きょうの空は青い
オレな、とある神社に住んでんねん。良縁結びの神社でシノガノ神社呼ばれてん場所やけど。ちょい違うたかな。
それからオレ鳩やけど人間の言葉判るんやで。凄いやろ。毎日毎日相手しとったら覚えてもうたわ。
一番最初に覚えたんは「かわいい」やな。羽の付け根痒うなってくちばしでつんつんしたりぴょこぴょこ回ってんとみんなオレにそう言うねん。最初は意味分からんかったけど、鳩界のプリンス呼ばれるオレに言うくらいやさかいライオンはんみたいに凜々しいやら猛々しいみたいな意味やろ。自覚はあらへんけどオレみたいな男前ならどないな仕草も様になるんやな。
***
いつもは境内の日向でうろうろしたりうとうとしてんけんど、ときどきそれが出来ん時があるな。
まず一月と四月と八月。えらい人数押し寄せて居場所のうなってまう。踏まれんように建物の隅に固まるか屋根の上に行かせてもらうわ。
あと五月と三月。おんなじ服着た子どもがこぞって来よる。これもアカン。別に写真撮るんわ構わんけど頭坊主の子にはえらい注意してんで。オレ人間好きやさかい逃げることはあんませんけど、たまに猛烈な勢いで追いかけてくる子がおんねん。さすがに追われると怖いわ。あら絶対撫でるだけじゃ済まされん。誘拐されるか焼き鳥にされるかやで。
せやけどおじいさんはえらい好きや。ちぎったパンくれるさかいな。
ときどきパンか思て人間が投げたもの食べるとちゃうときあるのんはしゃあないな。なんかもちもちねばねばしてて美味しいけんども嘴にひっつくねんあれ。確かミャツハシって言うとったな。
もちもちしたモノを羽で取ろうとすると羽にひっついてまう。そんときは川神さまのとこ行くんや。境内の少し離れたとこにおるんやけど凄い優しいねん。喉渇いたら潤してくれるし、もちもちがついたらそっと拭うてくれるんや。オレが「おーきに」って言うと優しゅう笑うてくれるんやで。まあ雨降った日だけはなんでか八つ当たり気味にあっちこっちに殴るさかいおっかないけどな。
それに比べてシノガノ神さまはひどいで。良縁の神様言われてて人間の縁は取り持つくせにオレには相手ぇ与えてくれへん。差別やろ。
昨日もな、川神さまに挨拶してから川の中にある一番軽い小銭もって会いに行くとな、境内の奥からにゅるーんって出てきたんよ。
「やあ鳩くん。お参りの真似事とは精が出るね」
これがなぁ、きりっと鋭い目しててな、紫の浴衣ビシッと着たイケメンなんよ。
「なあシノガノ神さま。なんでオレには嫁がおらんのや」
寂しいわけやあらへんで。ただ良縁結びの神社なのに、そこに住むオレ独り身なのは神社の名前にキズがつく思ての配慮や。
「鳩くん鳩くんまあ聞きたまえ」
そう言うて豆を出してくれる。もちもちよりも好きや。ええ神様やな。
「良縁とはね、何も伴侶を得ることだけじゃないんだ。良き出会い、良き友人も良縁なのだよ」
「そらわかるけどな、オレもシノガノ神さまみたいに相手欲しいのんどすえ」
境内の中程にある二本の木。根元は別々な木やけど枝絡まり、上で結ばれとる。この神社良縁結びと呼ばれる理由らしいけどホントかどうかよー知らん。シノガノ神さまはもともとあの木の神様らしい。
「それならね、思いやりの心を持つことだよ」
「おもいやり?」
「そうさ。キミにさっき豆を出してやっただろう? これも縁の一つだ。私はキミと縁があることを嬉しく思うよ。そしてその縁が広がると、自ずと相手は現れるものさ」
シノガノ神さまがそっと背中を撫ぜてくれる。ほんで囁くようにオレの耳元で続きを語るんや。
「だからさ、鳩くんの縁を広げるために川神さまと私の食事の場を用意してくれないかな。どうにも彼女は私の誘いは警戒しがちでね。あっキヨニズ神社の娘たちでもいいけど」
