第五話
あたしが彼と、彼の隣りに何時もいる彼女と出会ったのは小学三年生の春だった。
転入生として二人の学校に訪れたあたしはとても人見知りで、真面に声を出した事は自己紹介の時くらいのものだった。最初こそ物珍しい転入生ということで話しかけてくれる人は多かったけど、全然返事をしないあたしにそのうち誰も話しかけなくなった。
「ねぇねぇ、名前空っていうんでしょ?」
「・・・・・・」
友達が出来ない日々に少し焦がれる思いがあったあたしは、返事はしないもののその男の子に向かって顔を一度縦に振って頷いて見せた。
「僕陸って言って、そんでこいつは海って言うんだ!」
「はじめましてー。海って呼んでね空ちゃん」
「えっと、うん」
最初、男の子が何が言いたいのか分からず、勢いに飲み込まれて取りあえず海と言う女の子が伸ばした手におずおずと自分の手を伸ばしてみた。すると、海ちゃんは伸ばしたあたしの手を握り上下にぶんぶんと振るうと一際大きな声でよろしくと声をかけた。
「うーし、これでやっと陸と海と空が揃ったな!」
男の子―――陸くんの言葉を聞いて、ようやく彼の言いたいことを理解した。陸と海と、空、あたしたちが普段通る道に、明るくなったり暗くなったりする遠い彼方、押し寄せては引いていくさざめく青色。何処かで、誰もが目にする景色。
丁度、この学校からはその三つが全部見える。陸も、空も、海も。一繋ぎの光景が。
二人と出会って三ヶ月。引っ越して初めて迎える夏休みになるとあたしの人見知りの性格はほんの少し和らいで、クラスの雰囲気にも馴染んでいっていた。そうなってやっと、あたしたち三人が他人からどう言われているのかにも噂話程度に耳に入るようになった。
『地球防衛軍』
陸と、海と、空が揃ったのでというよく意味の分からない理由で男子がそう呼称し、いつの間にかそう呼ばれていた。陸くんは男の子ということもあって素直に「かっけぇ!」と言っていて、意外だったのは海ちゃんも「かっけぇっすね!」と陸くんとはしゃいでいたことだった。あたしはちょっと抵抗感があるけど、三人で一纏まりに言われるのは友達がまだまだ全然いないあたしにとって嬉しいことだった。
それから、夏休み中は家が近い事もあって殆ど毎日遊んで遊んで、遊び疲れるまで遊びつくした。元々二人が気さくだったこともあったけど、そのお蔭で夏休みが終わる頃には二人との仲はうんとよくなって、陸くんの家や海ちゃんの家に泊まりに行くことも何度かあった。とはいえ、まだまだ知らない事が多い人の家に行くのは少し怖かったので夜は全然眠れなかったのは今となってはいい思い出だ。その性であたしは夜の静けさが怖くなって幽霊が苦手になって、以来幽霊なんていないと自己暗示をかけるようになった。
二人と出会って五ヶ月。その頃になると、あたしの中で二人に対する感情の違いが明確に分裂していったのがよく分かった。
陸くんに対しては、異性としての好意を。海ちゃんに対しては同性としての憧れを。
でも、あたしがそれを抱いた時には子供心ながらに気が付いていたこともあった。
陸くんは海ちゃんのことが好き。大好きだっていうこと。
陸くんは優しくて、あたしと取り合ってくれるけど、あたしや他の子と比べると海ちゃんと接する時の表情は心の底から楽しそうにしていたのを見て正直に言うと悔しかった。
秋に入り、冬に差し掛かる頃になると二人に対する気持ちはまた変化した。
陸くんの事は大好きになって、海ちゃんの事は憧れから負けないという闘争心を抱くようになった。と、言いつつもあたしは海ちゃんのことを真似するばかりだった。
癖の強い髪の毛をストレートにして腰まで伸ばして、訛り交じりの言葉遣いも直して、左利きなのに無理やり右手で何でもやって、興味も関心も無かったピアノも親に我儘を言って始めた。
海ちゃんになりたかった訳じゃない。ただ、もっと陸にあたしの事を見てもらいたかった。その時のあたしは、海と同じことをすれば同じ笑顔を向けてくれるんだと思っていた。
中学に入った時、今までは一クラスだけだった小学校とは違いいくつものクラスに分けられたあたしにチャンスが巡ってくる。陸と同じクラスになり、海とは違うクラスになったことだ。
これでお互いの距離がもっと近づく。何て考えていたあたしだったが、むしろそれは逆だった。
陸は休み時間になると何時も決まって教室を離れ、隣のクラスに行っていた。いつも男友達と話している様子だったが、そのクラスには海もいた。
時間が少し経ち、部活動の入部が勧められる時期になるとあたしは海と同じ吹奏楽部に入った。海は同じ部活ということで喜んでいたが、あたしの内心はそんなに穏やかな情緒で動いてはいなかった。でも、それは隠して、一生懸命頑張って、頑張って、頑張ってその努力を認められてか二年生末に部長になった。
そして、三年生の冬のコンクール。あたしたちが真剣に臨んだ最後のコンクールは賞も取れなかった時。海は泣いて、あたしも興味の欠片も無かったのに自然と涙を流してお互いを慰め合った時、陸はあたしたちの話を聞いたのかこう言ってくれた。
『僕の中では二人の音楽が一番だよ』
その一言で、あたしは自分を飾るための道具だった音楽が大好きになった。
それと同時に、諦めも付いた。
陸のその台詞は確かにあたしにも向けられていたが、その視線があたしの隣りにいた人に向いていたことを。
やっぱり、海には勝てないな。日ごろから、時々そう思う場面はあった。でも、諦められなくて、あの時声をかけてくれた陸が忘れられなくて、ずっとずっと想い続けてきたけどやっと諦めが付いた。
それから、受験勉強で海と陸の家を行き来して偶に出かけて遊んだりしながら無事に三人同じ高校に入って、楽しい高校生活が始まる。そう思い、あたしは、二人の寄り添う姿を頭の中で描いて応援するんだ、と心に誓った。
そして、高校に入ったあたしは転入した時の様にまた一人ぼっちになったいた。