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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第6半荘 しあわせのあおいとりをさがして
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第98話 こどくなおやばん

 最底辺と思った時は、大抵そこは最底辺ではない。

 わたしの点棒状況が最悪になったと思ったのも束の間、ある疑念が生まれた。

 わたしに通しを送ってくるホムラさんは、他の三人と結託してわたしを陥れようとしているのではないか、という疑念だ。

 ホムラさんの送ってくるサインは、わたしが放銃した時以外は的確だった。

 放銃した時だって、あからさまに嘘であるという証拠は何もない。

 もしホムラさんが裏切ったのであれば、わたしの生き残りは絶望的である。

 ーーいや、最初からホムラさんの通しに依存などしていなかったはずだ。

 わたしは、最初からずっと一人で打っていた。それは今でも変わらない。

 一人で打つと決めたのだから、わたし自身が何とかしなければならない。

 だから、わたしはわたしの打てる手を打つ。

 やっと、わたしの親番が来た。

 わたしに逆転のチャンスがあるとすれば、もうここにしかない。

 わたしは空元気をかき集めて手牌を起こした。


東四局 一巡目 東家 ナナミ 20900点 40枚 焼鳥 ドラ表示:七筒

二萬 八萬 九萬 八筒 八筒 八筒 赤五索 五索 七索 東風 東風 西風 紅中 紅中


 今までの流れの悪さが嘘のようなリャンシャンテンが入った。

 ドラがアンコーに加え、役牌トイツが二つ。マンガン確定である上、ハネマンまで容易に手が伸びる。

 問題は、この手を上がることができるかどうか、だ。

 この卓は、決して字牌が安くない。役牌なんてそうそう切ってこない。

 だから、着地点の一つにチートイは頭に入れておいた方が無難だ。

 もし東や中が出るようなら、速攻を仕掛ける。奇をてらわずに、マンガンで十分だ。

 わたしは二萬を切り捨て、この局が開始となる。

「やっぱルミコの作るナポリタンは最高よねー!」

 ヒカリさんがぺろりとフォークを嘗め、空になった皿の上に置いた。そして、牌山に手を伸ばしてツモる。

 その時、今まで忘れていた熱が脳髄をよぎる。

 やっと、勝負の時に舞い降りる鋭敏な感覚を取り戻した気がした。

 ――ヒカリさんは、コオリさんとハガネさんに何らかのサインを送った。

 少し前までのわたしなら、きっと見逃していただろう。いや、今までずっとこういうさりげない所作に隠された意図を見逃してきたに違いない。

 ヒカリさんはずっと、わたしが牌を捨ててから間髪を容れずにツモしていた。それはコーヒーをすすりながらでも、ナポリタンを食べながらでも変わらなかった。

 ここにきて一拍置いてのツモ。何か意図があるということに他ならない。

 フォークを嘗めることと、フォークを皿の上に置くことのどちらに意味があるのかは分からないけれど、きっとその所作が事前の取り決めでメッセージになっているに違いない。

 そもそも、料理の感想を食べ終わってから言うのも少し妙である。いくら食べ慣れているものであっても、料理の感想を言うのは一口食べた直後が最も自然だ。

 だから、先のセリフにも何らかのサインが埋め込まれていてもおかしくない。

「……ほんと、ルミコさん偉いすよね。僕らよりずっと若いのに、雀荘のオーナーで料理もうまいすから」

 ヒカリさんの言葉に、ハガネさんが話に乗る。

 これも、今までと違う。ヒカリさんの雑談に答えていたのは、いつもコオリさんだった。コオリさんを差し置いて無口なハガネさんが受け答えするなんて、今までの流れから逸脱している。