この神いつもたのしそーやなぁ。
***
うちのシノガノ神社の境内にはな、ちょいした森があるんよ。狸たちがぽこぽこわさわさしとるけんど、その中でも一番えらい狸がポンポコ神さまや。いつもは他の狸と追いかけっこしたりオレらにご飯くれたりしてんで。そんで十日にいっぺんくらい人間に化けて町に出掛けるんや。オレも何回か連れて行ってもろうたで。
ポンポコ神さまはただでさええらいべっぴんさんなのに、化けた時はいっそう綺麗や。舞妓ちゃんになるときや髪を金色に染めていくことが多いな。オレをちょこんと肩に乗せて歩くのんは変やと思うけどどうなんやろ。
「痛ないどすか?」
オレが聞いたとき、ポンポコ神さまは腹を抱えて笑うとった。
「痛くないですかですって? おかしなこと聞くのね。むしろ心地いいくらいよ」
剛胆な神様やろ。坊主頭から逃げとったオレとは大違いや。
町に連れて行ってもろうた時には、色んな場所を案内してくれてなぁ。さすがは何遍も遊びに行ってんだけはあるなって感心させられたわ。せやけどお日様沈む頃になると降ろされてまうんや。
「しばらく一人でお遊びなさい。先に帰ってても構わないわ」
そう言うとそそくさと歩き出してまう。気になってぴょこぴょこ着いてくとな、魔法みたいにパッと男の人間現れてて一緒に歩いてんのよ。
最初は恋人かな思うたけどそうやあらへん。毎回ちゃう人間なんやで。さすがはポンポコ神様。妖術も使えるんか。
人間の男を連れ回してたらふくお酒とご飯食べると笑顔で戻ってきて言うんや。
「じんせい、笑顔で歩けば幸福あり。ポンポコポーン」
さすがどすポンポコ神さま。四条通りに響く美声に誰もが振り返ってるで。
小銭も持ってへんのにいったいどないして人間のお店で飲み食いしたのかは大きなミステリやな。聞いても教えてくれへんし。
狸や鳩を連れてる美人はポンポコ神さまかもしれんで。もし会うことあったら謎を解明して欲しいっちゅーのがオレの願いや。
それにしても、化ける姿や相手によって性格や口調を変えられるほど人間に精通してるポンポコ神さま。さすがやで。
そういえば二日前、ポンポコ神さまがけったいなこと言うとったな。
いつもみたいに森を飛んでんときにばったりポンポコ神さまに会うたんや。
「そうそう鳩クン。前から言おうかなって思ってたことがあるのよ」
オレが隣に降りると、ポンポコ神さまは何が可笑しいのかクスクス笑い出しとった。
「あなたのね、話す人の言葉がね、少し変な日本語なのよ。一生懸命人の真似しようとしてるのはね、ふふっ、わかるけどっ、あはっ、口調が可笑しいのよ。あーっはっはっは」
……さすがどすえ。ポンポコ神さま。
***
オレは鳩。シノガノ神社の境内に住んでんねん。苦手なのはオレを追いかける子どもたちや。
良縁の神様の神社なのに相手がいーひんのは不服やけど、奇妙な縁ならぎょうさんある。
「なあ鳩くん。北西の方のミンカク神社に凄い可愛い娘が神様修行に来てるみたいなんだよ。これは先輩として挨拶しといた方がいいんじゃないかな」
「お酒。お酒が足りないわ。観光客を捕まえに行くしかないわね。今日はどんな服で行こうかしら。楽しみね」
「いーい鳩君。絶対シノガノ神さまに浮気させたらダメよ。奥さんが可愛そうなんだから。もし止まらないようならその鋭い嘴で眉間でも突いちゃいなさい」
えらいやかましいしけったいな縁やけど悪くはあらへんで。鳥頭って言われても、帰るべきこの神社のことは忘れへんしな。
だから今日も暖かい日向で地面を突くで。
うわ。最悪や。またおんなじ様な服着た坊主頭来おった。ほんま中学生ちゅうのは苦手や。
ん? なんや。パンくれるんか? あんたええやつやな。足にスリスリしたるわ