たなばたさま
「一年に一回しか会えないなんてロマンチックよねぇ〜」
「えぇ〜、そうかしら? 私だったら寂しくて死んでしまいそうよ。ねえ、円」
突然同僚に話を振られた私は飲みかけの珈琲を零しそうになってしまった。
今日は7月7日。
世間では七夕と呼ばれているイベントだ。
地方によっては催しがあったり、ハロウィンに近いこともするらしい。
織姫様と彦星様が、天の川で年に一度の逢瀬。
でも私の彦星様はもういない。
いないんだ。もうーー。
「そうだね、ミカちゃんは今年も七夕デート?」
「そうよ、だから絶対定時であがらなきゃ。三時のラウンド、ちゃっちゃと済ませるわよ」
「はいはい。急患が来ないことを祈ってね」
休憩時間を早く上げてデイルームの飾り付けの仕上げに入る。
私は取り寄せた笹に患者さんが書いた短冊を丁寧に結び、その言葉に胸を痛めていた。
普通に暮らしたい。
普通の生活に戻りたい。
病気が彼らの人生を変えてしまった。それが自分の不摂生が招いた結果であったり、思いがけない不慮の事故だったり要因は様々だ。
けれども彼らは生きなければいけない。子を守る為に。大切な家族を守る為に。
「……私の願い事も、叶えてくれないかな」
「素敵な彼氏が欲しいです。って?」
「はひぃ!?」
背中にとんと乗せられた手に驚き、私は飛び上がっていた。ギクシャクしながら背後を振り返ると、そこには満面の笑みで立つ看護師のケイ君。
「な、な、な」
「相変わらず円ちゃんは作業が丁寧だ。ここ、身長届かないでしょ? 声かけてくれりゃいいのに」
「だって、ナースさん忙しいじゃない。これくらい私達の仕事だもん」
「馬鹿だなあ、イベントってのはチームワークでしょう。それだけじゃない。誰の仕事とかじゃなくて、皆んなで協力して成功させたいじゃん」
笑いながら私の手から星を取るケイ君。
あどけない笑顔は彼にそっくり。私の彦星様にーー。
胸が苦しい。ケイ君が微笑むだけで私の心は歪んでいく。
醜い独占欲と、他の女にも向ける嫉妬で狂いそうになる。
彼は、彦星様じゃない。
そう思い込んでいるのにもう1人の私がうるさい。
「恭輔のこと忘れられないの?」
「……」
「7月7日が命日だもんなあ。複雑っちゃあ複雑か」
恭輔は私の幼馴染。高校で一度別れてから20歳になって介護士としてこの職場で働いてから再会した。
昔から家族のような間柄で、数年の空白は無きに等しい。
一緒に住み始めてからは次第に幼馴染以上の関係になって、来年には結婚しようかって話もあったくらい。
彼が彦星様になってしまったのは、4年前の7月7日。
雨の日のバイクなんて絶対にダメだよって言ったのに、彼は言うことを聞いてくれなかった。
あの日雨が降らなければ、あの日彼の仕事が休みだったら、あの日もし私の体調が悪かったら彼は出かけなかっただろう。
「ーー何年経っても、キョウちゃんは私の心の中にいるから」
「円ちゃん若いのに、いつまでも恭輔の亡霊と生きていくつもりなのか?」
「そんなこと、ないけど……」
確かに、恭輔の両親からは早くいい人を見つけてくれと泣きながらお願いをされた。子供を産んでくれる方が何よりも嬉しいと。
そうは言ってもなかなか傷は癒えるものではない。
誘われるままに何度か合コンにも行ってみたものの、やはり無意識に恭輔と比較してしまい、全て友達のお付き合いから発展しなかった。
焦る必要なんてない。そう思うのは私だけなのだろうか。
「ーー円ちゃん、俺さ、恭輔から預かったものがあるんだけど」
「なあに?」
「これな」
彼が渡してくれた封筒には恭輔の字で円へと書かれていた。しかも封もされたまま。
もちろん、そんなものがあるなんて知らなかった私はケイ君が時を超えてきたのかと本気で疑ってしまった。
開けてと促されてゆっくりと封を開く。
そこに入っていたのは、恭輔と並ぶケイ君の写真。
よく見ると2人の笑顔はどことなく似ている。
「俺ね、恭輔と双子なんだ。お家事情ってやつで産まれた時からはもう別の家で育てられたんだけど」
双子と言っても二卵性であれば不自然は無いだろう。
恭輔だけが苗字も名前も異なるケイ君が自分と同じ血を引いていると知っていたのだろうか。
「あの……」
「双子ってさ、好きになるものが一緒なんだよなあ……困ったことに」
髪をぐしゃぐしゃに掻きながらケイ君は困ったように眉を寄せる。
「ーー円ちゃんが好きなんだよ、俺も」
「へ!?」
「いつまでも恭輔と生きていられるのは俺も辛い。円ちゃんを絶対に幸せにする。だからさ……少しずつでいいから、俺のことも受け入れて?」
「そ、そんな……」
突然の告白に頭は真っ白。
それでも、押し付けて来ない彼の気持ちや、私と恭輔が楽しそうに笑う姿をどういう気持ちでみていたのか。
それを考えると今の言葉が冗談で言っていないことくらいわかる。
「ーー時間、貰ってもいい?」
「うん。待ってる。恭輔が愛した女性だから間違いはない。俺と恭輔は2人で1つだから」
「ケイ君……」
「でもなぁ、ちょっとだけ抜け駆けしてもいい?」
額に一瞬だけ触れた唇。
熱を帯びたように熱いその感覚だけを残し、彼は他の飾り付けの為に足早に私の前から去る。
彦星様が帰ってきた。
4年間の時を経て、実体になって。
ーーねえ、たなばたさまって知ってる?
私の彦星様は、一年に一度じゃなくて……。
これからは、ずっと私と一緒にいてくれるみたいです。