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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第1半荘 はじめてのまーじゃん
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第2話 あがりかた

 サナちゃんに頼まれて訪れた麻雀部の部室で、この部屋を牛耳る女王ホムラと部室の鍵を賭けた麻雀勝負をすることになった。

 臨戦態勢に入ったわたしには、もう怖いものはない。

 問題なのは、決してわたしが麻雀初心者と悟られないことだ。それを知られたら、そこにつけ込まれる。あくまで、『無敵の女神』として戦う。

 勝負は必ず後手に回る。ただ、一瞬でも早くルールを、法則を、勝つためにすべきことをゲームを続ける中で見つけ出すことが最も大切だ。

「――ナナミ、お前がサイコロを振りな。親決めだ」

 わたしは言われるがままに二つのサイコロを振る。

 サイコロを振るといっても、サイコロは卓の真ん中にあるケースに入っていて、その角にあるボタンを押せば二つのサイコロが回る、といった仕組みだ。

 ――ということを瞬間察知して、わたしはボタンを押した。

 出た目は4と6だ。

 それを見たポニテのキヨミが手を伸ばし、同じようにサイコロを振る。出た目は2と3。

「あたしの親ッスね!」

 右に座るキヨミが机のボタンを押す。すると麻雀牌がじゃらじゃらと鳴る音がして、きれいにそろった牌が出てきた。

 初めて麻雀卓を見たけれど、素直にすごいと思った。昔、何かのドラマで見た手でじゃらじゃらとかき混ぜるのに比べて、圧倒的に便利である。

 けれど、わたしは少し安堵した。こんなにきれいに牌を並べることは、今日初めて触るわたしにとっては至難の業だ。そんなところから素人とバレても困る。その可能性がなくなったのは、わたしにとって大きなアドバンテージである。

 わたしの前に2段に重なった麻雀牌。横には――17列。それが各人の前にあるからこの牌の数は全部で、


 2(段)×17(列)×4(人)=136(枚)


 ということになる。

 それよりも、キヨミが親ということは、わたしと他の二人は子ということだろうか。そして、麻雀は親と子の勝負なのか、それとも三人とも敵なのか。

 それはゆくゆく分かるだろう。

「左8ッスね」

 さらにサイコロを振ったキヨミはわたしの前の山、右から8列を分け、4つ牌を持っていった。

 その後は向かいの女王ホムラ、左のカチューシャのヒメリと順番に同じように持っていく。わたしも同じように4つずつ牌を取っていった。

 サイコロの出目は何となく分かった。肝になるのは合計だ。

 わたしは10を出して右のキヨミに、キヨミは5を出して自分が親に、そして8を出してわたしの前から牌を取っていった。ということは親から数えて反時計回りに1、2、3、…となっていくのだろう。

 そして、わたしの前に残された牌の山は8列。これもサイコロの目の合計と一致する。

 順番に取った牌が12枚になったところで、キヨミが2枚、他の二人が1枚ずつ牌を持っていった。わたしも習って1枚取る。

 キヨミがわたしの前に残った山のうち、左から7列目のところで裂け目を入れ、3列目の上の牌をめくって表にした。

「あちゃ~、ドラは九索ッスか。これは使いづらいッスね」

 キヨミがそうつぶやきながら、手元の14枚の牌を立てて、並べ変えている。

 けれど、表に向けられた牌はどう見ても竹の模様が八つ刻まれたものだ。

 キヨミは確かにキューソーと言った。おそらく九を意味する単語だろう。

 八の次の牌がドラ、といったところだろうか。まあ、ドラは持っていて得なのか損なのかは分からないけれど。

「ほら、『無敵の女神』さん、あなたの番よ」

 ヒメリの声が聞こえた。

 わたしが13枚の牌を整理している間に他の人は山から1枚牌を持ってきて、自分の手から必要のない牌を1枚卓の中央付近に置いたらしい。

 いよいよ、わたしの番だ。


東一局 一巡目 北家 ナナミ 25000点 ドラ表示:八索

一萬 三萬 六萬 八萬 八萬 四筒 五筒 八筒 二索 六索 七索 八索 白板

ツモ:九筒


 ――さて、どうしようか。

 どう立ち回るべきなのか、何を目指すべきなのか、考えなければならない。

 牌は主に四種類。漢数字と萬と書かれた牌、硬貨のような丸い模様の牌、ソーと呼ばれた竹が描かれた牌、そして、三人が捨てたような漢字一文字の書かれた牌だ。

 キヨミが捨てた牌は南、ホムラは北、ヒメリは西。おそらく、漢字の書かれた牌は東西南北の四種類の牌があるのだろう。

 そして、わたしの手の中には八萬と書かれた牌が2枚ある。トランプとは違い、全く同じ牌が何枚かあることになる。

 そうすると、全く同じ牌の数がおぼろげに見えてくる。

 牌は全部で136枚。仮に萬、硬貨、竹の数字が一から十まであるとすると、東西南北を合わせて三十四種類。すると、


 136(枚)÷34(種類)=4(枚)


