第13話 ダブリーとおっかけ
洗牌が終わって山がせり上がり、小娘がサイコロを振った。
出目は7。俺の目の前の壁牌から各人に手牌が配られる。
俺の目の前には2段7列計14枚の王牌がきれいに残った。
彼女の代わりに俺が王牌の左から3列目のドラ表示牌を表に向ける。現れた牌は北風、つまりドラは東風だ。
配牌と理牌が終わり、小娘は東風を切り出す。この局でもファンパイで上がる気なし、か。
しかも、初手からドラ切りだ。まあ字牌のドラに関しては、やつも確信できまい。
「きたきたきたーッス!」
今までの緊迫した空気が吹き飛ぶようなテンションの上がりっぷりで、キヨミがツモった直後に叫ぶ。
だが俺はこの後再び空気が緊張することが簡単に想像ついた。
「ダブリーッス!」
キヨミが第一打目から勝負を仕掛けてきた。四索切りのリーチだ。
普通リーチは一翻役だが、一巡目にリーチすればダブリーとなって二翻役になる。
ダブリーはとにかく厄介だ。上がり牌が読めないのだから。
しかし、そんなダブリーにも弱点はある。
ダブリーをする時は狙った手作りができないため、他の役が付きにくく、待ちも悪くなることが往々にしてよくある。
――まあ、ほとんど運だけの役だ。結局対処法という対処法はない。
強いて言うなら、
南四局 一本場 一巡目 西家 ホムラ 49700点 ドラ表示:北風
三萬 四萬 五萬 七萬 七筒 六筒 八筒 九筒 一索 四索 白板 白板 紅中
ツモ:白板
リーチ牌に合わせ打ちしてイッパツを回避することぐらいだ。
リーチしてから一巡以内に上がるとイッパツという役が付く。これも運任せの役だ。
ここにきて絶好の手が入ったな。
キヨミの第一打と同じ四索を持っている上、それを切り出しても手作りに支障はない。
おまけに特急券の白板がアンコーで入ってきた。早上がりには絶好だ。
俺は遠慮なく四索を切る。これでハクのみのイーシャンテンだ。
次巡、ヒメリは手出しの西風を切る。ヒメリも冷静な対処だ。
ダブリーのもう一つの対策法として、何事もなかったかのように打ち続ける、という戦術もある。
どんなに考えてもダブリーの上がり牌は分かりようがない。だから気にせず普通に上がりを目指せばいい。
一巡目から下りたとしてもツモられる可能性が高い上、アンパイが増える保証などないのだから、下りるならいっそのことアンパイが増えた中盤以降から様子を見ながら下りた方がいいのだ。
そして、注目の小娘の番だ。ツモってきた牌を手牌の上に重ねて考え込む。
その仕草は俺らの打ち方を見て真似たものだが、形だけは様になってきた。
――さて、やり過ごす方法を知らない小娘が、この絶体絶命のピンチにどう立ち向かうのか。
さすがのやつも、この状況にかなり悩んでいる。五秒以上経過してもまだ牌を切り出さない。牌の音さえ鳴らない時間が、妙に長く感じる。
そして、意を決したように切り出したのは、手出しの四索。
アンパイを切り出してきたか。
――下りてるのか?
やつはおそらく、イッパツという役を知らない。ならば、イッパツ防止のために四索を合わせてきたとは考えにくい。
しかも、手を崩して四索を切り出したとなれば、キヨミがテンパイ、俺がイーシャンテンである状況では致命傷になりかねない。
この小娘の英断が、この先どう影響するか。この一巡を争う局面でどう出るか。かなり興味深い。
キヨミは悔しそうに九索をツモ切りする。
しばらく、山から牌をツモっては卓上に捨てる音だけが淡々と鳴り続いた。一瞬高まった緊張感が嘘のように、しかし緊張の糸は切らさぬように、ただ同じ作業が続く。
――そろそろ来るか?
