第九話
あたしは毎週一度は陸の家に行く。
課題や学校からの連絡を届けに行くために。そんな建前を持って、本当はただ陸の顔を見たくて彼の家に行った。
陸と一緒に居る時、あたしは幸せを感じる。勿論、海と居る時も。何気ない幸せ、そんな感覚の気持ちを抱いて決して悪い気はしなかった。
けれど、陸の沈んだ顔を見るたびにその気持ちは徐々に薄れていき、段々と熱くなる外気に負けていくような気さえした。けれど、それでもあたしは毎週欠かさずに陸に逢いに行った。
またね。
じゃあね。
偶に、そろそろ学校に来てよとか言って。
それから徐々に彼自身に愚痴を入れるようにまでなって、夏休みに入る少し前には陸に逢うと嬉しさなんてちっとも浮かび上がらなかった。あたしの幼馴染は笑顔が素敵なのに、そんな笑顔を見れないからだ。
すると、あたしの笑顔も減っていくように感じた。日常的に、口元を動かす事はあっても心から笑う事は無くなっていった気がした。
あたしがどんな言葉を陸にかけても陸は何も変わらなかった。あの時から、全く何も変わらないまま時間だけが過ぎて、これからずっと陸は自分の殻に閉じこもったまま廃れていくのかもしれない。
心配。
そう言えば聞こえは良いのかもしれないが、結局は自分の我儘だった。笑った陸と居たい。そう言った気持ちが大きくて、陸を励ます言葉を毎日無意識に口ずさむまで考えて、週に一度の彼との邂逅の時にぶつける。でも、その言葉が彼の心に届かず、結局夏休みに入るまでに陸がまた学校に訪れる事が無いまま一学期が終わった。
あたしじゃ陸は動かない。
昔からそんな事は知っていた。陸は何時も海を見ている。だから、もしもあたしが死んだら今みたいな事になっては無かっただろう。
だからあんな言葉を言ってしまった。最低だと自分でも分かっているのに。自分が死ねばよかっただなんて言ってしまった。
もう二度と陸と合わない方が良いのかもしれない。そう考えて、家に、自分の部屋に閉じ籠った。気分が落ちている時はとことん自分から落ちていく。意味も無くクランケットに頭まで覆う様に潜りこむ。
部屋の明かりはついているので鬱裏と明るい中で目を瞑れば真っ暗とはいかなくてもそれなりの暗さになる。
「・・・・・・」
陸、今何してるのかな。
あたしがあんなこと言って、陸はどう思っているのかな。
やる事は無くても、思いは募るばかりだった。脳裏に笑顔の陸の姿が浮かび上がり、段々と口と目の曲線が無くなっていく。あたしの頭の中で最終的に残ったのは今の陸の姿だった。
でも、あたしにはもうどうすることも出来ない。陸はあたしの言葉では動いてはくれないのだから。
「あたしの、言葉じゃぁ・・・駄目なんだよね」
顔の上に乗っかったクランケットをのけてあたしは天井を見上げ呟く。
もし、海が居たら何て言ったんだろう。長い間付き合い続けてきたので予想は難しく無い。むしろ、あたしは陸にも負けないくらいに海の事を知っているので多分一字一句言いそうな言葉をピックアップ出来る自信があった。
あたしが陸を動かす事は出来ない。
なら、あたしじゃなければいいんだ。
安直な発想。軽い気持ちとかも無く、ただ自分に出来る事だと思ってあたしは青い便箋を買いに出かけた。
海の言葉を考えるのは難しく無い。自信はあった。だけど、私が筆を執り手紙を数行の文章を書くのにかかった時間は学校で退屈な授業を受けている間よりも何倍も時間がかかった。
ただ紙に文章を書くだけでは手紙は完成しない。差出人の名前を入れなければいけない。
最後の文章から数行を開けたところにペンの先を向ける。
千葉海。彼女の事を真似する上で、あたしの字体も殆ど見分けのつかない位彼女に似ている。丸っこくて女の子らしい柔らかい文字。前に海と二人で宿題を入れ替えて、お互いの名前を書いて提出してもバレなかった。だから、癖のある彼女の名前の字もそっくりそのままあたしは書ける。
でも、此処に来てあたしは踏ん切りがつかなかった。あと数ミリ下に落とすだけで文字は書けると言うのにあたしの手は一向に動かない。
左肘を机につけて手の根元を額につけて頭を抱える。此処までは勢いでやった。そうは思うが、あたしに残された道はこれしかないとも思った。
最後の工程に来て、あたしは自分自身に問う。本当にこんな事をしていいのだろうか。これは、海を冒涜しているんじゃないのかと思うと、途端にペンを持った手が小刻みに震えだした。
これは海を冒涜するだけじゃない。陸を裏切るような行為でもある。もしも、もしもこの手紙の差出人があたしだとバレてしまったら陸は一体どれだけ傷つくのだろうか。陸の気持ちを踏みにじる様な事を、あたしはしているのだ。
「でも、これしかないじゃない。あたしに出来る事って、もう、何も無いじゃない・・・」
決心は、結局中途半端だったんだと思う。此処まで来たら、最後までする。勢いと、既に胸の中に広がっていく後悔を抱えてあたしは『千』の文字を書く。
「ごめん。ごめんね、海」
無意識にあたしは海に対して謝っていた。それが、勝手に名前を借りたことなのか、それとも陸と海の仲を応援しようと決めていた決心が揺らいでいる事に対するものなのかは分からない。
「でも、あたしやっぱり―――」
あたしは『葉』の文字を書き、続いて最後に彼女の名前を書き始める。
「陸が好きなの。どうしても大好き。だから、ちょっとだけ手伝って」
死者への冒涜だと罵られてもいい。
この時のあたしはただ陸を、昔の陸を見たい一心だった。
これにて第二章終わりです。次が最終章になります。
空ちゃん同様、僕も勢いで今月の七日にこの小説を書き始めました。
ファンタジー的に、海ちゃんが書いたというのも創作物ならありだと思いますが、それでも敢えて現実的にあり得る人が書いたもので物語を構成して、リアルな人の気持ちを表現する練習の為にこの作品を書いています。まぁ、リアルではこんな状況無いでしょうが、IFの実話何て言う矛盾した作品です。
それと、この小説の主人公は陸と空のW主人公的なものですがどちらかと言えば空ちゃんに傾いている感じになってますね。陸くんの話は正直書き辛い。こう、引きこもり設定なので話を展開させ辛いという意味でですね。
思い付きで書いている小説ですが、作者は空ちゃんが大好きになりました。自分の作品のキャラクターなのにね。
それでは、次からは最終章の始まりです。閲覧ありがとうございます。