 と各種4枚ずつということになる。

 けれど、そうするとわたしの手元にある真っ白な牌が説明できない。

 萬、硬貨、竹が一から九までなら東西南北とわたしの真っ白な牌を合わせて全部で、


 9(数)×3(萬、硬貨、竹)+4(東西南北)+1(真っ白な牌)=32(種類)


 となる。すると、


 136(枚)÷32(種類)=4(枚) 余り 8


 だから、わたしの知らない牌が二種類あれば、数字を示す牌は一から九まで、各4枚ずつでほぼ確定である。

 真っ白な牌が12枚あるということは考えにくい。でも東西南北は予測できてもこの真っ白な牌と対になるような三種類の牌なんて連想できない。

 どちらにしても、この真っ白な牌はおそらくいらないだろう。

 わたしは真っ白な牌を取り出し、卓上に置いた。

 次のわたしの番、また真っ白な牌を取ってきた。まさか、ほんとに12枚あるのだろうか、と思いながら、切り出す。

 その次は赤く中と書かれた牌。他の人の捨てた牌を見るとこの手の牌は使いづらそうだ。みんな東西南北や一、九といった牌を中心に捨てている。

 そして、緑色の發という牌も出てきた。これで三十四種類4枚ずつで間違いないだろう。

 問題は、上がり方だ。


東一局 五巡目 北家 ナナミ 25000点 ドラ表示:八索

一萬 三萬 六萬 八萬 八萬 四筒 五筒 八筒 九筒 二索 六索 七索 八索

ツモ:三筒


 同じ牌を4枚そろえるのはかなり難しい。逆に、麻雀がただ同じ絵柄の牌を集めるだけのゲームであるなら、それぞれの牌が同じ価値を持つのだから序盤にこれほど多く漢字一文字の牌が捨てられはしない。

 ということは、この手の漢字の牌は相対的に価値が低いということになる。

 逆にほとんど捨てられていない三から七の数字を示す牌が相対的に手元に残して使いやすい牌である、ということだ。

 わたしは自分の手の中で一番使いづらいであろう一萬と書かれた牌を捨てようとした。

 その時、頭の中を弾けるような閃光が走った。手が自然と止まる。

 ――そうか、連番だ。

 連番で手が作れるなら自然と真ん中あたりの数字は使いやすい。逆に一や九は端っこの牌、相対的に使いづらくなる。

 けれどわたしの手の中には三萬がある。もし二萬を持ってこれたら、この一萬も生きる。

 わたしはつまんだ一萬を手中に戻し、竹の二を切り出した。

 問題はいくつまでそろえるか、である。

 手牌は自分の番になると14枚。ということは2枚が七組――いや、2枚なら字牌をそろえるのも幾分か簡単になるし、連番ならもっとそろえやすい。

 そうなるとゲームの難易度が下がりすぎて、ゲームとして成り立たなくなる恐れがある。

 最もあり得そうなのは、


 14=3×4+2


 という組み合わせだ。

 問題は3枚が四組なのか、4枚が三組なのか。残り2枚は同じ牌2枚だと考えられるけれど、3枚そろえればいいのか、4枚そろえればいいのかは難しい。

 同じ牌が4枚しかないことを考慮すると、4枚三組は難しくなりすぎるから、3枚四組がちょうどいい塩梅になって一番可能性が高い。

 けれど、なかなか確信が持てない。

 せめて、誰かの上がりの形を確認しないと決定できない。

 そんなことを考えている間に、ゲームは進み、


東一局 十五巡目 北家 ナナミ 25000点 ドラ表示:八索

一萬 三萬 八萬 八萬 三筒 四筒 五筒 七筒 八筒 九筒 六索 七索 八索

ツモ:二萬


 3枚四組と2枚の同じ牌がそろってしまった。

 ――本当にこれは上がりなのだろうか?

 もし4枚三組なら見当違いもいいところである。

 けれど、残りのわたしがもらえる牌の数を考えると、もうすぐこのゲームが終わる。終わった後の処遇も分からない。

 同じ分からないなら、上がりを宣言しよう。

 もともと一回目は様子見のつもりだった。ゲームが流れて何もつかめないというよりは、リスクを冒してもここははっきりさせてしまおう。

 まだ見ぬ上がりの形を。

「上がりです!」

 わたしの宣言に、三人は少し驚いたような表情を見せた。

 わたしは直感的に、自分の手牌を表に向けた。


和了形 ナナミ ドラ表示:八索

一萬 三萬 八萬 八萬 三筒 四筒 五筒 七筒 八筒 九筒 六索 七索 八索

ツモ:二萬


メンゼンツモ 一翻

30符 一翻 300・500


ナナミ 25000+1100=26100点

ホムラ 25000- 300=24700点

ヒメリ 25000- 300=24700点

キヨミ 25000- 500=24500点


 わたしの読みと直感が当たった。これが麻雀の上がり形だった。

 心臓がドキドキ拍動している。体全体が火照っている。

 点数のやり取りは手元の棒で行われた。

 棒の種類は四種類。派手な模様の点棒が一本、五つの赤い丸の刻まれた点棒が二本、赤い丸が一つ刻まれた点棒が四本、黒い点が八つ刻まれた点棒が十本だ。

 ホムラとヒメリから黒い点の棒を三本ずつ受け取った。キヨミからは赤い点一つの棒を受け取り、500点のお釣りを要求されたのでとっさに一番数の多い黒い点の棒を五本返した。

