第一話
家には父が居たので空と一緒に夜の街を歩くことにした。
今日の昼間は特に暑くて夜になってもその熱量は残ったままなので薄着でも過ごしやすい。空と一緒に住宅街を抜けて、街頭と車の通りが少ない道まで出てきた。目的地は無いので何となく見覚えのある道を進む。
「あのさ、手紙最初から気づいてたの?」
空が横から顔を伺い恐る恐る僕に尋ねる。前を向いたまま僕は応えた。
「まぁ、そうだな。でも、最初は海からだったら、なんて事も考えた」
「・・・そう」
僕の返事を聞いて空は首を元に戻す。顔は先ほどよりも下向きになった。
「ごめんね。勝手に海を名乗って・・・でも、最初からバレてたなら何だか馬鹿みたいだね。本当、あたしったら大馬鹿だよ」
「そんな事無い」
僕は断言して続ける。
「だって、今僕が空の隣りに居られるのは空のお蔭なんだから。前だったら外に出る事さえ億劫だったのに、全部空のお蔭だ。あの手紙を受け取って気持ちが動いたのは確かだけど、動かしたのは海じゃなくて空の言葉だ」
「あたしの・・・?」
そう、と頷き僕は足を止めて星が煌めき出した夜空を見上げる。空も同じように、僕の視線を追って上を向いた。
天の川が流れる夏の空。流れる先の下には海があり、僕らは何時の間にか空が近くて海が見える高台まで来ていた。この場所には見覚えがある。空と海が一緒に見える風景で小学校の通学路から僅かに離れた道で、良く帰りに寄り道して此処に来ていた。
「懐かしいね、此処」
どうやら空もこの場所を覚えていたらしい。僕の隣りを歩いていて、全くよどみなくこの場所まで来たことはある。
僕は高台に作られた木の手すりに歩み寄り両腕を置く。
「小学校の頃よく三人で寄り道してたよな」
「そうだね。特に遊ぶ訳でも無いのに、何時も来てた」
よくよく思えば不思議なものだ。この高台には、景色意外に何も無い。小学生の僕らは何を思ってこんな場所に来ていたのか今はさっぱり思い出せない。特に理由は無かったのかもしれない。
でも、やっぱりこの景色を見ると特別なんだと感じる。
「陸と、海と、空と、一緒に見えるこの景色あたしは好き」
空が僕の横に来て手すりに手を置きながら言う。
ああ、そうか。
空の言葉で僕も理解した。僕も同じ理由だ。僕はこの景色を僕らに重ねて見て、大好きだったんだ。
海が大好きで、そして―――空も大好きで。
気が付いたのか、思い出したのか、受け止めたのか。僕は今はっきり分かった。僕は海と同じ位、空が好きで、空と同じ位、海が大好きだ。
『あたしが死ねばよかったんだ』
そんな言葉を聞いて怒りを覚えたのは、海が死んでしまったときの様に僕が傷ついてしまうから、そんな言葉を聞きたくなかったからだ。
「空」
此処から見える景色を眺めながら隣りにいる彼女の名前を呼ぶ。彼女は何、と語尾を下げて僕に振り向くと小さく首を傾げた。
「僕、絵を描こうと思う」
僕は今まで自分の実力不足で海の絵を描けないと思っていた。いや、事実実力不足なのは間違いでは無いのかもしれないけど、本質をはき違えていたのかもしれない。
海だけじゃ、僕の描きたいものは完成しなかった。海だけじゃ欠けていたんだ。
空は驚いたように、けれど直ぐに「そっか」と笑って頷いてくれた。
「でも、その前にやる事があるよね」
「やる事って・・・ああ、画材とか買いに行くの?」
空はそう言うが、僕は空の額を指で押して「違うよ」と言い放つ。
「今度は僕が空を助ける番ってことだよ」
「へ?」
意味が分からない。そんな風に空は声を上げて、どう対応すればいいか分かっていない彼女の方を向く。
「泣いてた理由、教えてくれ」
僕は空の目を真っすぐと見て頼んだ。今度は僕が彼女を救いたい。その一心で。
今度は陸くんが頑張るお話。でももう最終章なのでそんなに長くはなりません。
それと、登校時間をキリよく日付が変わった瞬間にやっているんですが普通に考えてもう少し前の時間帯がいいですよね。
0時って、まぁ現代社会の人達なら起きてる人は多いでしょうけど気軽に読める時間帯って夕方~夜だと思うので五時くらいに更新するのがベストなんでしょうかね。