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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第6半荘 しあわせのあおいとりをさがして
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第97話 うらぎりのじょおう

 前局、場が劇的に変化し、わたしは一気に窮地に立たされた。

 わたしは現在、22900点の3位、チップの残り枚数は40枚で、一人ヤキトリである。

 このままゲームが終われば、ヤキトリの罰符とウマで35枚は失う。

 素点を考慮すれば、-7ポイントなので、わたしが誰にも振り込まなくても、チップが2枚足りなくなる。

 お金と相当の価値を持つチップが初期の枚数である100枚からかなり落ち込み、マイナスになる危機にさらされているのだ。

 チップが足りなくなった時の処遇は、明言されていない。

 けれど、ろくな展開にならないことは容易に想像つく。

 もともと、ヒカリさんに押しつけられたチップなので、ヒカリさんに借金しているのと同義である。

 その借金を返済するために、ヒカリさんの下で働かされるのは、まだましな方かもしれない。

 まさかとは思うけれど、借金を増額して今日はまだ打ち続けよう、という話になれば、泥沼になりかねない。

 ――ダメだ。思考が負ける方向に傾いている。

 負けた時のことは、負けた時に考えよう。

 少なくとも今はまだ、そういう図太い神経を持つべきだ。

 ネガティブな思考のせいでパフォーマンスが落ちてしまえば、元も子もないのだから。

 ハガネさんの親で、東三局が始まる。


東三局 一巡目 南家 ナナミ 22900点 40枚 焼鳥 ドラ表示:緑發

二萬 三萬 六萬 九萬 二筒 四索 五索 六索 七索 七索 南風 南風 紅中

ツモ:赤五筒


 配牌サンシャンテン。南は役牌だから、今までよりは早上がりが期待できる。

 この手をものにできるかどうかは、浮いたドラである赤五筒と中を上手なタイミングで手放さなければならない。

 わたしは第一打に九萬を選んだ。

 次巡、西をツモって二筒を切り出そうとした時、部屋にノックの音が響いた。

「失礼します」

 扉の方へ目をやると、ホムラさんが料理を乗せたワゴンを押しながら入ってくるところだった。

「こちら、サンドイッチと温玉カレー、それと飲み物になります。ナポリタンの方はもう少々お待ちください」

 わたしたちがツモと打牌を繰り返す中、ホムラさんは順番にみんなのサイドテーブルに料理を並べていく。

「ホムラ、もしかしてルミコのやつサボってないでしょうね?」

 一人だけ料理にありつけないヒカリさんがコーヒーをすすりながらジト目でホムラさんをうかがう。

「今腕によりをかけて作っておりますので、もう少々お待ちください」

「あら、じゃあ期待して待ってるわね」

 左手にカップを持ったまま、ヒカリさんが当たり前のように片手でツモり、手出しで三筒をさばく。

 コオリさんとハガネさんも、自然の動作で食事をしながら打っている。『NANA☆HOSHI』ではまず見ない光景だ。

 サンドイッチのコオリさんはともかく、カレー片手に打つハガネさんも器用なものである。

 ワゴンを下げに部屋を出ようとしたホムラさんが、何かに引っかかった拍子に手を離した時、通しが入った。

 ――四、七索、五筒、中、テンパイ。

 あり得ない種類と数のテンパイサインだ。

 おそらく、二人テンパイなのだろう。良形のリャンメン待ちと、ドラ含みのシャンポン待ちだ。

 この三人が結託してわたしを一人ヤキトリで終わらせるつもりなら、上がる気のないヒカリさんを除いた二人がテンパイしていることになる。

 七巡目にして、コオリさんもハガネさんもテンパイだ。

 二人とも、通し一つでここまで何度も早くテンパイできるものなのだろうか。


東三局 八巡目 南家 ナナミ 22900点 40枚 焼鳥 ドラ表示:緑發

一萬 二萬 三萬 赤五筒 七筒 四索 五索 六索 七索 七索 南風 南風 紅中

ツモ:六筒


 わたしもこれでやっとテンパイだけれど、ドラ中が上がり牌なら回すしかない。

 ただ、中がシャンポンの上がり牌ということは、わたしが中をツモって重ねても、持ち持ち(同じ牌のトイツを二人で持ち合って、コーツにしたくてもできない状態)になってしまう。