 黒棒一本が100点ならば、この赤棒は一本1000点。なるほど、わたしの上がりはどうやら合計で1100点らしい。

 点棒の数を勘定すると、最初の持ち点は分かっている部分で5000点ある。五つの赤い丸の棒が5000点、それにさらに大きな点が二つある一番派手な棒が10000点だと仮定すると、最初の持ち点は全部で25000点だ。妥当な仮定だと思われる。

「あ~あ、上がられちゃったッスか」

「でも安手じゃない。気にすることないわ」

 わたしの両側の二人が勝負の終わりのちょっとした余興に浸っている。

 けれど、女王ホムラは違う。じっと、わたしを見ている。わたしが点棒を勘定している時も、その瞳はわたしを離さなかった。

 とても不気味な視線だった。何もかも見透かしているような鋭い眼光、カエルをにらみつけるようなヘビの目だ。

 わたしの背中に悪寒が走った。

「――ナナミ、お前、麻雀は素人だろ?」

 その言葉がわたしの心臓を鋭く貫いた。一番見破られたくない部分が、たった一回で見破られた。

 しかも、この勝負はわたしが勝ったはずだ。わたしが少しくらいは有利なはずである。

 それにもかかわらず、わたしの一番の弱点がいとも簡単に見破られてしまったのである。

 嫌な血液が身体中を駆け巡り、心臓を、脳を、指の先の神経さえも圧迫する。

「ちょ、ホムラさん!? 何言ってるんスか!?」

「確かにこの子の手は安いけど、素人だなんて――」

「――いや、分かる」

 女王の言葉には、確信めいたものがあった。

 表情や態度で見破られてしまったのだろうか。けれど、わたしは思い当たらない。

「――不思議そうな顔をしてるな、ナナミ。なら教えてやるよ」彼女は淡々と語る。「まず、お前の手牌と捨て牌から見るとタンピンでもっと早く上がれた。仮にその手で待つとしても、十三巡目のドラ切りは明らかにおかしい。つまり、素人どころか、麻雀のルールや役もろくに知らねぇ。――違うか?」

 彼女の指摘は、素人のわたしでも実に見事だったと感じさせる勢いがあった。一部の専門用語は分からないけれど、おそらく今回のわたしの上がりが最善策ではなかったことは察しがつく。

 この逆境はかなり痛い。致命的と言っても過言ではない。

 そんな泣きそうなわたしを支えたのは、――もう一人のわたしだった。

『無敵の女神』と呼ばれる、もう一人のわたしだ。

 幾多の戦いを勝利へと導いてきた常に冷静沈着な思考回路が、こんな逆境さえもチャンスに変えてしまう勝利への方程式を緻密に組み上げていく。

「――たった一回で見破るなんてすごいですね、ホムラさん」わたしはできるだけふてぶてしい態度で言い放った。「まあそういうことなので、わたしが上がった時はその点数を計算してくれませんか?」

「――お前、正気か? 俺がお前の点数を安く申告するかもしれねぇぜ?」

「ホムラさんはそんなことをしないと、わたしに勝てないんですか? こんな、初めて麻雀牌に触ったわたしに、そこまでしないと勝てないんですか?」

 ここぞとばかりに、わたしはありったけの自信をもって挑発した。

 けれど、さすがはとてつもない勝負師としてのオーラとプレッシャー持ち主である。簡単にはわたしの挑発には乗らなかった。寸分も変わらないドスの利いた声音で対抗する。

「――ほう、いい度胸だな。それに免じて俺が代わりに計算してやろうじゃねぇか。ただし、役がなければ容赦なくしょっ引くぜ」

 不穏な言葉が耳をついたが、何とかこれでわたしの上がり点は保証されそうだ。

 卓の真ん中に穴が開き、捨て牌がその中へ滑り落ちる。みんながやっているように、わたしも手牌をその中に入れた。

 するとまたじゃらじゃらと音を立て始めて牌が混ぜられる。かと思ったら再びきれいに整列して各人の前に2段17列となって現れた。

 全自動麻雀卓というものは本当にすごいものだ、と感心してしまう。

「――次は俺の親番だ。格の違いを教えてやるよ」

 女王ホムラがにたりと笑い、サイコロを振った。


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