第四話
「好きです!付き合ってください!」
折角学校の敷地の中で人気のない静かな裏庭に来たのに、男子生徒は近くを通りがかった人がいれば確実に聞こえるくらい大きな声で叫ぶ。
草食系男子が増えつつある現代、これほど真っすぐで情熱的なアプローチをする輩もまだいるんだ。そんな事を考えながら、手を差し出して頭を下げる男子生徒を見やる。
隣りのクラスの、確か宮本君という生徒。今は顔は見えないが、先ほど見た顔は結構整っていて俗に言うイケメンだ。勿論、校内の中という括りで。モデルと比べれば当然そちらの方がカッコイイ程度の顔立ちだ。
「ごめんなさい」
そう言いながら、体の前で手を重ねて宮本君と同じくらい深く頭を下げる。
「そんな噂聞いたこと無いんだけど、好きな人とか付き合ってる人がもしかしているの?」
好きな人。
その単語を聞き、ある人物の姿が頭の中に浮かび上がる。ただ、彼は私の事なんて見て無くて、キャンパスに向き合って筆を振るっていた。
そんな光景が、自分で思っていて馬鹿らしくなって私は「ううん」と首を振り、イメージを払拭して続ける。
「友達と遊んだり、部活とか勉強とか、そっちの方が今はやりたいからさ」
美咲に嘘が付けないなんて言われて、確かに嘘はつきたくないとは思うけど、どうでもいい相手にはスラスラと虚言を吐ける。嫌な性格だな、と思いながらあたしは最後まで言い切った。
それに、彼にとってこの言葉が嘘かどうかも確かめようがない。あたしの気持ちの問題なんだから。だから、嘘じゃない。
「そっか・・・そっかぁ・・・分かった。ありがとう。それじゃまたね、新見さん」
軽く手を振って立ち去る宮本君を見送り、彼が見えなくなったのを確認すると緊張で上がった肩を息を吐きながら落とす。
さてと、あたしも教室に戻ろうかな。そう思い、うっかり宮本君と鉢合わせないように彼が去っていった方とは真逆の方を向く。
すると、裏庭の生い茂った林と木々の間に揺れる紺色のスカートと白色のシャツが垣間見えた。二人分の制服の色と、身長差のある二人組。直ぐに彼女達の正体に気が付きあたしは目を細めて林を見つめる。
「・・・何見てんのよ、二人とも」
ビクリ、と林が揺れた。しかし、返事は返ってこない。
「怜奈。美咲」
普段よりも低い声で友人の名前を呼ぶと、それから数拍置いて彼女達は林から頭を掻きながら出てきて此方へ歩み寄ってきた。
「いやぁ、空が宮本君に呼びだされたと噂を聞いたもので」
怜奈がえへへ、と声を漏らしながらそう言う。全く、あたしが呼ばれたのは昼休み始まって直ぐで、まだ十分も経ってないのに噂が広まるのはやけに早いものだ。同性ながら女子学生のコミュニティは怖い。
あたしは額に手を当て溜息を吐くと、その姿勢のまま二人に尋ねる。
「それで、どっちが首謀者でどっちが共謀者?」
「美咲が首謀です!」
「えっ、ちょっと怜奈!」
即座に怜奈が答えると、口をピッタリと閉ざした美咲は逆に大きく口を上げて裏切られたことに驚いていた。だがしかし、質問したけど首謀者も共謀者も関係は無い。
「どっちも同罪」
あたしは両手を丸めて持ち上げると二人の頭に向かって振り下ろす。ゴン、という鈍い響きが指の骨を伝わってくる。
二人はあたしの拳骨を食らって即座にしゃがみ込んで頭を押さえた。
「いったぁ・・・」
「ちょ、今のは本当に痛かった!」
「覗き見する方が悪いんでしょ」
あたしは屈んだ二人と同じ目線になると、無言で服や髪の毛についた小さな葉やチリを軽く払いのける。
「むー、空のそういうとこ狡いよー」
「何よ、そう言うとこって」
「怒ってても確りもののところ。こう、母性が溢れ出てるよね」
「母性って、なんだか年増みたいだから止めてほしんだけど」
「褒め言葉だよー。それに、断った時に言ってた友達ってうちらのことだよね!それならメッチャ嬉しかったんだけど!」
怜奈がバッと立ち上がり両腕を上げてニカッと笑う。それを見て、あたしは真顔でこういった。
「え、怜奈って私の友達のつもりだったの?」
「えぇっ!?違うの!?」
両腕を上げたまま目を見開いて驚愕そのものの表情に移り変わる怜奈。その変わりようにあたしは真顔を維持できなくなって口元を震わせ、そしてつい笑いを零して口元を押さえる。
上げて、落として、それから急に笑い出したあたしに顔をどんどんと変える怜奈の肩を叩く。
「親友、でしょ。ほら、時間無いし早くご飯食べよ」
自分で言っていて恥ずかしくなる台詞だった。だから、あたしは二人の間を通り抜けると駆け足で裏庭を走り始める。今なら顔が赤い自信がある。
「お、おぉ!親友!そらぁー!親友のそらまてー!」
「ちょっと、それじゃあ私は何ー!」
二人があたしの後を追いかけながら叫ぶ。
「美咲も親友、二人とも大親友よっ!」
あたしは二人に叫び、追いつかれて顔を見られない様に足を速めた。玄関に着くころには、二人目の大親友も三人目の大親友も体を動かした性でどうせ顔なんて真っ赤になってるだろう。