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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第6半荘 しあわせのあおいとりをさがして
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第96話 むしのしらせはそとからくる

『NANA☆HOSHI』のローカルルール、青鳥牌の入った麻雀が東二局を迎える。


東二局 一巡目 西家 ナナミ 25000点 42枚 焼鳥 ドラ表示:三索

二萬 三萬 四萬 六萬 一筒 二筒 三筒 三筒 四筒 六筒 七筒 四索 西風

ツモ:北風


 配牌はリャンシャンテン、タンヤオ狙いでサンシャンテンだ。

 ヤミテンでのご祝儀は期待できない。ヤキトリ解消のための食いタンで早く流した方がいいだろう。

 第一打からツモ切りもどうかと思うけれど、北を河に捨てる。

 この局も、何かと不安な立ち上がりを見せる。ヒカリさんも、コオリさんも、ハガネさんも、手の内を明かさないような捨て牌が続く。

 前局みたいな、劇的な場の変化はない。

「そういやハガネ、最近儲かってるの?」

 四巡目、ヒカリさんが不意にハガネさんに話しかけた。

「……少なくとも、今日は赤字すよ。ザラ場中、こうやって遊んでるんすからね」

「あなた、研究はちゃんと進んでいるのですか?」

「……コオリさん、お袋みたいなこと言うんすね」

「仕方ないって。コオリは年増のおばちゃんだから」

「失礼ですね。私は一応あなたと同じでアラサーですよ」

「どっちが失礼よ! あたしはまだ二十五よ!」

「……アラサーじゃないすか」

「ハガネ、一歳若いからって調子こいてんじゃないわよ!」

「……この時期の一年は大きいすよ」

「腹立つわねー」

 こんな会話が麻雀を打ちながら続くのだ。

 何気ない雑談と言えば何気ない雑談だ。

 けれど、ホムラさんは、すべて通しと思え、と言っていた。

 そう考えて聞き耳を立てていると、怪しくも聞こえてくる。

 すると、ソファーでスマホをいじっていたホムラさんが立ち上がった。

 そして、一瞬右手が動く。

 ――一、四、七索、テンパイ。

 背筋がひやりとした。

 今ホムラさんがいる位置からは、コオリさんの手牌しか見えない。

 ということは、コオリさんが一、四、七索でのテンパイということだろうか。

 わたしはちらっとコオリさんの捨て牌を確認する。


河 コオリ

一筒 三索 西風 白板 七萬 二萬

七筒 白板


 ここでホムラさんのテンパイサインである。

 こんな捨て牌で、テンパイと上がり牌を見破れという方が無茶である。

 一、四、七索は捨て牌である三索の裏スジや跨ぎスジであるので予測できないこともないけれど、白板切りでヤミテンを見切るのは難しい。

 ホムラさんからのサインは、それで終わらなかった。

「コオリさん、もう12時も回りましたし、サンドイッチでもいかがですか?」

 満面の笑顔でメンバーとしての気遣いを見せているように聞こえる。事前の取り決めがなければ、わたしも気にも留めなかっただろう。

 ――コオリさんが、ハネマン以上の手……!