 つまり、ヒカリさんのサインに、ハガネさんが答えた形だ。

 何を伝え合っているのかは分からないけれど、確実に通じている。

 だったら、わたしのすべきことは一つである。

「ルミコさんって、見た目すごく若いですよね。おいくつなんですか?」

 わたしは今日初めて、三人の会話に割って入った。

 できるだけ近すぎず、できるだけ遠すぎず、できるだけさりげなく尋ねる。

 わたしも雑談に参加すれば、そう簡単に思うような通しはできないはずだ。

 今までわたしは、仲間内の会話に入りづらいとか、勝負に集中できないとか、何かと会話に入るのを避けていた。

 けれどそれは、どうぞ存分に通しをしてください、と言っているようなものだ。

 会話のペースを崩し、思うような通しをさせない。それだけでも十分に効果があるはずだ。

 三人は少し驚いた表情でわたしを見た。今まで黙って聞いていただけのわたしが参入したことに驚く表情に酷似しているけれど、きっとそれ以上の驚きがあったに違いない。

「ルミコは去年中学を卒業したばかりですから、十六か十七だと思いますよ」

 コオリさんが大らかな笑顔を見せて答えた。

「えっ!? それはさすがに若すぎませんか? そもそも、ここって十八歳未満は入店禁止なんですよね?」

 ルミコさんのあまりの新事実に、通しの妨害以前に驚きを隠しきれなかった。

「オーナーなんだからいいんじゃない?」

「そんな単純な話ではありません。ご両親が亡くなられて、それをきっかけにこの店を継承したそうです」

「……確か、鈴百合に受かってたけど、蹴ったんすよね?」

「蹴ったというよりは、この店を守るために辞退したのでしょう。鈴百合ほどの進学校に通いながら雀荘の経営を両立するのは厳しいでしょうし」

 どんどんルミコさんのディープな個人情報が漏れ出てくる。

 鈴百合学園と言えば、毎年一流大学に何十人も輩出している名門進学校だ。生徒が学校運営に携わるという特殊な教育方針で有名な星愛女学院とは異なり、いい意味で全国的にも有名な女子高である。

「鈴百合って、すごいですね! ルミコさん、頭いいんですね!」

「ええ、それはもう。私よりもずっといいですよ」

「でもさ、何とかならなかったのかなー? 鈴百合行ってたら人生勝ち組になれるのに、辞退しちゃうとかそういうとこ頭よくないよねー」

「……それはさすがに言い過ぎすよ」

「とにかく、ホムラが何とかすればよかったのよ。あの子、ルミコの保護者みたいなもんでしょ?」

「保護者、ですか?」

「ホムラは籍こそ星愛女学院に置いていますけれど、もう二十歳も超えていますし、ルミコにできないことをいろいろと世話しているそうです。どういうご縁かは存じませんけれど」