心の内側で笑みを浮かべながら、山に手を伸ばす。
そして、ツモ牌に触れた瞬間、指先に電流が走った。
南四局 一本場 五巡目 西家 ホムラ 49700点 ドラ表示:北風
三萬 四萬 五萬 六萬 七萬 七萬 八萬 九萬 六筒 八筒 白板 白板 白板
ツモ:七筒
五巡目のテンパイ。ダブリーと十分渡り合える手だ。
ホンイツ、イッツーも見える手だが、オーラストップでそんな重い手はいらねぇ。
俺は迷わず七萬切りでテンパイを取った。
あの獣も、超人じみた強運の持ち主も、ここまでだろう。
この二人のテンパイをかわして上がるのは、しかも四索切りで手を崩している状態で上がるのは、ほとんど無理に近い。
そんな確信じみた直観にたどり着いた瞬間、場に二本目のリーチ棒が舞った。
「リーチです!」
――なん、だと?
宣言したのは、あろうことか小娘だった。
ここに来て親リー、しかも追っかけリーチだ。
リーチ牌は六索。キヨミに対しては片スジ。決して安全度は高くない。
だが、ダブリーのキヨミには待ち牌を選ぶ余地などないのだから、強打も通じるとの判断か?
しかし、ルールもリスクも戦術も知らねぇやつが何も考えずにリーチをかけると火傷するぜ。
南四局 一本場 六巡目 西家 ホムラ 49700点 ドラ表示:北風
三萬 四萬 五萬 六萬 七萬 八萬 六筒 七筒 八筒 九筒 白板 白板 白板
ツモ:九索
ツモ牌は九索、キヨミには現物、小娘にはスジだ。悪くない。
麻雀では自分が捨てた牌ではロンできない、フリテンというルールがある。
キヨミはすでに九索を切り出している。だから仮に待ちが九索で、誰かが九索を捨てても上がれない。
逆に利用すれば、九索を切ってもキヨミから上がられない。この一度捨てた牌のことを俗に現物と呼ぶ。
一方の小娘の捨て牌。六索でリーチをかけている。
例えばやつが七、八索の六、九索待ちだったとしても、フリテンで六索だけでなく九索でも出上がりができなくなる。
つまり、フリテンでは、すべての上がり牌のうち、1枚でも自分で捨てていたらロンできないのだ。
それが初心者にとって一番の足枷となるルールだ。
もっとも、フリテンでも自分でツモれば上がれるのだが。
この局、小娘は勝負を仕掛けにきた。でなければ大きなリスクを背負ってでもリーチなど仕掛けはしない。
おそらく、待ちは七、八索の六、九索待ち。そうやってわざと六索を切り出してリーチをかけ、俺を罠にハメたつもりだろう。
だが、俺には通じない。いや、麻雀はそれを許さない。
俺をハメるためのリーチなんだろうが、フリテンを知らなかったお前の負けだ。
所詮、ルールをろくに知らないやつは負ける運命だということだ。
俺は迷わず九索を切り出す。
――ほら、宣言してみろ! ロンと叫んでみろ!
その時がお前の限界点。
そこが、お前の墓場だ!
小娘は一度目を閉じて、再び開けた。
息を飲む一瞬の静寂。
ヒメリが山に手を伸ばした時だった。
「ロンです!」
小娘が、宣言した。
――かかったな、愚か者め。
この勝負の獣を、自分の戦術と謀略と強運に酔いしれた化け物の息の根をやっと刺せる。
どうせなら、麻雀のルールを知り尽くしたお前と戦ってみたかったぜ。
そしたら、これ以上なく楽しい麻雀が打てただろうな。
あっけない最期だが、恨むなら自分の無知を恨むんだな。
「これって、上がりですよね?」
何も知らない小娘はあどけない声で手牌を倒す。
もうお前は勝負の獣ではない。愛くるしい小動物のような容貌のただの女子高生だ。
俺は一つ溜め息をついた。
「――残念だが、それは……!」
俺はやつの手牌を見た瞬間、驚愕で凍り付いた。
――この、小娘……!
