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君を想い、君を描く  作者: apple
君が居なくなった日々
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第三話


 七月二十二日。

 夏休み前、最後の登校日。あたしは普段登校するのに使う道から逸れて少し大周りをして学校へと向かっていた。

 車の通りが多い道路を渡り住宅街に入ると通勤ラッシュの騒音は段々と遠のき、歩くほどに静けさは増していく。

 そして、暫く歩くと昔からよく知る白い家が見えてくる。陸の家だ。

『行けたら行くよ』

 先週の約束、というよりも半ば強引に言い渡した言葉の返事。曖昧な回答は大体無理だと相場が決まっている。けれど、それでも少しも期待していない訳じゃない。何せ、無駄になるのかもしれないのにここまで来た物好きなんだから。

 白い家とあたしとの距離は段々と短くなっていき、年季の入った『橘』の表札の前まで来ると特に誰かが見ている訳でも無いのに何気ない風を装いスマホを取り出して時間を確かめる。序に、起動前の暗い液晶で前髪も整える事も忘れずに。

 カチッ、と電源を押し込み液晶に光を灯すと右上の時刻は『07:30』と表示されていた。

「あ、電車もうすぐ来るし!」

 何時も通りに家を出たのに対して、何時とは違って大周りをしてきたのだから当然だ。最寄駅に電車が四十分につくのに対して、此処から歩いて十五分かかる駅にはもう走らなければ間に合わないだろう。

 あたしは慌ててスマホを仕舞うと踵を浮かしリュックを軽く背負い直すと、全速力と言わずとも走りはじめる。

 去り際に、もう一度陸の家の扉を見たが先ほどと何も変わりは無い。同じように、向かい側の青い家も。

 「学校に居なかったら文句の一つや二つ言ってやる」

勿論、この恨みは電車に乗り遅れそうな事に対するものでは無い。決して無い。






「おはようございます」

 終業式という事でか、教師や生徒会の人達が校門に立ち並び挨拶をかけてくる。律儀に頭を下げる生真面目な人や、欠伸交じりにだるそうにしている人、暇そうに足や手を揺らしいる人、そんな人たちの横を頭を下げながら通り抜け靴箱が向かう。

 濃茶のローファーを脱いで自分の学年と出席番号が書かれた二段になっている小さなロッカーの下に入れて、代わりに上に仕舞っていた学校指定赤いスリッパを床に置く。

「おはよー!」

「空、おはよ」

 先ほどの堅苦しい朝の挨拶とは違って間延びした挨拶をかけられ、あたしはスリッパを履きながら振り向く。声で既に誰か分かっているので胸元まで手を上げて揺らしながら「おはよ」と返す。

 ポニーテールを揺らしながらあたしに駆け寄る楠木怜奈と、その後をゆったりついてくる内田美咲。二人がスリッパに履き替えるのを待って、吐き終えたのを見届けると三人同時に歩き始める。

「夏休みどうするか決めた?」

「いや、私は全然決めてないけど」

「良かったら私と美咲と一緒にどっか行こうよー」

「まぁ、全く悲しいくらいに用事無いからいいけどさ」

 やったー、と浮ついた声を上げる怜奈。声も高く、身長も低い性で何かと年下に見えるが生まれはあたしよりも半年以上も先だ。

「まぁ、何処に行くか決めてないんだけどね。空は何処か行きたい場所ある?」 美咲があたしに尋ねる。

「んー・・・、私は二人と良ければ割と何処でも」

「それじゃあ、夏らしく海にでも行っちゃいますか?」

「おー、いいねぇ」

 私の言葉に、美咲が提案して怜奈が小さな頭を揺らして頷く。

「海かぁ」

 ぽつり、と声を零す。

 白が刺さった青い空に、星屑のような砂浜と向こう側に広がる深い海。そんな景色が自然と脳裏に浮かび上がり、緩やかに押し寄せては引きあがる波は生き物の様に低い唸り声をあげつつ無機質で単調な音色が聞こえてくるような気がする。

 そして、あたしはその景色の中に一人佇む少女を見た。

「空、もしかしていや?」

 怜奈があたしの顔を覗きこむ。

「え、そんなことないよ」

 もしかして、嫌そうな顔をしていたのかもしれない。あたしは咄嗟に口角を上げて笑うと手と首を小さく振るって否定する。

「そう?それならいんだけど、それでさ―――」

 それから、怜奈は話題を変えて美咲とあたしは相槌を打ちながらクラスのロッカールームに行き、今日の授業分の教科書とノート、それから筆箱を抱えて教室に移動する。

 教室に入った時、窓側の一番手前の席に目が行く。陸の席だ。

 しかし、その席に座る人は陸では無い。クラスの良く知らない男子が窓側に集まっていて、その一人が腰かけて賑やかに会話を弾ませていた。

 その男子の集まりにも、教室の何処にも陸の姿は無かった。

 少しだけ期待はしていた。けど、その期待は想像通りに裏切られてあたしは自分の席につくと机の中に持ってきたものをしまい込む。

「やっぱ来なかった」

 期待したかった訳じゃない。あたしの心が勝手に期待しだだけだ。なのに、それでもあたしの心に暗い雲が差し掛かり本来窓側の一番前の席に座るべき陸に対してふつふつと不満を抱く。

「来なかったって、橘くんのこと?」

 前の席の美咲はあたしの声が聞こえていたらしく、体ごと振り返り椅子の背もたれを跨いであたしの机の上で腕を組みながら尋ねてきた。

「・・・そう。この間行けたら行くっていってたけど、この時間まで来ないならもう来ないでしょ」

「行けたら行くって、そりゃ行かないつもりの人が言う台詞だよね」

 笑い交じりに美咲は指摘する。あたしもそう思う。

 けど、陸の言う『行けたら行く』というのは文字通りの意味だとも私は捉えている。そもそも、行けたら行くなんて言う人は大体『行きたくない(・・・・・・)から行かない。行きたい《・・・・》から行く』ような人たちが大半だ。

 あたしは陸がそんな奴らと一緒じゃないと信じてる。だから、あたしは陸に期待をしてしまったんだと思う。

「っていうか、橘くんと空って付き合ってたりしてたの?」

「ん゛っ・・・な、なんでそうなるのっ」

 鼻の奥が詰まったように咳きこみ、あたしは美咲に勢いよく言い放つ。

「だって、普段から気にかけてるし、プリントとか持って行っていってるのだって先生に頼まれた訳じゃなくて自主的にやってるんでしょ?」

「いや、うん、まぁ・・・そうだけどさ」

 秘密にしていたことがバレたように美咲の指摘を受けあたしは気恥かしくなって認めた後机に腕を組んで突っ伏す。

「そんなことするの、相手の事好きじゃないと出来ないし。まぁ橘くん不登校ってこと考えると付き合ってると言うよりかは付き合ってたか、想い続けてるなりしてるのかなー、なんて」

「お生憎様私は誰かと付き合った事なんて無いですよ」

 くぐもった声で否定すると、私の見えないところで美咲は唇を細くする。

「それじゃあ、好きなんだ?」

「・・・・・・」

 美咲に言葉を返すどころか顔を上げる事すら出来ない。そりゃ、付き合ったことは無いとしか否定してないのだから、否定していない方は認めていると言ってもいいかもしれない。けど、美咲はそれだけの要素でも確信したんだろう。

「私、空の嘘つけないとこ好きだわ」

 クスリ、と美咲は笑って怜奈が来るまで恥ずかしさで顔を上げれないあたしだった。




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