「そうなんですね」

「だいたい、そういうのはコオリの仕事じゃないの? ルミコの母親って言っても問題ない年じゃない。むしろ、ルミコの母親ってコオリだったりしてー」

「ルミコくらいの年の子がいたら、星女高に在籍した頃に産んだことになりますから、星女高の歴史に名が残ってしまいますよ」

「ウケる―! あんたどんだけチャラいのよ!」

「だから、私はルミコの母親ではありません」

 すごく重い話をしている気もするけれど、ヒカリさんもコオリさんもさして気にした様子は見せない。それだけルミコさんやホムラさんと親しい間柄なのだろう。

 雑談を続けながらも、局は進行する。


東四局 五巡目 東家 ナナミ 20900点 40枚 焼鳥 ドラ表示:七筒

八萬 九萬 八筒 八筒 八筒 赤五索 五索 五索 七索 東風 東風 紅中 紅中

ツモ:五索


 カン材をツモ、か。

 そういえば、今日はまだカンを一度も見ていない。まあ、カンなんてそうそう起こらないから、珍しいことではないけれど。

 けれど、こういうのにときめきを感じてしまう。

 そういう時は、決まって調子がいい。

 だから、運命に身を委ねる。

「カンです!」

 わたしの宣言に対し、誰もが大した反応を見せなかった。

 わたしは五索をさらし、新ドラをめくる。

 現れたのは、青い鳥の牌だった。

「なんであんたそこにいるのよ!」

「あらヒカリ、チンニャオ頼みだったのかしら?」

 ヒカリさんとコオリさんの言葉をかいくぐり、リンシャンパイを手に入れる。

 ツモって来たのは中。ペンチャン待ちという愚形だけれど、チュン、ドラ3、アカ1のマンガンのテンパイだ。

 わたしが七索を切ると、流れるような動作でヒカリさんが手出しの南を切る。

 赤ドラ含みのカンなのだから、テンパイを警戒されてもおかしくはない。そもそも攻めっ気のないヒカリさんなのだから、わたしに対して下りるのは当然だろう。

 その時、丁寧なノックと共に、飲み物のお代わりを乗せたワゴンを押してホムラさんが入ってきた。

「お待たせしました。飲み物のお代わりです。ヒカリさんとナナミさんもご入り用かと思いましたのでお持ちしました」

 わたしが大きな動きを見せてテンパイ直後に、ホムラさんの入室である。

 何だか、嫌にタイミングがよすぎるような気がした。

「あら、気が利くじゃない」

「ミルクと砂糖はいかがなさいますか?」

「アリアリで」

「わたしもアリアリでお願いします」

 ホムラさんが卓を見た瞬間、ほんの少しだけおもしろいものを見る目になった。

 けれど、その表情をすぐに隠し、みんなに飲み物を配って回る。

 そして、そのさりげない動作の中に、わたしへの通しが紛れ込んでいた。

 ――東、テンパイ。

 さて、このサインをどう咀嚼すべきか。

 上がり牌が東だけなら、タンキ待ちである。もし東をツモって来ても、わたしの手の中で使い切れるので、特に大きな問題にはならない。

 次に、ホムラさんがわたしの捨て牌を操作するという可能性も検討しなければいけない。

 東が上がり牌なら、わたしはジャントウを崩して回す、という打ち方ができなくなる。中やドラ八筒のアンコーも動かすことが難しいので、手作りは自然とマンズのペンチャンあたりで行うことになってくる。

