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ナナミ -The Gifted Challenger- ~天才少女の麻雀挑戦記~  作者: 蝶捕銀糸
第1半荘 はじめてのまーじゃん
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第1話 むてきのめがみとよばれたしょうじょ

 ゲームには必ずルールがある。

 だから、勝てる。勝つ道がある。


 わたしは手元の5枚のトランプから目を離してちらっと他の人の様子をうかがった。

 一度目のベットが終わり、わたしのカード交換の番。今回親のユリちゃんは2枚交換、隣のサナちゃんも2枚交換だ。

 二人とも癖がある。本人には気づかない癖が現れている。

 ユリちゃんは右から順に並べる傾向がある。今回捨てたカードは左からで、加えたカードも左に並べたので、残したカードは小さな数字であると推測できる。

 サナちゃんは瞳が潤んで少しえくぼが見えたのでジョーカーを持っていると容易に想像がつく。

 そして、二人ともスリーカードが濃厚だ。

 わたしの切り札は3枚のクイーン。あとはダイヤの3とクラブの6。スリーカード勝負なら勝てそうだけれど、それを感づかれて下りられるのは避けたい。

 確率論的にセオリーの2枚捨ては保留で、引っ張ってこれそうな6のカードに賭ける。

 1枚捨てなので相手にはツーペアに見えるだろう。そこがスリーカードを持っていそうな二人を勝負から下ろさない罠になる。

 ダイヤの3をテーブルに伏せ、山札から1枚引いてくる。

 引いたカードはハートの6だ。こういう時の幸運を引き寄せる力だけは昔からどことなく自信があった。

 一度つかんだ幸福は逃がさない。

「レイズです!」

 わたしは手持ちの7枚のポーカーチップを差し出し、上限いっぱいの1000点まで賭け金を引き上げる。

「マジ!? ――じゃああたしはフォルトで」

 自分の番を済ませたライちゃんはあっさり手札を伏せ、場代の200点を残して勝負を下りた。3枚換えのライちゃんはおそらくワンペアどまりだったのだろう。賢明な判断だ。

 ここは正念場だ。1枚換えてレイズをかければ、誰だってフルハウスを疑う。

 けれど、わたしはこれまでの勝負で、上限いっぱいのレイズによるブラフのワンペアで二回勝った。

 今回こそハッタリに違いない、という疑念を相手に植えつける準備はできていたのだ。

 そんな確信があっても、わたしの心臓は早鐘を打つ。このリズムがたまらなく好きだ。

「私はコールで!」

 ユリちゃんはしばしの沈黙の後、口元を引き締めてポーカーチップを差し出した。

「あたしもコール!」

 サナちゃんは何も考えずにドヤ顔で応えた。ジョーカーを持っていたからといっても、あまりに無鉄砲な返事だった。

 手札の開示は賭け金を決めたわたしから。

 けれど、結果は見えていた。わたしの手中のハートのクイーンも笑っていた。

「クイーンのフルハウスです!」

「うっそ~! ブラフじゃないのっ!?」

「おぉ、さすがナナみん!」

「こりゃ勝てないわ!」

 わたしの手を見た瞬間、驚嘆と失望の混じった黄色い声がこだまする。

 ユリちゃんが放り投げた手札はエースのスリーカード、サナちゃんの表に向けられた手札はジョーカー含みの5のスリーカードだった。下りたライちゃんの手札は不明だけれど、わたしの予想の外には出ないだろう。

