えた体のせいで上手に友達を作れなかったけれど、そういうゲームを通じて知り合いを増やしていった昔の記憶がよみがえる。

 ――まあ、その後は強くなりすぎたせいでまた一人ぼっちになったのだけれど。

「よかった! ナナみんも楽しんでくれて! あたしも楽しいよ!」

 わたしの言葉を聞いたサナちゃんが心の底から嬉しさを表現したようなキラキラした笑顔を浮かべた。

 そのまっすぐで穢れのない笑顔は、正直嫌いではない。

 わたしも素直にサナちゃんと麻雀を打っていたいなぁ、と思った。

 そのためにも、入部試験をがんばらないと。

 わたしは飲みかけの紅茶に口をつけた。甘い香りが口いっぱいに広がって幸せな気分になる。

 そんな贅沢なひと時を、サナちゃんとしばらく過ごした。


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