 わたしの手のシャンポンを崩すにしても、七索が当たりなのだから、南切り一択になってしまう。他に手役のないわたしとしては、切りたくないけれどそうも言ってられないのだ。

 とりあえず、南のトイツ落としで回すにしても、ゴールが見えない。

 ホムラさんが知らせてくれた牌を抱えて上がる方法なんて、メンゼンツモしかない。

 しかも、中をジャントウにしないといけないので、七索を重ねてアンコーにしなければいけない。

 ここまで制約を受けた上がりは、茨の道と言わざるを得ない。

 けれど、その茨の道もホムラさんの導きのおかげで進むことができる。

 わたしは南を切った。

「……ロン。まさかそこから出るとは思わなかったす」

「――えっ?」

 わたしはあっけに取られることしかできなかった。


和了形 ハガネ ドラ表示:緑發

七萬 七萬 八萬 八萬 九萬 九萬 三筒 四筒 五筒 六索 七索 八索 南風

ロン:南風


イーペーコー 一翻

40符 一翻 2000


コオリ 33000点 139枚

ハガネ 25900+2000=27900点 100枚

ナナミ 22900-2000=20900点  40枚 焼鳥

ヒカリ 18200点 93枚


「安っ!」

 ヒカリさんがバカにしたような声でつぶやく。

「……親すからね。拾えるものは拾うす。あ、2000す」

「――はい」

 わたしは必死に頭を巡らせながら、ハガネさんに点棒を渡した。

 ――おかしい。

 ホムラさんのテンパイサインにはない牌でハガネさんが上がった。

 ということは、先ほどのホムラさんの通しは、ヒカリさんとコオリさんの上がり牌、ということだったのだろうか。

 ハガネさんはタンキ待ち。一巡で上がり牌をすり替えられるのだから、あえてテンパイサインを送らなかったのだろうか。

 けれど、腑に落ちない。

 ションパイの南なんて、普通に考えればわたしから出てくるとは考えづらい。

 タンキ待ちで有効な待ちなんて、他二いくらでもある。

 ヒカリさんの差し込みを誘うのであれば、わたしに対して切りづらい南を抱え続けるのはリスクが高い。

 ハガネさんのこの上がりは、どこか不自然だ。

 だから、わたしはある可能性にたどり着くことができた。

 この場において、最悪なケース。

 ――ホムラさんが、この三人と通じているのではないか?