 最強クラスの役で上限いっぱいまで賭けさせ、あっさり勝利をもぎ取る姿は、他三人にはとても鮮やかに見えたに違いない。

 それでもやっぱり、どんなゲームでも勝つと嬉しい。みんなの口々に漏らす言葉に何だか照れくさくなってしまう。

 一日の授業が終わった放課後の教室、そこは心が解放される特別な時間と空間だった。

 特に部活もしていないわたしは、この放課後の時間を満喫していた。

「じゃあ今日のデラックスパフェはナナミのものね」

「えっと、べ、別にいいよ。わたしそんな賭け事なんて興味ないし」

 ユリちゃんの言葉を否定しつつも、自分で言っていて、何とも矛盾に満ちた言葉だなぁ、と感じてしまった。

 実際、わたしはただただみんながやっているポーカーという遊びに興じていたかっただけなのだ。

 もっとも、駅前の喫茶店のデラックスパフェといえば、わたしの大好物なのだけれど。

「じゃ、じゃあわたし、帰るね!」

 わたしは鞄を持って立ち上がり、教室を出ようとした。

 正直、意外と楽しかった。

 ポーカーはほとんどが運と心理戦だ。どんなに極めても常勝はあり得ない。

 だからこそ、おもしろい。そう感じた。

「――ちょっと待って、ナナみん!」

 教室を出たところで、後ろからわたしを呼び止める声が響いた。さっきまで一緒にポーカーをしていたクラスで一番の仲良しのサナちゃんの声だ。

 わたしが振り向くよりも早く、サナちゃんが腕を回して背中から抱きついてきた。

「ど、どうしたの、サナちゃん!?」

 首だけで後ろを向く。そこには長い黒髪ツインテールのサナちゃんの顔があった。

「ナナみんにお願いがあるの!」

「何? ――って、ちょ、どこ触ってるの!?」

「ナナみんのおっぱい少し分けて! ――じゃなかった。まあナナみんのおっぱい分けてほしいのはほんとだけど」

 サナちゃんが陽気な声を出していたかと思うと、スイッチを切り替えたかのように表情は涙目になる。

「お願い、助けて! ――『無敵の女神』と呼ばれたナナみんの力で、あたしたちを助けてよ!」


 ――『無敵の女神』、か。

 気がつけばわたしはそう呼ばれていた。

 わたしは小さい頃からボードゲームやトランプといった類のゲームが好きだった。

 どんなゲームでもすぐにコツをつかみ、自分なりに戦術を組み立て、すぐに強くなった。

 最初の頃は友達にちやほやされた。

 けれど、次第に友達はわたしに全く勝てなくなって、プレイするのを嫌がるようになった。

 気づけば、わたしと遊んでくれる友達は一人もいなくなった。

 ちょうどその頃、チェスや将棋、囲碁といったゲームのネット対局が流行り始めた。

 わたしはそれをやり始めると、めきめきと頭角を現し始めた。次々と不敗伝説を作り、ネットでも『無敵の女神』としてもてはやされた。

 けれど、今度はいろんな人の嫉妬を買った。掲示板やSNSではわたしに対する言われもない誹謗中傷が広がり、写真や個人情報が拡散された。

 だから、二度とやらなくなった。

 高校に入ってからは、その手の遊びとは無縁になった。

 けれど『無敵の女神』の名前だけは残った。

 ここ星愛女学院は中高大一貫の女子校で、高等部から編入したわたしにとっては知り合いがいない。それなのに、気がつけば『無敵の女神』の噂は広まっていた。

 正直、怖かった。

 けれど、サナちゃんは分け隔てなく接してくれた。こんなわたしでも友達になってくれた。

 ――まあ、少しスキンシップが激しすぎるのが残念だけれど。

 そんなサナちゃんが、わたしを初めて頼ってくれた。きっとわたしに何かの勝負をさせるつもりなのだろう。

 だったらわたしがサナちゃんのためにできることはただ一つ。

 ――どんなゲームでも、必ず勝つ!


