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愛したい

作者: 竹仲法順

     *

 十二月になると、街は冷えるにも拘らず、恋人たちがヒートアップする。あたしも目抜き通りを歩きながら、さすがにこの季節は落ち着かないと思う。あちこちでクリスマスツリーが飾ってあり、イルミネーションが灯っている。その日も午後三時過ぎ、ゆっくりと恋人の貴一(きいち)の自宅マンションへ向かった。

 彼のマンションは八階建てで七階に部屋がある。さすがに辺り一帯は冷え込んでいた。一階のエントランスから七階までエレベーターに乗り込み、フロアに辿り着くと、玄関先で呼び鈴を鳴らす。中から「誰?」という声が聞こえてきた。一言「あたし。園美(そのみ)」と言うと、中にいた貴一が扉を押し開け、

「ああ。寒かっただろ?中に入ってよ」

 と言って招き入れる。ゆっくりと室内へ入っていく。体全体が冷えていた。十二月の寒さには参ってしまっている。寒さのピークはおそらくこの時期だろう。気にしてはいなかった。歩いて中へ入ると、暖房が利いている。パソコンが立ち上げられたままで、多分彼も仕事をしているものと思っていた。

「お仕事中だったの?」

「いや。単にネット見てただけだよ。スマホよりパソコンの方が慣れてるし」

「そう……」

 言葉を曖昧にしながらもコートを取り、置いてあった椅子に座り込んで寛ぎ始める。

「コーヒー飲む?」

 貴一がそう訊いてきたので「ええ。いただくわ」と返す。

     *

 彼はコーヒーを水代わりに飲んでいるようで、ビン入りのインスタントコーヒーを多数買い込んでいるらしかった。あたしも背凭れに凭れ、ゆっくりし続ける。キッチンから貴一の声が聞こえ、

「園美、アメリカンとエスプレッソ、どっちがいい?」

 と訊いてくる。彼は結構飲み分けているようだ。確かにこの時間帯は、まだ濃い目の方がいい。夜も遅くまでとはいかなくとも、ベッドの上で抱き合うからである。ゆっくりと絡むつもりでいた。冬とあって夜も長いのだし……。

「エスプレッソで淹れて」

「ああ、分かった」

 キッチンから声が聞こえ、薬缶でお湯を沸かす音が聞こえてきた。貴一は今流行りの電機ポットなどを使わずに、昔ながらの薬缶でお湯を沸かし、コーヒーを二人分淹れる。そしてリビングへと持ってきた。熱々の一杯は実に美味しい。普段勤務先のオフィスのコーヒーメーカーでコーヒーを注ぎ、飲むのだが、別に味や濃さに拘ることはなかった。ただ、カップに一杯飲めば眠気が取れて覚醒する。その時もそうだった。

     *

 ベッドサイドのテーブルにコーヒーの入ったカップを置き、ゆっくりと抱き合い始める。何もかもを曝け出すようにして。あたしも裸体になり、彼と交わった。腕同士を絡め合わせて、普段の事は忘れ、愛に溺れていく。どっぷりと浸かっているのだった。何もかもをすっかり忘れてしまいたくなることがある。人間だからだ。嫌なことなどいくらでもあるのだし……。

 ゆっくりと性交し合って達した後、ベッドの上で寝物語する。笑顔を溢し合った。いつもはお互い離れた場所にいるから、尚更こういった事が大事なのだ。互いに三十代で年齢はある程度行っているにしても、性行為は欠かさない。交わった後、

「今からお風呂入ろうよ」

 と貴一が言う。あたしも応じるように、

「ええ」

 と返し、脱いでいた服を持って歩き出す。さすがに足取りは重たい。いつも勤務先の会社ではずっと座りっぱなしで、坐骨神経痛などもあった。だけど言い出せばキリがない。あたしも気を遣っていた。体調には十分に、だ。ずっとグルコサミンなどのサプリメントは欠かしてない。それに他にも数種類のサプリメントを飲み合わせていた。

     *

 彼と一緒に入浴する。シャワーを掛け合い、ゆっくりと温かいお湯を浴び続けた。互いの髪にシャンプーとコンディショナーをし、綺麗に整える。そしてボディーソープを塗ったタオルで体を洗い合った。お互い何も言わずに、ずっとバスルームの中で寛ぎ続ける。シャワーを浴び終わり、タオルを借りて、

「冬でもシャワーで十分ね」

 と言った。貴一が頷き、

「俺もバスタブにお湯張ってから浸かった事はほとんどないよ。別に多少冷えても構わないし」

 と言って笑顔を見せる。風呂場には熱がこもっていた。先にあたしの方が出て、後から彼が付いてくる。貴一もゆっくりとしていた。師走だが、慌しい時季が終われば、新たな季節へと入る。彼と一緒に過ごせる時間が大事に思えていた。淡々としているのだが、これが休日同棲関係にあるサラリーマンと女性社員同士の日常だ。