 ヒカリさん、コオリさん、ハガネさんは、普段からホムラさんと麻雀をよく打っているようなので、事前の取り決めなどいくらでもできる。

 次に、ホムラさんはわたしと結託するふりをする。コオリさんのテンパイサインをわたしに知らせ、コオリさんが上がることでわたしを信頼させる。

 そしてこの局、何らかの手段を使ってわたしの手牌の内容を共有する。

 ホムラさんは料理を配って卓を回っていたのだ。わたしの手牌を見ることも、他の人にそれを伝えるチャンスも、いくらでもあったはずだ。

 仕上げは、わたしにテンパイサインを送り、わたしの捨て牌を操る。

 よくよく考えれば、こうも都合よくホムラさんの送る上がり牌がわたしの手牌の中にあるなんて出来すぎである。

 あんな上がり牌のサインを送られたら、わたしは南のトイツ落としを選ばざるを得なくなる。

 予めそれを見越して、三人の誰かにわたしが南を落とすことを伝えれば、それで罠が完成するのだ。

 ――考えたくはなかった。

 あまりに仮定の多い推論だ。そんなことはないと一蹴したい。

 けれど、無視だってできない。

 むしろ、わたしに恨みを抱いているだろうホムラさんの報復だと思うと、仮定で塗り固められた理でさえも、真実であるように見えてくる。

 確かめたいけれど、それを確証するためには、わたしの持ち点とチップがあまりにも心許ない。

 次局、わたしはどう振る舞うべきなのだろうか。

 ホムラさんの通しを無視すれば、一方的にわたしが協力関係を解消することを意味する。ホムラさんが真実を伝えていたのであれば、それは致命的な背信行為になる。

 ホムラさんの助けなしで、この三人の謀略をかわすのは、並大抵のことではない。

 今まで打ち続けて、認めざるを得ないのだ。

 この三人は、わたしよりもずっと実力が上であると。

 その上で、通しを使って情報交換をしているのであれば、わたしに勝ち目など微塵もない。

 だからと言ってホムラさんのサインを素直に信じれば、ここにいる全員の袋叩きに遭う可能性だってある。

 いや、ホムラさんが敵であれば、わたしが生き残る術は残っていないも同然だ。

 わたしの迷いは堂々巡りをするばかりで、無情にも次局は始まってしまう。


東三局 一本場 南家 ナナミ 20900点 40枚 焼鳥 ドラ表示:四萬

一萬 三萬 六萬 九萬 一筒 五筒 八筒 四索 六索 七索 西風 白板 緑發

ツモ:東風


 こんな時に限って、ローシャンテンのクズ手だ。

 心が穏やかでない状況で、こんな手がまとまるわけもない。

 ツモも伸びが悪い。北、3枚切れの南、くっつかない赤一索。足を引っ張るツモばかり来る。

 何もできないまま九巡目を迎えると、再びホムラさんがノックをして入室した。

「お待たせしました。ナポリタンです」

「待った待った! すごーく待った!」

 ヒカリさんが嬉々としてホムラさんからナポリタンを受け取り、食べ始める。

「コオリさんとハガネさんも、紅茶やコーヒーのお替わりはいかがですか?」

 すかさず、ホムラさんの通しが入った。二人ともマンガン手だという合図だ。

 けれど、上がり牌のサインが入っていない。

 どう解釈すべきか、非常に悩ましい。

「それでは、お代わりをいただきますね」

「……同じく」

 結局、上がり牌のサインが送られないまま、ホムラさんがワゴンを押して部屋を出る。

「ロン。タンピン、ドラ2の一本場は8000です」

 それからすぐ、コオリさんがヒカリさんから出上がりした。


和了形 コオリ ドラ表示:四萬

五萬 五萬 六萬 七萬 八萬 三筒 四筒 五筒 二索 三索 六索 七索 八索

ロン:四索


タンヤオ 一翻

ピンフ  一翻

ドラ   二翻

30符 四翻 7700

積み棒:1本


コオリ 33000+8000=41000点 139枚

ハガネ 27900点 100枚

ナナミ 20900点  40枚 焼鳥

ヒカリ 18200-8000=10200点 93枚


 ヒカリさんがナポリタンを咀嚼しながら点棒を支払う。文句の一つでも言いたそうな顔をしているけれど、さすがに食べながらはしゃべらない。

 けれど、きっとその表情もパフォーマンスなのかもしれない。

 わたしにとって、自分の持ち点だけでなく、ヒカリさんの点棒も寿命なのだ。

 それが、ハネマン一つで失う状況まで追い詰められた。

 次局、わたしはようやく親番を迎える。

 トップのコオリさんとは20100点差。簡単にひっくり返せるものではない。

 けれど、まずは一つ上がる。

 そうすれば、一人ヤキトリは解消されるし、三人の思惑は崩れることになる。

 ――何としても、上がらなければ。

 わたしが一つ呼吸を入れると、ようやく脳内回路が仕事を始めた。


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