 ホムラさんとの通しで、飲み物の話題が出たらマンガン、食べ物の話が出たらハネマン以上という決まりがあったけれど、こういうことか、と合点がいった。

「ええ、それではいただきましょう」

 知ってか知らずか、コオリさんは笑顔で応じる。

「あたし、ルミコの作るナポリタンね!」

「……温玉カレーを頼むす」

 続いて銘々に注文する。喫茶店にも負けないラインナップだと感心してしまう。

 ホムラさんがわたしのオーダーを待つような目で見つめてくる。

「えっと、メニューいただけますか?」

 ホムラさんがガラステーブルの上にあるメニューを取り、卓を回り込んできた。

 わざわざわたしの隣にまで来て、メニューを見せる。

 その一瞬近づいた時だった。

「――ヒカリ、アカ3」

 聞こえるか聞こえないくらいかの声が耳元でささやかれた。

「当店のおすすめは、この時間だとサンドイッチになります」

 わたしがリアクションする前に、かき消すようにさりげないセリフをつけ加えた。

 わたしは妙な緊張に心臓を拍動させながら注文する。

「それじゃあ、わたしもサンドイッチで」

「かしこまりました。皆さん、飲み物はいかがなさいますか?」

 この話の運び方も上手だと思った。

 さっきの食べ物の話とは違い、この誘い方は具体性が乏しい。おそらくこれはフェイクで、ゆくゆく飲み物のサインを出す時の違和感を和らげるためのものだろう。

「あたし、コーヒーのアリアリ!」

「それじゃあ私は、紅茶のナシナシでお願いします」

「……コーヒーナシナシ」

「――えっと、アリアリとナシナシって……」

「ミルクと砂糖です」

「ああ、それじゃあ、わたしは紅茶のアリアリでお願いします」

「かしこまりました」

 注文を受けつけたホムラさんがメニューをテーブルに戻し、扉へ向かう。

 扉の取っ手を握る直前、再びすっと右手が動いた。

 ――三、六萬、テンパイ。

 ホムラさんの所作はどこまでも自然で、抜け目がない。

 ホムラさんがわたしのところに来る時、ハガネさんの後ろを通ってきた。その時、一瞬見た手牌と、ハガネさんの打牌でテンパイを見積もり、わたしに知らせてきたのだ。


東二局 十巡目 西家 ナナミ 25000点 42枚 焼鳥 ドラ表示:三索

三萬 四萬 赤五萬 六萬 一筒 一筒 二筒 二筒 三筒 三筒 六筒 七筒 四索

ツモ:赤五筒


 ここまで来たけれど、三、六萬のノベタンも、ドラ四索タンキも、どちらも行き止まりだ。

 ヒカリさんが赤牌を3枚握っているということは、赤一索のアンコーか、赤一索2枚と赤五索、ということになる。

 河だけ見ると、それほどソーズは高そうに見えないけれど、実際はものすごく地雷だらけだ。

 ハガネさんがマンズ待ちということなら、イーペーコーを崩して頭を作るしかない。

 わたしは、まずは一筒を切る。

 次巡、一度捨てた二萬を引き戻した。ノベタンが消え、ドラタンキだと出上がりできそうもないし、頭を確定させてしまった方がいいと判断して、一筒のトイツを完全に落とした。

 その直後だった。

「リーチ!」

 ヒカリさんが積極的に仕掛ける。

 けれど、この時すでにコオリさんとハガネさんがテンパイなのだ。

 普通なら下りに徹するべきだけれど、コオリさんとハガネさんの上がり牌は分かっているのだ。ヒカリさんさえかわせれば太刀打ちできる。

 ――攻められる!

 そう思いはしたけれど、その願いは実らなかった。

「通しません」コオリさんが手牌を倒した。「ロン。メンホン、アカ1、ドラ1は12000と1枚です」


和了形 コオリ ドラ表示:三索

二索 三索 四索 赤五索 六索 八索 八索 八索 南風 南風 南風 北風 北風

ロン:七索


ホンイツ 三翻

ドラ   一翻

アカ   一翻 1枚

50符 五翻 マンガン 12000 1枚


コオリ 25000+12000=37000点 141枚

ハガネ              28000点 102枚

ナナミ              25000点  42枚 焼鳥

ヒカリ 22000-12000=10000点 87枚 焼鳥


「コオリ、やってくれるじゃない」

「親なので、少し張り切らせていただきました」

 ヒカリさんとコオリさんが点棒の授受をする。 ホムラさんのサインではハネマン以上だったけれど、コオリさんの上がりはマンガンだった。常に一翻つく一索やドラ四索の上がり、もしくはツモでもハネマンなので、ホムラさんのサインは高めを基準にしていることが分かる。

