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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第1半荘 はじめてのまーじゃん
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第15話 いやしのおふろ

 わたしはしばらく、雑然とした麻雀部の部室で呆けていた。そこにはもうポニテのキヨミも、カチューシャのヒメリも、女王ホムラの姿もない。

 結局、最後の局に上がったわたしの手は何点だったか分からなかった。上がった直後、女王ホムラが悔しそうに部屋を出て行って、あわてて他の二人が追いかけて行ったからだ。

 とりあえず、サナちゃんたちの部室は守れた。卓上に置かれている鍵を見て実感する。胸の中は安堵と嬉しさと、何だか懐かしい感情だった。

 ――そう、それは勝利という高揚感だ。

 ほくほくとした感情に酔いしれながら、わたしは鍵を取って立ち上がった。

 そういえば、卓上の牌はどうしようか。

 ふと考えた時、女王ホムラの最後の手牌が所々表になっていた。東、南、北――まさか!?

 わたしは好奇心と恐怖心に動かされるまま、女王ホムラの手牌を表に向けた。怖いもの見たさ、とはまさにこのことだった。


ホムラ

七索 東風 東風 東風 南風 南風 南風 北風 北風 北風

副露:対西風


 ――こ、この手はっ!?

 わたしでも、この手が恐ろしいくらい強いことは簡単に想像ついた。

 一方で、こんな手、上がられていたら何点なのか想像もつかない。

 勝負は終わったのに、女王ホムラのことを思い出すと不気味なくらい背筋に走る悪寒がよみがえる。

 たった400点差の状況でこんな神懸かり的な手を作ってくるなんて、普通の人の思考じゃない。

 彼女の目的は、最初からわたしに勝つことだけではなかった。

 圧倒的な点差をつけて勝利する。端から彼女は、賭けにしか興味がなかったのだ。

 大金の賭かったギャンブルで弱者を蹂躙し、すべてを奪い去る裏社会の女王。それが彼女なのだ。

 ――なんてね。

『女王』って呼び始めたのはそもそもわたしだし、最初の手に東西南北が極端に偏っていれば集めようと思うのも別に不自然ではない。

 わたしはあまり気にしないようにして、鞄を持って部屋を出た。早速手に入れた鍵で扉を閉めて帰路につく。


「ただいま。――って誰もいないか」

 わたしは自分の部屋に入ると自分のベッドに鞄を放り投げ、自分の身もベッドに沈めた。

 わたしの通う星愛女学院は全寮制で、学生は三つの寮に分かれて生活している。三つといっても学年ごとに分かれているわけではなく、どの寮にも1年生から3年生までほとんど均等に割り振られている。

 基本的には、寮室は相部屋で、同じ学年で違うクラスの子と一緒に寝泊まりする。

 けれど、どういうわけかわたしは2年生の先輩との相部屋になってしまった。その代わり、わたしたちの部屋は他の生徒とは違って部屋が少し広く、二段ベッドでなく個人のベッドだ。幸か不幸か、角部屋の宿命だ。

 ――今日は、一段と疲れたなぁ。

 今までゲームをする時は、大抵いつも最低限のルールくらいは教えてもらっていた。その中で相手の戦略を読み、その裏をかいてひっくり返す、ということは何とかやってこれた。