 けれど、今は突っ張るタイミングだし、大きな問題にはならないと思う。

 だから、信じる。

 次巡、六萬を引いてきたので、牌効率のいいカンチャン待ちにスライドさせる。

 ヒカリさんの九索、コオリさんの六索切りを見送り、ハガネさんが八筒をツモ切りした。

 ――このタイミングのドラのツモ切り。東タンキはハガネさん、ということだろう。

 だから、プレッシャーをかけてその足を止める。

「カンです!」

 ダイミンカンを宣言し、ドラ4をアピールする。赤五索も見えているので、誰の目にもわたしの手はハネマン以上だということが分かる。

「あんた何鳴かせてんのよ!」

「……そう言われても、いらないものはいらないすからね」

 親であるわたしの積極姿勢も、この場の卓にいる人にはあまり脅威に感じていないようである。

「ポン」

 コオリさんが鳴いた。ヒカリさんの捨てた發で一翻つける。

 メンゼン重視の柔軟な打ち方をするコオリさんが動いたということは、わたしの手を警戒し始めたということだろう。

「ポン」

 そして、コオリさんの動きは止まらない。ハガネさんから五萬を拾ってさらに手を進める。

 コオリさんは發に加えて赤ドラを含む五萬のポン。すこぶるマンズのホンイツ気配に加え、高い手も連想させる。

 けれど、わたしも冷静だった。

 これはおそらく、相手もプレッシャーをかけにきているのだろう。

 ハガネさんはあえて危険牌を切り続けてテンパイを臭わせ、コオリさんはリャンフーロでマンガン以上のホンイツ気配を出す。

 親ッパネのわたしを下ろさせるつもりまではないだろうけれど、これでわたしが振り込んだら精神的にかなりしんどくなる。

 精神的に弱っているわたしを効率よく追い詰めにくる。

 けれど、今のわたしは屈しない。

「カンです!」

 コオリさんの捨てた中を手中に収め、こちらもお返しとばかりに仕掛ける。

 これでサンカンツも加え、バイマン確定だ。

「あら、また珍しい役が見れそうですね」

 コオリさんの意味深な笑顔を見送って、新ドラをめくる。

 新ドラは、コオリさんの鳴いた發だった。

「ちょっとちょっと! 何よこの高い場は!」

 ヒカリさんがあわてるのも無理はない。コオリさんはハツ、ホンイツ、ドラ3、アカ1のハネマン確定、わたしに次いで高い手になったのだから。

 わたしはリンシャンパイを手牌に重ねた。


東四局 八巡目 東家 ナナミ 20900点 40枚 焼鳥 ドラ表示:七筒、青鳥、三筒、白板

六萬 八萬 東風 東風

副露:対明槓紅中、上明槓八筒、暗槓五索

ツモ:四萬


 ここの四萬ツモは真価が問われる。

 マンズが高いコオリさんに通る牌を探しつつ、五萬と七萬のどちらで待つかを選ばなければならない。

 けれど、迷いなんてなかった。

 わたしは照準をコオリさんに定め、八萬を切り出した。

 高まる心臓の鼓動と張り詰めた神経の一本一本が、わたしの脳髄を沸騰させる。

 ――これが通れば、勝てる!

 懐かしい高揚感が、わたしのすべての感覚を刺激する。

 けれど、不安や焦燥はない。

 なぜなら、わたしの『無敵の女神』としての直感に、ホムラさんのサインが重なったからだ。

 ――五萬、余剰。

 この瞬間だけは、ホムラさんを無条件に信じることができた。

 初めて入った余剰牌のサインは、死んだ『無敵の女神』の力をこの一瞬のひと時でも蘇生させる大きな追い風になったのだ。

「リーチ! 裏ドラたくさん乗らないかなー?」

 わたしの捨て牌はあっという間に流され、ヒカリさんがリーチを仕掛けた。

 今まで引いて打っていたと思ったヒカリさんが、そこまで手を整えているとは微塵も想定していなかった。

 けれど、その緊張は一瞬で解けた。

 ――四筒、余剰。

 ワゴンの上の空いたカップを重ねるホムラさんからの通しだ。

 ヒカリさんのリーチに対して、上がり牌ではなく、余剰牌のサイン。

 ということは、ノーテンリーチだ。

 わたしを上がりから遠ざけるためのブラフのノーテンリーチ。それは絶妙なタイミングだったけれど、見えてしまうトラップほど情けないものはない。

 もう、恐れるものは何もなかった。

 一巡回ってコオリさんの番、珍しい幕切れでこの局が終わる。

 けれど、コオリさんの目的が分かれば、自然と予測できる終わり方だった。

「カン」

「ロンです!」

 わたしは余剰牌をフーロに隠すコオリさんの手を止め、手牌を倒した。


和了形 ナナミ ドラ表示:七筒、青鳥、三筒、白板

四萬 六萬 東風 東風

副露:対明槓紅中、上明槓八筒、暗槓五索

ロン:五萬


チュン   一翻

チャンカン 一翻

サンカンツ 二翻

ドラ    四翻

アカ    一翻 1枚

70符 九翻 倍満 24000 1枚


ナナミ 20900+24000=44900点  41枚 焼鳥

ハガネ 27900点 100枚 焼鳥

コオリ 41000-24000=17000点 138枚 焼鳥

ヒカリ 10200点 93枚 焼鳥


「チュン、チャンカン、サンカンツ、ドラ4、アカ1はバイマン、24000点です!」

「チャンカン、ですって……!?」

 わたしの申告に、コオリさんはさすがに動揺を隠せないようだった。

 コオリさんの手に余剰牌があるということは、もちろんテンパイしていないということだ。

 ホンイツに見せかけた別の色で待つ手はもちろん、マンズのホンイツ狙いでも五萬をコーツで固めてしまうということは、数字の上か下に偏った手、もしくは字牌が多い手なので、どうしても五萬をツモれば邪魔になってしまう。

 そしたら、わたしの大物手を水泡に帰すには、自分が上がるか仲間に差し込むより、二人以上で四回カンを行うと成立する途中流局、スーカイカンを選んだ方がいい。

 だからこそ、上がり牌を寄せた。

 それができたのも、ホムラさんのアシストがあったからだけれど。

 わたしは目くばせでホムラさんに謝意を伝えようと思ったけれど、ホムラさんは鼻歌交じりにリフレッシュと時間つぶしのために用意された漫画の詰まった本棚を整理していて、わたしには目を向けようともしなかった。


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