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朝を探しに

作者: 駒雅 嶺太郎

ジャンル迷いました。もし不適切でしたらゴメンなさい。

 日曜日の朝、それは私たち人間に与えられた至福の時間だ。

 まだ眠たい? だったら寝れば良い。今日だけは「遅刻するわよー」なんていう、憂鬱な呪文に邪魔をされることもないんだから。

 布団の中、私はなんだか良い夢を見ていた。こんな安らぎがずっと続けばなぁ、なんてことを考えながら、私の意識は無情にも現実へ引き剥がされていく。


「……二度寝ぇ」


 カーテンの隙間から射す日の光を瞼に感じない。私にしては珍しい、夜中に目が覚めてしまったのだろうか? 

 私は再び、まどろみに身を任せた。


「……うぅん」


 次に目が覚めても、やっぱり朝の気配は無かった。

 私は少し不思議に思って、目を閉じたまま、枕元のケータイを掴んだ。半年前、中学校の入学祝いで買ってもらった最新機種。私の宝物だ。


「……あれ? つかない……」


 ケータイの電源が入らない。寝る前に見た時は、まだ充電があったはずなのに。

 私は仕方なく目を擦り、薄緑色にぼんやりと光る、目覚まし時計の文字盤を読んだ。


「3時半……あれっ? 止まってる?」


 次第に頭が澄んでくると、カチコチという針の音が聞こえないことにも気付いた。

 目の前の目覚ましだけでなく、壁に掛かっているはずの時計の音も聞こえない。

 寝るのが好きな私も流石に目が覚める。牛乳でも飲もうと思い立ち、私はのっそりと布団を抜け出した。


 一階に降り、冷蔵庫を開く。

 何かがおかしい……そうだ、冷蔵庫の扉を開けたのに、電気がつかないんだ。

 停電だろうか。私はいつもの場所に置いてある牛乳を掴み取り、コップに注ごうとし――。


「……えっ?」


 ひどく不気味な、背筋が凍りつくような感覚に襲われた。


「なんで……? で、出てこない!?」


 いくら傾けても、ぶんぶんと振っても、紙パックから中身が出てこないのだ。

 持ち上げた時の重さから、空でないのは間違いない。何かおかしい。説明がつかない。

 焦った私は牛乳パックを放り出し、壁のスイッチを押した。

 しかし何度押してもカチッ、カチッという音が鳴るだけで、部屋の中は真っ暗なまま。

 更なる違和感に気付き、脂汗をかきながら振り返る。

 そこにはさっき放り出したはずの牛乳パックが、宙に浮いたまま静止していた。


「お母さん……! 起きてっ、お母さん!」


 パニックになった私は寝ているお母さんを揺さぶった。

 お母さんは起きなかった。


「いやあああっ!!」


 もう何がなんだか分からない。

 私は玄関へ走り、夢中で家を飛び出した。

 安心が欲しかった。「いつも通り」を探して、知っている道を無心で駆けずった。

 人の気配が無い。微弱な風すら吹かない町に、ただ私の足音だけが響いていく。

 ぽつりぽつりと並んだ街灯は、依然変わり無く夜道を照らしてくれる。今は、こんな冷たい光すらありがたい。


「はぁ……、はぁ……、そうだっ! コンビニ……!」


 二十四時間営業のコンビニ。あそこなら、今も誰かが居るはずだ。一縷(いちる)の望みを託し、近所のコンビニへ向かい再び駆ける。

 角を曲がったところで、コンビニの明かりが目に入った。私はさながら蛾のごとく、久方ぶりに見た強い光に吸い寄せられていった。


「そんな……」


 そこには確かに人が居た。

 自動ドアをくぐる男の人。レジで大あくびをしている店員さん。

 そのどちらもが、人形のように固まったまま動いていなかった。


「なんで……なんなのよっ……」


 私は泣きながらその場にへたりこんだ。

 この世界は狂ってしまった。もう普通の人間は、私しかいないんだ。

 いや、おかしいのは私なのかもしれない。

 全ての時が止まった世界。来てはいけない領域に、私の方が紛れ込んでしまったのかもしれない。


 何時間そうしていただろう。それとも、時間なんて過ぎていなかったのだろうか。

 初めは幻聴だと思った。絶望にうちひしがれて、ついに私も狂ってしまったのだと。

 自転車の車輪がアスファルトを滑る音。それは明らかに私以外のモノが発した音。

 あり得ない。でも現実に、それ(・・)は私の前で止まり、私の顔を覗き込んだのだ。


「……あれ? あんた、動いてない?」


 深い緑色のマウンテンバイクに乗った、ショートカットの女の子だ。

 私は頭がパンクしそうで、ただ頷くことしか出来なかった。


「……ぃよっしゃあっ! ようやくお仲間発見したわー!」


 私より少し年上に見えるその子は大声をあげ、両の拳を暗い夜空へ突き上げた。

 私は呆然とそれを眺めていたが、はたと我に返り、彼女に尋ねる。