 けれど、今回の麻雀はルールを探ることから始まった。牌の種類、枚数、そして上がり方と役をゲームの流れから読み解き、逆転の手を張った。

 どうしても運の要素が絡んだので思うようにはならなかった。

 その上、女王ホムラという手ごわい相手と部室の鍵を賭けての勝負だった。緊張感が今までとはまるで違った。

 ――そうだ、明日サナちゃんに鍵を返さないと。

 サナちゃんの寮はわたしの寮とは違うし、少し歩く距離がある。今から届けるのは何というか、めんどくさい。

 わたしは今日あった麻雀の勝負のことをぐるぐる考えながらまどろんでいた。

 しばらくして、部屋の鍵が回される音がして、ルームメイトの先輩が帰ってきた。

「うぃ~す、ナナミ、ただいま~」

 部活から帰ってきたセリアさんの元気な声が聞こえた。確かセリアさんは野球部だったはず。まだ体力の有り余った明るい声を出せるなんて、いつもすごいなぁ、と思う。

「ほ~ら、ナナミ、起きろ! 制服のまま寝るとしわになるし、疲れが取れないぞ!」

 セリアさんがわたしをゆすり起こしてくる。

「うぅん、セリアさん」

 わたしが重たい頭を持ち上げると、そこに笑顔なセリアさんがいた。

「ほら、眠気覚ましに風呂入ろうぜ! あたしも汗かいたからひとっ風呂浴びたいし」

「えっ、お風呂ですか?」

 セリアさんがおもむろにスカーフを外し、制服を脱ぎ始める。

 寮には一応大浴場があるのだけれど、各部屋にシャワールームもある。ちょっといい待遇のわたしたちの部屋にはバスタブがついている。

 気がつけばもう8時。わたしが返ってきてからもう2時間経っている。

「もしかして、セリアさんと一緒にですか!?」

「な~に、たまにはいいじゃんか! ほらほら~!」

「ちょっ、セリアさんっ!? 待ってください!」

 セリアさんは楽しそうにわたしのスカーフを抜き取り、制服を脱がしにかかる。

 わたしは手足をバタバタさせて必死に抵抗した。

 けれど、抵抗むなしくあれよあれよと脱がされていく。非力なわたしがいくら動いても、野球部のセリアさんには障害にすらならなかった。


「やっぱ二人で入るとここの風呂も少し狭いな~」

 結局わたしはセリアさんと一緒にお風呂に入っている。二人で向かい合うように浴槽に入ると、どうしても足が絡み合ってしまう。

 わたしは視線をどこに合わせていいかも分からず、横を向いて視線を落とした。

「ナナミ、お前部活決めたか?」

 唐突に、セリアさんが話を切り出した。

「いいえ、まだです」

 わたしはばつが悪そうに答える。何か怒られている子供になった気分だ。

「そっか~」セリアさんは頭の後ろで腕を組んだ。「ナナミは文化部がいいんじゃない? スポーツが苦手そうな身体してるし」

「そ、そんなに見ないでください!」

「あははは、隠さなくてもいいだろ、女同士だし」

 ――いや、そういう問題ではない。

「まあどっちにしても、部活はやった方がいいぞ。あたしも小学校の頃は野球なんてやる環境なんてなかったから、ずっと一人で練習してたんだけどさ、星愛の中等部に入って、野球部に入って、自分の未熟さを思い知らされたよ。一人で学べることなんて限界があるんだな~、ってさ」

 セリアさんは昔を懐かしむような遠い目をして語った。

 セリアさんの言いたいことは何となく分かる。

 けれど、高等部から編入してきたわたしには、中等部ですでに交友関係が構築されているこの星愛女学院になじめずにいる。文化部でさえ敷居が高い。

 中等部からいたセリアさんには、高等部編入のわたしとは境遇が違う。

 わたしの不安そうな表情を読み取ったのか、セリアさんは付け加えて尋ねてきた。

「そういえば、サナエちゃんだっけか、彼女は何部だったんだ? 確か仲良しなんだろ?」

「ま、まあ。彼女は、麻雀部です」

「麻雀部!?」

 セリアさんが一瞬固まった。そして小さくつぶやいたのをわたしは聞き逃さなかった。

 ――まだ残っていたのか、と。

 わたしは聞かずにはいられなかった。

「あの、セリアさん、知ってるんですか? 麻雀部のこと」

「あ、ああ」セリアさんは少し言いよどむ。「昔、ちょっとお世話になってな」

 セリアさんもばつが悪そうな顔をしてしまい、少し話しづらい空気になってしまった。

 先輩と一緒にお風呂に入って、二人とも沈黙。なんか気まずくて仕方ない。

 しばらくして、わたしがのぼせたから、と言って立ち上がろうとした時、セリアさんが口を開いた。

「――いいんじゃないか、麻雀部」

「――ふぇっ?」

 わたしは素っ頓狂な声を出してしまった。

「あそこは賭けとかもしてないし、雰囲気や柄も悪くないし、青春してるぜ」

 ――麻雀部、か。

 サナちゃんがいる部活だし、まあ別にいいかな、と思う。

 けれど、野球一辺倒なセリアさんが麻雀部にお世話になっていたのも疑問だけれど、彼女の言葉には妙に引っかかった。

 ――賭けは、しない?

 確か女王ホムラはわたしとの勝負にお金を賭けろと迫ってきた。

 だったら、女王ホムラは何者なんだろうか。

 あの麻雀の打ち方はかなり慣れたものだった。それだけではなく、勝負師としての鋭い感性が備わっていた。ただの麻雀好きや賭博師ではない。

 ――あれは、勝利を欲して戦う者。場を圧倒的に支配する力を持つ、勝負の鬼だ。

 どちらにしても、明日麻雀部の鍵をサナちゃんに渡さないといけない。その時にでも、女王ホムラについて尋ねようと思う。

 そして、そのついでに少しだけ麻雀部を見学させてもらおう。

「セリアさん、ありがとうございます。少し見てみようと思います、麻雀部」

 このままでは本格的にのぼせそうだったのでわたしは立ち上がろうとした。

「――ちょっと待った!」

 けれど、わたしの腕をつかんでセリアさんが制止する。

 そして、にやにやと笑みを浮かべた。

「ちょっとだけでいいから、触らせてくれない?」

 セリアさんの手つきと目線で、彼女の目論見は簡単に読めた。

「ちょっ!? セリアさん、だめですよ!」

「な~に、減るもんじゃないし、いいじゃんいいじゃん!」

「だ、だめですよ! やめてください!」

 その後、わたしは先輩とは二度とお風呂に入らないようにしようと心に決めた。


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