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君を想い、君を描く  作者: apple
君が居なくなった日々
9/23

第九話


「これからも三人ずっと一緒にいたいね」

 海の言葉に僕らが頷き、自然と笑みが零れる。

 この瞬間の僕らは、きっと何時までもこんな風に笑い合えると思って、信じていた。

 異変は直ぐに気が付いた。

 海の表情が、今まで見たこと無い位に強張った事。そして、その表情のまま急に僕らに飛びかかってきた事。まず、その時点では僕は何が起きたのかも分からず、僕が地面に倒れ込むのと同時にバンッ、という大きな音が聞こえたのだけ分かった。

 一瞬、目を瞑り、僕は横に手を付いて倒れ込んでいたので状況を上手く把握出来ず兎に角何が起きたのかを理解する為に辺りを見渡した。

 目の前には海ではなく、頭のへこんだ車があった。

「え」

 最初は何が起こったのか理解出来なかったがぼんやりと周りの状況を見て、今起きたことが、起きてしまったことが頭の中で徐々に鮮明になっていく。

「いたっ・・・」

 ハッ、として横を見ると痛みに顔を歪める空がいた。空は左手で右腕を押さえているが、制服の腕部分は割けて滲むように血が腕を這っていた。

「空!大丈夫かっ!?」

 姿勢を立て直し、空の前にしゃがみこむ。けれど、どうしていいのか分からずに手を彷徨わせていると、空が手を震わせながら僕の後ろ側を真っ赤な指先で指をさす。

「海が・・・」

 空の言葉は直ぐに理解出来た。けど、反応は出来なかった。

 ―――まさか。そんな風に思いつつ、僕は恐る恐る振り返り道路に横たわった少女の姿を見つけた。






「ツ、・・・はぁ・・・はぁ」

 閉じた目を限界まで開いて、僕の意識は一気に覚醒した。だが、頭の中にミントを添えた様に冴えているものの僕の意識は何処か遠くにあった。

 息苦しさとは違った心地の悪さに胸を押さえつけ、空いた腕で視界を覆う。それから、大きく呼吸を繰り返して寝起きとは思えないほど激しい動悸を抑え込もうとした。

「・・・・・・あ゛ー」

 身体が落ち着くのには然程時間はかからなかった。僕は声を上げながら顔の前に置いた腕を動かしベッドの上で脱力する。その際、腕が額をなぞり手にべっとりと汗がこびり付いた。

 酷い寝汗だ。服も生乾きの洗濯物の様に湿っている。

 段々と冷静になっていく思考が心地の悪さを認識していき、僕は溜まらずに体に掛かった毛布を払い除け上半身を起こしてあぐらをかいた。枕元に置いたスマホをつけると『06:38』と表示される。

 やけに早い目覚めだ。だが、眠気は無い。

 僕は右手を額に押し付けそ肘を右膝に置いて指先でトントンと頭を叩く。

 これから、何をしようか。

 これから、何をすればいいのか。

 これから、何をしなければいけないのか。

 一つ一つ、僕は自分に問い質していく。

「・・・手紙、」

 青い便箋を思い出し、僕は顔を上げる。手の付けていない課題や、学校関連のプリントが散らばった机の上にそれはあった。

 僕はベッドから飛び出し、手紙を手にして一行目に目を通す

『元気にしてるりっくん?』

 りっくん。

 僕の事をそう呼ぶ人物は殆どいない。昔はよく知り合いにそう呼ばれていた記憶もあったが、中学生にもなって子供の様なそのあだ名で僕を呼ぶ人物は一人くらいしか思い浮かばない。

 千葉海。僕の幼馴染だ。

 海がまだ舌足らずな時に彼女のお母さんが『陸君』と呼んでいたのを真似して、りっくんって呼ばれ始めたと聞いたことがある。それ以来、僕の名前は彼女にとって『りっくん』だった。

 僕は手紙の二行目に目を移す。角が削られた字体でこう綴られていた。

『私はぼちぼち。悪くは無いけど、良くも無いっていう感じかな』

 何が悪くも無くだ。

 僕は手紙を握る手に力が入った。

『りっくん、学校に行ってないよね。それってもしかして私の性なのかな?』

 お前の性なんかじゃない。僕の性だ。

『絵も描いてないらしいし、私はりっくんの絵が好きなのに残念だよ』

 僕は本当に描きたいものも描けなかった駄目な奴なんだ。

『もうりっくんの絵は私は見れないけど、私はまた描いてほしいな』

 そして、最後の行には『千葉海より』と、この手紙の差出人の名前が刻まれていた。

 最初は何かの間違いかと思い、信じたが何度見返しても差出人は『千葉海』であり、この丸っこい文字も昔からよく見てきた彼女の手で書かれた文字そのものだった。

「・・・なんでさ」

 僕はつい言葉を吐き出した。

「なんで、こんなもん」

 手紙を握る手に力が入り、薄っぺらい紙に皺が刻まれる。

 この手紙を見て、僕は酷い動揺をしていた。その感情は、未だに分からない。いや、あり過ぎて一つ一つが見えないと言ってよかった。

 この手紙を受け取った時、僕は嬉しかったのかもしれない けど、悲しかったのかもしれない。けど、怒っていたのかもしれない。けど、落ち込んでいたのかもしれない。けど、驚いていたのかもしれない。けど、けど、けど。

 でも、この手紙を見終えて残った感情は何とも言いきれない虚無感だった。

 今までどれ程彼女の事を思い出して、どれだけ彼女の事を考えてしまったのか、そして、何時までも彼女の事が忘れられなかった自分が空しかった。

―――海は死んだ。

 この手紙を読み終えて、ハッキリとその事を認識した。

 





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