「こっ、これ! 一体どうなってるんですか!?」


 女の子はポカンと私の顔を見つめたかと思うと、何故か快活に笑いだした。


「私だって分かんないよ、そんなの。なんなんだろうねー、どうも時間が止まっちゃってるんだよねー」


 そう言って自分の腕時計を外して見せた。針はやっぱり、3時半で止まっている。

 彼女は腕時計を放り投げる。手を離れた時計は宙を舞い、そのまま落ちてこなかった。


「な、なんでそんなに……落ち着いてるんですか?」

「いやいや、勿論最初は焦ったよ。でも何時間もずっとこうだと、何かだんだん慣れてきちゃってね」


 「慣れると結構楽しいよ?」と、空中の腕時計をクルクルと指で弄っている。全く理解できる気はしなかったけれど、心の余裕が無い私にはそんな彼女が少し頼もしく見えた。


「私、茉依(まい)。あんたは?」


 私のことを気遣ってくれたのだろうか。茉依さんは優しく微笑みかける。


梨乃(りの)……です」

「良い名前じゃん。よろしく、梨乃」


 茉依さんはニカッと笑って、綺麗な右手を差し出してきた。

 私は少し気恥ずかしかったけれど、しっかりと握手で応えた。温かい体温が伝わる。少しだけ、恐怖が和らいだような気がした。


「よーし、梨乃。あんた自転車持ってる?」

「自転車? ありますけど……どうするんですか?」

「もちろん、まずは走り回って私らみたいな人を探す! まさか二人だけなんてこたぁないでしょ!」


 茉依さんは得意気にそう言ったあと、少し顔を険しくした。


「あー、あと、敬語は無しで。何かお堅い感じがして嫌なのよねー」


 実に茉依さんらしい。私は思わずクスリと笑い、それを快く了承した。


「本当にいる……のかな? 他にも……」


 なんとなしに空を見上げると、月が雲に隠れていた。道理で暗いわけだ。

 空を覆う雲も当然動いていない。改めて、世界中の時が止まっているんだと実感できた。


「いるよ。いないと困る。きっと何処かに、この異変の原因が分かるような賢いオトナだっているはずだよ」


 正直、随分と楽観的な考えに思える。

 一見絶望的な状況なのに、茉依さんはどこか楽しんでいるようだ。実際そうなのだろう。

 恐らく彼女はこの非日常的な事態に、心を弾ませているんだ。私には……ちょっと、よく分からないけれど。


「もし……もしもだよ? この辺全部を見て回って、この町に……隣の町にも誰もいなかったら、その時はどうするの?」


 我ながらマイナス思考だとは思う。でも、その可能性は否定できない、気がする。

 もし本当にそうなったら? 自分で言っておいてなんだが、それはあまり考えたくない。


「その時は……」


 しかし意外にも、茉依さんはこの問いに即答した。


「朝を探しに」


 彼女はただ一言、晴れやかな表情でそう言ったのだ。

 私はその意味が理解できず、すぐに聞き返した。


「朝だよ、朝。だってこの町、このままだとずーっと真っ暗じゃん? 私はそんなの耐えられないから」

「私だって、暗いのは嫌だよ。でも時間が止まってるんだから、もう朝なんて……」


 私はそこまで言って、ハッとした。

 私にもようやく、茉依さんの言いたいことが分かったから。


「朝が来ないのなら……太陽が昇らないのなら、私らの方から会いに行けば良いのよ。ここから東へ東へ進んでいけば、いつかは「朝」にたどり着くでしょ?」


 その時私には、コンビニの明かりに照らされた茉依さんの横顔が太陽のように輝いて見えた。


「……日曜日の朝、か」

「えっ? あぁ、そういや今日、日曜だったわね」


 思わずこぼれた独り言を聞かれてしまい、少し恥ずかしい。


「こう暗い所にずっといると気が滅入っちゃうからね。実は人が見つかっても見つからなくても、私は近い内に出発する気。梨乃は……どう? 私と一緒に」


 茉依さんの表情に初めて不安の色が浮かぶ。私に断られるのが心配なのだろうか。

 でもそんな質問、愚問だ。


「遠慮しとく……なんて、言うわけないでしょ? 私も大好きだもん、陽の光!」




 お母さんとはもう、二度と話ができないのかもしれない。

 私にはもう、いつもの日常は戻ってこないかもしれない。

 私達の町にはもう、永遠に朝が来ないのかもしれない。


「でも多分、海とか越えないといけないよ?」


 しかしそれが受け入れるしかない事実なのだとしたら、もはやその先のことを考えるのが正解なんじゃないだろうか。少しの希望を忘れなければ、それで充分なんじゃないだろうか。


「船作ろうよ! 波も無いし、しっかり準備すればいけるって!」


 ただ待っているだけじゃあ、この夜は明けない。

 私は今、ほんのちょっぴりだけ――ドキドキしている。

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