異世界のお兄さんと、髪の長い私。2
パチリと目を開けたら、見慣れない天井が目に入った。…薄暗くなってきているから、多分もう日没したのだろう。
「アレ、ここ……あ。」
言葉の途中で、さっきあった事を思い出してサァッと青ざめた。…えっと、私…何か銀髪で和服を着たカッコイイお声のお兄さんにキスされて…寝てたんだっけ?いや、何でキスされて眠たくなるんだよ…一服盛られた?口移しで睡眠薬でも飲まされたの?でも、私何も飲み込んだ覚えないよ?それ以前に、ここどこよ。アスファルトで舗装された道を歩いていたのに、何でいきなり竹藪?そして何で今度は和室に移動してお布団に寝かされているの?あの銀髪のお兄さんが連れてきてくれたの?て言うか、何故か髪が下ろされていて何か私の格好が薄紅色の単の着物(着流しみたく、細い帯で腰辺りで止めてある)に変わってる…あ、下着はそのままだ。
「そう言えば、あのお兄さんって…初対面でいきなりプロポーズしてきたんだったな…残念なイケメンな予感がスゴいするな…もし着替えさせたのがあのお兄さんなら…残念なイケメン決定だな。変態と言うオプション付きの。」
そもそも、私を誰かと勘違いしている感じがするし…これは一度、あの銀髪のお兄さんと話し合いしなければいけないな。…話になるかは知らないけど。
少し今後の事に頭を悩ませていたら、背後でサーっと襖を開ける音がした。
「っ!!…起きたんですか。」
「え、ええ。先程。」
…何か、一瞬銀髪のお兄さんに犬の耳と尻尾が付いているように見えたんだが…気のせいだよね?うん、きっと気のせい。
部屋自体は薄暗いが、お兄さんが開けた襖から僅かに漏れる西日のお陰で何とか見えないこともない明るさになった。
「ええっと…取り敢えず何個かお聞きしたいんですが…まず一つ。ここは…どこですか?」
端から見たら、多分物凄くバカらしい事を聞いているんだろうけど…私にとっては最重要項目だから。
「ここは私の屋敷です。どうやら私の掛けた術の反動で貴女を眠らせてしまったようで…申し訳ありません。」
私が寝かされていた布団の近くに正座で座りながら、銀髪のお兄さんは答えてくれた。
アレ、さっきより落ち着いてらっしゃる…まぁ、見るからに私より年上だし、これくらい普通なのかな?
てか、あからさまにスルーしたくなる単語が聞こえてきたんだけど…『術』?『術』って言ったこの銀髪のお兄さん…え、マジで?マジで言っているなら、このお兄さんって重度の中二病患者さん?…でも、実際銀髪のお兄さんが呪文みたいなのを言ってから、私はお兄さんの言葉を理解できるようになったし…いやでも…普通に考えたらあり得ないだろ。…もう、色んな意味で普通じゃないけど。
「…二つ、私を誰かと勘違いしてませんか?少なくとも、私はお兄さんとは初対面ですよ。」
「そうですね…最初は薊子かと思っていたのですが…どうやら違う様です。」
薊子…?確か、一昨年亡くなった曾お祖母ちゃん(白寿のお祝い目前だった)の名前が薊子だった気が…この人、曾お祖母ちゃんの事知ってるのか?そう言えば、曾お祖母ちゃんも髪長かったな…。
「…薊子は、曾祖母の名前です。…曾祖母の事、知っているんですか?」
「ああ、だから薊子と貴女は似てらっしゃるんですね。…薊子とは、昔愛し合った仲だったんですが…ある時を境に居なくなってしまったのです。」
…所謂神隠しってヤツかな…。ん?その話振りだと、まるで曾お祖母ちゃんが…いや、ここが私が知らない世界――異世界って決まった訳じゃないから落ち着こう。アレだよ、戦争始まる前は外国と交流あったみたいだし…その関係だよね。無理矢理感半端ないけど…納得したぞ、うん!!そうしないと、混乱が一周回って冷静になったのに、また一周回って混乱しちゃうからね!!
…でも、気になるから聞いてみようかな。
「曾お祖母ちゃんは…その、神隠しにでもあったのですか?それとも…。」
「貴女が思っている事は、大体分かります。…貴女が危惧している通り、この世界は貴女が居た世界とは違う世界です。」
…精神的衝撃により頭の中が真っ白になるのと同時に、酷く腑に落ちた。ひたすらに否定したかったのに、残酷な現実を目の前に付きだされた気分だ。
「薊子は、貴女が居た世界からこちらに来て、こちらで数年過ごした後に、また元の世界に戻ってきたのです。」
「そう…なんですか。」
その言葉を聞いて、少し安心した。いつになるかは分からないけど、帰れるには帰れる様だ。
「…僕からも聞いても良いですか?」
「あ、はい。」
「貴女の名前は、何と言うんですか?僕は九重 白と言います。」
そう言いながら、私の片手を取って掌に文字を書きながら教えてくれた。…あ、漢字を使うのは一緒なのか。九が重なるって書いて九重で、白と書いて白…か。
「えっと…私は、藤宮院 皐と言います。…自己紹介が遅れてすみません。」
同じく私も、銀髪のお兄さん改め九重さんの片手をとって名前を書いていく。…九重さん、手大きいな…男の人だからかな?
「皐さん…ですか。」
「はい。…あ、後…最後に聞いても良いですか?」
大人の異性に、名前呼びされた経験があまりに薄かったので少し緊張したが、一応聞いておかないといけない事なので、恐る恐るだが聞いてみた。
「何ですか、皐さん。」
「…私の服を着替えさせたのって、九重さん…ですか?」
「はい、そうですけど。」
…しれっと言ってくれたよ九重さん…ああ、年上だから年下に興味ないとかそんな感じか。
「着替えさせている時気が付いたのですが、皐さんって薊子より発育良いですね。」
…九重さんが言ったことは、身長の事と思うことにしよう。
「そうですかね…?」
「それに…とても良いに香りがする。」
九重さんが私の長い髪を一房掬い取り、そっと顔を近づけて香りを嗅いでいる…顔が良い人がすると、どうしてこうも様になるんだ…幼い私の心臓は、今尾にも壊れそうな程早鐘を打っているのに…。
「…それは、シャンプー…あ、髪を洗う石鹸とかの匂いじゃないですかね。香水とかは付けない方なんで。」
「そうなんですか…果実のような、甘い花の蜜のような…良い香りです。」
…あのですね、九重さんは無意識でしょうけど…良い声で囁かないでくださいよもうっ!!照れるって言うか…恥ずかしいって言うか…私は何回混乱と冷静を繰り返せば良いんですか!?真面目に、私の心臓を壊す気なんですか!?
「…っ…あの、九重さん…。」
くぅぅ
「「………。」」
…ちょうど言葉を区切った時に、タイミング良く私のお腹が鳴った。お腹が鳴ってから一拍置いて、私の顔に熱が集まってきた。…そう言えば、朝ご飯食べたきりだったっけ…。
「ふふ。では、すぐに食事を用意します。」
「…すみません。」
ああ、でも…こんなタイミングで鳴らなくても良くないか?場の空気は和んだけど…ああ、恥ずかしい…。