     *

 入浴後、貴一がキッチンへと入っていき、冷蔵庫を覗き込んで中からミネラルウオーターの入ったボトルを二本取り出す。そして片方をあたしに手渡した。冷えているようで、彼がキャップを捻り開け、一息で半分ほど飲み干す。何も言わずに揃ってボトルに口を付け続ける。失われた水分を補うのは極自然だ。生理現象である。

「貴一」

「何?」

「最近少しお疲れ気味みたいね。メールの文面見てても思うわよ」

「そう?そんな風に映るの?」

「ええ。少しきついでしょ?お仕事」

「まあな。いつでもしんどいけどね。一日が終わったら、家には寝に帰るだけだし」

「出来るだけゆっくり休んでね。特に夜は遅くまで起きておかないで」

「そうだな。俺も最近早寝してるよ。午後十時過ぎには寝ちゃってるし」

「いい証拠よ。よく眠れてるってことは」

 あたしもボトルの水を飲み終わり、キッチンと入っていって、キャップとボトル本体をゴミ箱に捨てた。そして言う。

「またベッドでゴロゴロしてようよ。すっかり倦怠モードだし」

「ああ、分かった。ゆっくりしような」

 彼がそう言って自身のボトルに口を付けて飲み干してしまった後、キッチンへ入り、ボトルとキャップを処分した。リビング兼ベッドルームへと戻ってきて、ベッドに横になってゆっくりし始める。あたしも応じるようにしてベッドに横になった。定期的にシーツを洗濯しているようで真っ新である。清潔なベッドで眠れるのは何よりもいいことだった。何にも増して代えがたいぐらい。

     *

「君はどうなんだい?仕事の方は」

「相変わらずね。データの打ち込みとか、単純作業ばかりだし」

「合間に休憩時間あるだろ?なるだけ心身ともに休めろよ」

「ええ、分かってる」

 貴一も結構いろんなことを訊いてくる。あたしのライフスタイルを見抜いているようだった。揃ってベッドの上に寝転がり、寛ぎ続ける。冬の夜はゆっくりと更けていき、やがて朝になるのだ。さすがにぐっすり眠れたにしても、気持ちは安定してない。あたしも冬場は家にこもることが多いのだ。会社に行く以外はずっと。

 翌朝、午前九時過ぎに起き出し、キッチンへと入っていく。薬缶でお湯を沸かし、コーヒーを二杯淹れて彼が起きてくるのを待つ。さすがに眠気は絶えず差していた。だけど人間だから、朝起きて目が覚めれば、準備を整えて活動時間へと入る。使っているスマホを手に取って覗き込み、ネットに繋いで見始めた。確かにあたしも冬の朝がきついのは自覚できていたのだが……。

 コーヒーの入ったカップを手に取り、ゆっくりとリビングの椅子に座り続けながらも、倦怠ぶりを自覚する。人間だから仕方ない。眠さもあった。ここは彼のマンションだけど、何もかもを自由に使っていい。そういった事は同意の上だった。別に許可などを取ることなく、使えるものは何でも使用してよかったのである。

     *

「……おはよう」

「ああ、おはよう。……まだ眠い?」

「うん、いくらかね。でも大丈夫。何とか起きれそう」

 貴一は相当眠そうだった。いつもはずっとオフィスにいて、仕事漬けなので仕方ないのだ。ゆっくりと歩いて洗面所へ入っていく。あたしもまだノーメイクだったが、どっちにしても洗顔と化粧はしないといけない。そういった事は常日頃から分かっているのだった。単に今、彼氏と一緒にいて、貴一の方が先に洗面所を使っているというだけで。

 やがて洗面所を出てきた彼は歯を磨き終わり、洗顔を済ませてキッチンへと入ってきた。カップには確か蓋をしていたと思う。冷めないように、だ。あたしも一定の気遣いはあるのだ。そういった点では。あたしの方が後に洗面所へと入っていった。冷たい水を出して顔を洗う。洗顔フォームは共用できるようなものを買ってくれていた。貴一も結構気が利くのだ。

 洗顔してすっきりした後、掛けてあったタオルで顔を拭きながら思う。これからも愛し合えるわねと。両想いである以上、怖いことは何もない。ゆっくりと愛情を育てていくつもりでいた。何もかもを受け入れられたので。そして互いにパートナー同士であり続けながら、何も恐れるものはないと思っていた。とりわけ込み入った事は考えなくていいのだし……。素直に愛し合えた。お互いに。

 洗面所には歯磨き粉のハッカの香りと、洗顔フォームのそれが残り香として混じり合い漂っていた。そこに二人がいた何よりの証拠だ。優しい香りとして残っているのだった。もちろん残り香もいずれは消えてしまうのだけれど……。

                             (了)


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