 仮に、先ほどの雑談が通しであるとするならば、ヒカリさんの放銃は差し込んだことになる。

 けれど、そうであればメリットが分からない。安めを選んだとしても、親マンなので、ヒカリさんの傷はそう浅くはない。

 ヒカリさん、コオリさん、ハガネさんが結託してわたしをはめるつもりであれば、まだその本当の狙いが分からない。

 その狙いの一端は、次局の東二局一本場でうすぼんやりと見えてきた。

「ツモ! リーヅモ、アカ2――って、裏ドラ乗らないじゃない! ニセン・ザンクの一本でニーイチ・ヨンセンとツーオールね」


和了形 ヒカリ ドラ表示:南風、裏ドラ表示:緑發

二萬 二萬 二萬 四筒 赤子筒 六筒 赤一索 二索 三索 八索 八索 緑發 緑發

ツモ:八索


リーチ    一翻

メンゼンツモ 一翻

アカ      二翻 2枚

30符 四翻 2000・3900 2枚オール

供託:1本、積み棒:1本


コオリ 37000-4000=33000点 139枚

ハガネ 28000-2100=25900点 100枚

ナナミ 25000-2100=22900点  40枚 焼鳥

ヒカリ  9000+9200=18200点 93枚


 ヒカリさんの攻撃的なリーチが実を結ぶ。

 ヒカリさんの怖いところは、どんな時でも攻める手を緩めないところだ。

 普通、序盤に点数が落ち込んだ時は、流れがよくなるまでじっと耐え、大物手を張ったところで勝負する、という人が多い。

 けれど、ヒカリさんは自分の残り点数もお構いなしでリーチを仕掛けてくる。そのペースを全く崩さないのだ。

 しかも、それで上がってしまう力がある。

 こういうタイプの打ち手は、足を止めるのに苦労するので常に脅威となる。

 そして、場は最悪な状況を迎えた。

 ――わたしの一人ヤキトリで、23000点を割っている。

 わたしの即死条件がそろってしまったのだ。

 三人がわたしを敗北させたいのであれば、もう流局を待つ必要もない。

 わたしが上がる前に誰かを飛ばしてしまえばいいのだ。

 通しを使ったコンビ打ちで、パートナーを飛ばしてしまうことほど簡単なことはない。

 アタッカーは手を作り、テンパイと上がり牌のサインを送ればいい。トス役は、手作りなんかせず、ただただサイン通りに差し込むだけでいい。

 この状況で、飛ばされるトス役は、点数の一番低いヒカリさんだろう。すると、当然コオリさんとハガネさんはアタッカーだ。

 通しのサインがある二人に競り勝って上がるのは、かなり至難の業だ。

 一方わたしはというと、相方のホムラさんは部屋を出たっきり帰ってこない。雀荘のメンバーとして料理でも手伝っているのだろう。

 ホムラさんが帰ってきても、送られてくるのは相手のテンパイサインだけだ。

 一応、余剰牌もサインの取り決めがあるけれど、この三人があからさまに余剰牌の分かる打ち方をしてくるとも考えにくい。

 わたしは防御は強くても、今求められているのはヤキトリ会費の上がり、そして他を圧倒する攻撃なのだ。

 だから、ホムラさんの支援は望めない。

 ――まあ、最初からそう甘くはないことくらい分かっていた。

 結局、わたしは一人で戦わなければならないのだ。

 思い返せば、今までだってずっとそうだった。

『NANA☆HOSHI』を守るため、一人で戦ってきたのだ。

 他の部員のサポートもあったけれど、わたしが最前線に立って戦っていたのだ。

 地獄のような修羅場の最前線には、救いなどない。一人で戦って、生き残らなければならないのだ。

 ――大丈夫だ。わたしはまだ、戦える。

 わたしは大きな深呼吸を一つ入れた。

 覚悟を決めた時、わたしの心の内に何かがうごめくのを感じた。


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