和了形 ナナミ ドラ表示:北風、裏ドラ表示:九筒
一萬 一萬 八萬 八萬 三筒 三筒 二索 二索 九索 南風 南風 紅中 紅中
ロン:九索
リーチ 一翻
イッパツ 一翻
チートイ 二翻
25符 四翻 9600
供託:2本
積み棒:1本
――チ、チートイのもろ引っ掛け、しかもこの俺がイッパツに放銃した、だとっ!?
あり得ねぇ! どうしてやつがこんな手で上がれる!?
チートイは七つのトイツで組み上げる役、四メンツ一ジャントウで作り上げる通常のホーラ系とは大きく異なる特殊な役だ。
ホーラ系が14枚であることを考慮すれば2枚七組は思いつくかもしれねぇが、何も知らねぇやつがリーチをかけるほどの自信があるか?
今まで実際に誰かがチートイで上がった局はねぇ。チートイのホーラ系を予測する術はねぇはずだ。
しかし、ある一点の可能性が脳裏をよぎった。
――そうか! 南二局のやつの上がり! リャンペーコーだ!
同じシュンツ、例えば二、三、四萬が手の内に二つあればイーペーコー、イーペーコーが二種類あればリャンペーコーだが、リャンペーコーをきれいに理牌したらチートイと同じ形になる。
やつは、自分の上がりからチートイを予測した、いや、確信しやがった!
六、九索のリャンメン待ちに見せかけたタンキ待ちの引っ掛けリーチは、彼女の意図したものかどうかは闇の中だ。
だが、やつならそれぐらいの謀略は造作もなくやってのけるに違いねぇ!
「あ、あの、わたしの手は何点ですか?」
小娘は少し不安そうな、しかしどこか落ち着いたような声で尋ねてきた。
――何点ですか、か。俺の反応を見て上がりだったことを確信してやがる。
表情で相手の腹の底を探るあたり、さすが勝負師、といったところだ。
俺は彼女の代わりに裏ドラを確認した上で、点数申告する。
「リーチイッパツチートイ、9600の一本場は9900――」
――9900、だとっ!?
自分の発言でようやく己の置かれている状況に気が付いた。
ホムラ 49700- 9900=39800点
ナナミ 27500+11900=39400点
キヨミ 13000点
ヒメリ 7800点
小娘との点差が、たったの400点、だとっ!?
麻雀で400点なんざ誤差に等しい。
あと一翻でも多ければ、裏ドラが一つでも乗っていれば、あとリーチ棒が、積み棒が一本でも多ければ、逆転されていた。
彼女の鋭い牙は俺の身体に深々と突き刺さった。
果てしない点差が、もう誤差の範囲まで迫ってきた。
――だが、その牙は俺の心臓には届かなかった。
それは俺の強運か、やつの油断か、それともただの運命の悪戯か。
どちらにしても、俺はトップを守り切った。
こうなれば、前局と大して変わらねぇ。
俺は手牌を伏せ、中央に寄せる。
その時だった。
「すみませんけど、点数ごまかしてませんか?」
ふてぶてしいほどの彼女の声が響いた。
「――なん、だと?」
俺は小娘の真っすぐな目を睨み付ける。だが、やつは全く動じない。
なんて分かりやすい挑発だ。
それよりもこんな真っすぐな目をしておきながら、裏には緻密に組まれた罠がびっしり張り巡らされてやがる。
――よくそんな目ができるな、この化け物は!
そんな神経の図太い行動に残りの二人は固まって心底震えているぜ。
「いえいえ、400点差なんて珍しいな、と思っただけです」
勝負の獣は分かりやすい営業スマイルを見せた後、積み棒を一本足した。
「二本場、お願いします!」