 サナちゃんに手を引っ張られて、部室棟のとある一室に連れてこられた。

 扉には『NANA☆HOSHI』という木でできた看板がかかっていた。

 星愛女学院では部活ごとに愛称みたいなものがつけられている。だから、これだけでは何の部活かは想像もつかない。

「じゃあ、あとはお願いね!」

「ちょっと待って、サナちゃん!」

 すぐにどこかに行ってしまいそうだったサナちゃんの手を、今度はわたしが捕まえた。

「あ、あの、ナナみん、――あたし、まだ心の準備が」

 なぜか紅潮するサナちゃん。

「いやいやいや何の話!? というか、心の準備ができていないのはわたしなんだけど! ――それで、わたしに何の勝負をしてほしいの?」

 サナちゃんは、あー、そうそう、といった感じの表情を見せた。

 サナちゃんはわたしと同じで高等部からの編入組みで、そのよしみで仲良くなったのだけれど、――この子はバカだ。そしてエロい。エロバカだ。

「あたし、麻雀部に入ったんだけどね、いま部室が不良グループに占拠されちゃって……」

「麻雀?」

 嫌な予感がする。というか、ここまで聞かされたらその不良グループを蹴散らしてくれ、って流れが見え見えだ。

「でもサナちゃん、わたし、麻雀なんてやったことないよ?」

「大丈夫! ナナみんなら勝てるよ!」

 わたしの両手をつかんで、目を輝かせてサナちゃんは見つめてきた。

「せ、せめて簡単にルールくらい――」

「だいじょ~ぶ! がんばって、ナナみん!」

「ううっ……」

 そんなにキラキラした瞳で見つめられても困る。

 サナちゃんは純粋無垢な上、とにかく直情的だ。そしてバカだ。そして――まあいいや。

「じゃあ、あとは任せたよ!」

 明るい声で簡潔な言葉を残して、サナちゃんは走り去ってしまった。

 正直、あの子の頭の構造は微塵も分からない。きっと、裏なんてないんだろうけれど。

 ――麻雀、か。

 わたしはやったこともない。ルールも知らない。というか、道具すらろくに知らない。

 けれど、もう乗りかかった舟だ。やるしかない。

 エロバカなサナちゃんでも、たった一人の大事な友達の頼みなのだから。

 わたしは恐る恐る麻雀部の扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。

「し、失礼します」

 できるだけ何も知らないかのような素振りと満面の営業スマイルで部屋の中を覗き込んだ。

 麻雀部の部室は意外と狭かった。普通の教室の半分くらいの広さで、中央に麻雀卓がある。床には雑誌や漫画が散乱し、流しやポットなんかもあるけれど、とにかく物であふれている。

 その部屋の真ん中の卓についていた二人の生徒が、わたしの方を見た。

「あんた、誰ッスか?」

 右側に座る、茶髪でポニテの女子が漫画を読む手を止めて、睨んでくる。

「1年生みたいね。それで、私達に何か用?」

 左に座るカチューシャをつけた黒髪ボブの女子がスマホから目を外して不審そうな視線を向けてくる。

 星愛女学院では学年で制服の色が違う。だから、制服で学年がすぐに分かる。

 わたしやこの二人は赤い襟とスカートにピンクのスカーフのセーラー服だ。それは1年生であるという立派な証である。

 学年が同じなら対等、いや、きっとそれ以上に戦えるはずだ。

「あの、わたしも麻雀してみたいなー、と思って。混ぜてもらってもいいですか?」

 わたしの言葉に、ポニテの女子が明らかに不機嫌になる。

「ダメダメ、ダメッスよ! もうメンツそろってるんスから」

「でも、卓はあと二席空いていますよね?」

「あと二人来る予定なのよ。だから、痛い目見たくないならさっさと帰りなさい」

 カチューシャの女子が釘を刺す。

「まあそんなこと言わず――」

「――面白ぇ。卓に付きな」

 わたしが食い下がろうとした直後、わたしの横を通り過ぎる言葉が背中を押した。

 振り向こうとする間もなく、わたしと頭一つは違うほど長身の女性の後ろ姿が目の前にあった。

 床をこすりそうなほど長く、少し赤みを帯びた黒い髪、ところどころ赤黒く汚れた青の襟とスカートのセーラー服、後ろ姿からでも感じるものすごい存在感と威圧感。

 ――この人、ただ者じゃない。

 わたしもいろんなゲームで勝負してきたから、少しは分かる。

 感じるこのオーラは、戦う者の、幾多の修羅場をくぐり抜けて勝利を奪い取り続けてきた者の殺気だ。

 女性は卓で何かをしたかと思うと、わざわざ遠い方の席へ向かう。

「ホ、ホムラさん、いいんスかっ!?」

「――いいさ別に」

 ホムラと呼ばれた3年生の女性はちょうどわたしと真正面に向かい合って乱暴に座る。

 その時、長い前髪から彼女の顔が垣間見えた。

 額から右頬にかけて右目を引き裂くように伸びた刀痕、その奥に見えるルビーのような深紅の右目。

 そして、漆黒を湛えた鋭く細い左目がわたしをとらえて離さない。

 冷たく落ち着いたその表情と風貌は、まさに狩場で殺し合ってきたケモノのようだった。

「――どうした、麻雀したいんだろ? 早く卓に付きな」

 温度のない低い声が花火の低く大きな音のようにわたしの心臓を強く圧迫し、お腹の奥に重く響き渡る。

「――は、はい!」

 言われるがままにわたしはホムラと呼ばれた上級生の正面に座る。面接試験を受けているかのように緊張が心臓の鼓動をひどく暴れさせる。

 ――いや、そんなぬるい感覚ではない。胸をえぐり、心臓を直接わしづかみされたような、心の底に腕を突っ込まれて魂をつかまれたような、根源的な何かを脅かす感覚だ。

 ホムラが、わたしを見下すように尋ねてきた。その姿はさながら煉獄を圧制で統べる女王だ。

「――お前、ナギホの差し金か?」

「――はい!?」

 わたしのよく分からないことを言ってきた。いや、何と言ったかよく理解できなかった。彼女の声はわたしの心の奥底まで響いてきたというのに、理解が追いつかなかった。

「――まあいい。お前はこれが目当てなんだろ?」

 紅い右目の女王は胸ポケットから何かを取り出した。

 わたしはちらっとそれを見た。どうやら鍵、しかもついているタグからこの部室の鍵らしい。

 サナちゃんの言っていた通り、この部屋はこの女性が牛耳っているようだ。

「――ルールは簡単だ」鍵をくるくる回しながら、ドスの利いた声が響く。「俺とお前、サシの勝負だ。お前が俺よりも高い点取ったらこいつはくれてやる。その代わり、俺がお前に勝ったらその点差に円を付けて渡しな」

「そ、それってつまり……?」

 少し震えた声で尋ねる。

「――簡単だ。俺がお前に10000点差で勝ったら、お前は一万円を払う。――払えないなら、これから楽しい学校生活が始まるってことだ」

 ――1万円!

 それは駅前のカフェのワンコインで食べられるというリーズナブルなデラックスパフェ何杯分だろうか。二十杯分! 二十週間分のわたしの楽しみである。

 けれど、そんな大金、今のわたしには用意できない。

「――固まってねぇでさっさと始めようぜ」

 女王ホムラは声色一つ変えずに言い放つ。それを皮切りに、二人の1年生は自己紹介を始めた。

「あたし、キヨミッス。よろしくッス」ポニテのキヨミ。

「私はヒメリ。まあ、お手柔らかにお願いするわ」カチューシャのヒメリ。

 そして、最後は女王ホムラ。

「――ホムラだ。で、お前は?」

 わたしは一つ大きな深呼吸をした。

 相手がどんなに怖い相手でも、大きなプレッシャーがかかった対局でも、この手の勝負は、わたしは負けない。

 ルールも全然分からないけれど、そこにルールがあるならやっているうちに分かるはずだ。この手の逆境はもう慣れっこだ。

 目を閉じて軽く心を落ち着かせる。

 少しずつ気圧されていた気持ちが抜けていき、楽になっていく。

 わたしは大きく息を吸った。

「ナナミです! よろしくお願いします!」

 わたしのまっすぐな目に、女王ホムラがククッと笑みを見せる。

「――こいつは面白ぇ。『無敵の女神』と呼ばれた所以、見せてもらおうか」


第1話を読んでいただき、ありがとうございます!

次回以降、麻雀を打ちます。

ルールや戦術の解説はきちんとしていますが、

多少難しい場面もあるかと思います。

細かいことは分からなくても、麻雀をしている時のようなハラハラドキドキ感を大切にしているので、

手に汗握る対戦をお楽しみください!

評価や感想、ブックマークなどはわたしにとって大きな励みになりますので、

少しでも「おもしろい!」と感じたら、下のボタンからぜひお願いします!


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